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灰祈(はいき)の聖痕(スティグマ)  作者: 波浪


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3/21

第三話「初任務、祈りは血に濡れる」

警鐘は三度、短く鳴った。


 ――灰骸、複数発生。

 ――地点、旧ラグナ孤児院。


「最悪だな」


 カイルは外套の襟を立て、馬車に乗り込む。


「よりにもよって、子どもが集まる場所かよ」


 レイは黙って頷いた。

 胸の奥が、嫌な音を立てて軋む。


 同乗者は三人。


 金属義肢の大男――グロウ。

 無言だが、視線は常に周囲を計測している。


 影を従える修道女――セリス。

 祈り続ける唇は、決して止まらない。


 そして――


「よろしくね、新人くん」


 ユンが、いつも通り軽い調子で笑った。


「死なない自信は?」


「……ありません」


「正直でいいね。

 大体みんな、最初はそこで死ぬ」


 馬車が止まる。


 孤児院は、すでに静かすぎた。


 扉は内側から壊され、床には血の跡。

 壁に描かれた魔法陣は、まだ新しい。


「生まれたばかりだ」


 セリスが囁く。


「……まだ、人の名前を覚えている段階」


 その瞬間。


「――アニィ……?」


 幼い声が、廊下の奥から響いた。


 影の中から、三体の灰骸が現れる。

 歪んだ子どもの姿。

 口元だけが、懐かしそうに笑っている。


「お姉ちゃん、どこ……?」


 レイの心臓が跳ねた。


「待て、レイ!」


 カイルの制止より早く、レイは踏み出していた。


「――《灰祈解放》!」


 右腕が光り、一体目が粉砕される。


 だが。


「……っ!」


 二体目が、死角から跳びかかる。

 反射的に腕を上げた瞬間、骨が軋んだ。


「新人!」


 グロウの義肢が唸り、灰骸を殴り飛ばす。


 その隙に、セリスの影が床を這い、

 残る一体を縛り上げた。


「今です、レイ!」


 レイは、躊躇った。


 縛られた灰骸が、泣いていた。


「……ごめんなさい……

 もう、独りはいや……」


 聖痕が、激しく脈打つ。


 ――壊せ。

 ――救えない。


 歯を食いしばり、拳を振り下ろす。


 光。

 破壊。

 祈りの残骸。


 全てが終わった後、

 レイはその場に崩れ落ちた。


「……俺、今……」


「殺した?」


 ユンが、あっさり言った。


「違うよ。

 終わらせたんだ」


 しかし次の瞬間。


 奥の礼拝堂から、異質な気配が立ち上った。


 灰骸とは違う。

 もっと、意志のある――


「遅かったね、祈祓師」


 黒い仮面の人物が拍手する。


「でも素晴らしい。

 特に君だ、右腕の子」


 レイの聖痕が、初めて恐怖を示した。


「覚えておくといい」


 仮面の男は、影に溶ける。


「君たちは、

 神に選ばれた駒なんだから」


 気配が消え、静寂が戻る。


 その場にいた誰も、追わなかった。


 カイルがレイの肩に手を置く。


「これで分かっただろ」


「……はい」


「祈祓師の仕事は、勝つことじゃない」


 少し間を置いて、言う。


「壊れながら、生き延びることだ」


 レイは立ち上がった。

 右腕は、前よりも重い。


 それでも、歩き出した。


 ――もう、戻れないと分かっていたから。

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