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灰祈(はいき)の聖痕(スティグマ)  作者: 波浪


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第五話「神殺しの祈り、少年の記憶」

 夢だった。


 それは、血の匂いがする夢。


 ――白い礼拝堂。

 ――倒れた神像。

 ――祈る声と、泣き声。


 レイは、幼い自分を見ていた。


 まだ、右腕に包帯はなく、

 ただ普通の少年だった頃。


「……どうして、みんな泣いてるの?」


 問いかけに答える者はいない。


 神官たちは、床に伏せ、

 恐怖と歓喜の入り混じった目で少年を見ていた。


「……成功だ」


「神は、確かに――」


 次の瞬間。


 神像が、悲鳴を上げた。


 石でできた顔が歪み、

 内部から、黒い光が溢れ出す。


「……あ……」


 幼いレイの右腕が、勝手に光る。


 祈っていない。

 望んでいない。


 ただ、“拒絶した”。


「神様……こわい……」


 その瞬間。


 ――砕けた。


 神像も、祈りも、信仰も。


 爆音と共に、礼拝堂は崩壊した。


 ◆


 レイは、息を荒げて目を覚ました。


 黒衣の館、医療室。


 右腕が、鎖で固定されている。


「……目、覚めた?」


 傍らに座っていたのは、ユンだった。


 いつもの軽さはなく、

 疲れ切った目をしている。


「……見たんです」


「うん」


 否定はなかった。


「君の右腕――

 正確には、**君の中にいる“それ”**は」


 ユンは、言葉を選ぶ。


「“神を殺した祈り”そのものだ」


 レイの喉が鳴る。


「……俺が……?」


「違う」


 ユンは首を振る。


「君は、器だ」


 そして、静かに続けた。


「昔、神に“世界を正す祈り”を捧げた人たちがいた」


 ――戦争。

 ――疫病。

 ――終わらない悲嘆。


「彼らは願った。

 “神よ、間違っているのなら、壊れてくれ”と」


 その祈りは、

 あまりにも純粋で、強すぎた。


「結果、神は――壊れた」


 空気が凍る。


「その“祈りの残骸”が、

 今も世界を壊そうとしている」


 ユンは、レイの右腕を見る。


「君の聖痕は、

 それを閉じ込める最後の蓋だ」


「……俺が死んだら?」


「――解放される」


 レイは、息を止めた。


「だから君は、

 祈祓師として生き続ける必要がある」


 その時、扉が軋んだ。


 セリスが入ってくる。


「……聞いていた?」


「途中から」


 彼女は、レイの前に跪く。


「あなたは、呪いではない」


 影が、そっとレイの影に重なる。


「でも、呪いを背負う覚悟は必要」


 レイは、震える手で拳を握った。


「……それでも」


 顔を上げる。


「俺は、祈ります」


「壊すために?」


「……違う」


 少し考えて、言った。


「これ以上、壊させないために」


 その瞬間。


 右腕の鎖が、軋んだ。


 聖痕が、淡く光る。


 まるで――

 その答えを、認めるかのように。


 遠くで、また鐘が鳴った。


 今度は、低く、長い。


 ――戦争の鐘だった。


 ユンが、立ち上がる。


「始まったよ、レイ」


「何が……?」


「使徒たちが動く」


 彼は、微笑んだ。


「そして、

 君が“蓋でいられる時間”も――」


 そこで言葉を切る。


「……そう長くない」


 レイは、静かに息を吸った。


 右腕を胸に当て、祈る。


 神ではなく、

 人のために。

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