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灰祈(はいき)の聖痕(スティグマ)  作者: 波浪


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第六話「黒き進軍、祈祓師は数で死ぬ」

それは、夜明け前に始まった。


 鐘ではない。

 警報でもない。


 ――空そのものが、軋んだ。


「……来たな」


 黒衣の館・中央塔。

 カイルは外套を翻し、外を見下ろす。


 山の麓。

 霧の中から、無数の影が現れていた。


「灰骸……百は超えてる」


 ユンの声が震えた。


「いや、違う」


 セリスが呟く。


「……使徒が、率いている」


 次の瞬間。


 空に、巨大な逆十字が浮かび上がった。


 それを合図に、

 灰骸たちが一斉に動き出す。


「総員、迎撃配置!」


 館中に怒号が響く。


 祈祓師たちは散開し、

 銃、剣、祈祷、異能――

 ありとあらゆる“歪んだ力”が解放された。


「レイ!」


 カイルが叫ぶ。


「中央防衛線!

 絶対に突破させるな!」


「……了解!」


 レイは右腕を構える。


 聖痕が、自分から光り始めていた。


 ――来る。


 灰骸の群れが、雪崩のように押し寄せる。


「《灰祈解放》!」


 一撃で、三体、四体が砕け散る。


 だが――


「数が……!」


 グロウの義肢が火花を散らし、

 叩き潰しても、次が来る。


 その時。


「――遊ぼうか、祈祓師」


 空間が、裂けた。


 そこに立っていたのは、

 使徒第四位リディア


 女の姿。

 背中から、無数の糸が伸びている。


「灰骸はね、数じゃない」


 指を鳴らす。


「恐怖で、増えるの」


 糸が、祈祓師の一人に絡みつく。


「っ……!」


 次の瞬間、

 その祈祓師の身体が内側から歪んだ。


「やめ――」


 言葉は、最後まで出なかった。


 新しい灰骸が、生まれる。


「……人を……素材に……!」


 レイの中で、何かが切れた。


「やめろォォ!」


 聖痕が、今までにない輝きを放つ。


「《灰祈・強制解放》――!」


 ――世界が、止まった。


 レイを中心に、光の円が広がる。


 触れた灰骸が、

 “存在そのもの”を消されていく。


「……っ、ぐ……!」


 レイの視界が暗転する。


 血が、止まらない。


「レイ! やりすぎだ!」


 ユンが叫ぶ。


 だが、リディアは笑っていた。


「いいね、その顔」


 糸が、レイに向かって伸びる。


「そのまま――」


 その瞬間。


「――触るな」


 低い声。


 影が、リディアの糸を切り裂いた。


 セリスだった。


「……貴女は、ここで終わり」


 影が、翼のように広がる。


「《影祈・葬列》」


 影が、リディアを包み込む。


 だが――


「残念」


 リディアの身体が、霧に崩れる。


「今日は“顔見せ”」


 消え際、視線がレイを射抜く。


「次は、君を“素材”にする」


 霧が消え、戦場に現実が戻る。


 灰骸の群れは撤退していた。


 ――だが。


「……被害報告」


 静まり返った館で、

 カイルが低く告げる。


「戦死、祈祓師二十三名」


 重い沈黙。


「……変異、灰骸化未遂、七名」


 誰かが、嗚咽を漏らした。


 レイは、立っていられなかった。


 膝をつき、右腕を押さえる。


「……俺が……」


 ユンが、そっと肩に手を置く。


「違う」


 静かな声。


「これは、戦争だ」


 セリスが、遠くを見る。


「……そして、彼らは確信した」


「何を……?」


「あなたが、

 “切り札”だということ」


 その時、

 レイの右腕に、新しい亀裂が走った。


 聖痕の奥で、

 “何か”が、目を覚ます。


 ――蓋が、少しだけ、開いた。


 空に、再び逆十字が浮かぶ。


 これは、序章にすぎない。


 誰もが、そう理解していた。

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