第19話「黒き祈り、白き絶望」
地下聖堂は、まるで世界の底のようだった。
天井から滴る黒い水は音もなく落ち、床に刻まれた古代文字が淡く脈打っている。
「……ここが“原初の契約”の間か」
アレンは剣を握る手に力を込めた。
イノセンスは微かに震え、何かを拒絶するように白い光を揺らしている。
その時――。
「やっと辿り着いたね、継承者」
闇の奥から、低く優しい声が響いた。
姿を現したのは、千年伯爵ではない。
だが、それ以上に“世界を知っている”存在だった。
黒い法衣を纏い、顔は仮面で覆われている。
その胸元には、砕けたイノセンスの欠片が無数に縫い付けられていた。
「……誰だ」
アレンの問いに、男は微笑む。
「私は“失敗作”。
神と人の間で捨てられた、最初のエクソシストだよ」
その言葉に、リナリーが息を呑む。
「最初の……エクソシスト?」
男はゆっくりと歩き、聖堂中央の祭壇に手を置いた。
「イノセンスは武器じゃない。
人の“祈り”そのものだ」
祭壇が反応し、巨大な影が壁に映し出される。
それは、人と悪魔がまだ区別されていなかった時代の記憶。
「祈りが強すぎれば、世界を壊す。
弱すぎれば、救えない」
男はアレンを見つめ、仮面の奥で目を細めた。
「君はもう限界だよ。
白も、黒も、君の中で喰い合っている」
――その瞬間。
アレンの左眼が激しく疼いた。
「ぐっ……!」
視界が反転し、悪魔の魂が叫ぶ声が洪水のように流れ込む。
《やめろ》
《救ってくれ》
《殺してくれ》
「アレン!」
リナリーが叫ぶが、近づけない。
男は静かに言った。
「選ぶんだ。
“救世主”になるか、“終焉”になるか」
アレンは震える手で剣を突き立て、必死に立ち上がる。
「……それでも、俺は――」
彼の背後で、イノセンスが黒く染まり始めた。
白と黒が混ざり合い、今までにない形へと変質していく。
「俺は、誰も見捨てない……!」
次の瞬間――
聖堂全体が、眩い光と闇に包まれた。
そして男は、満足そうに呟く。
「ついに始まったか。
“最後の継承”が」




