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灰祈(はいき)の聖痕(スティグマ)  作者: 波浪


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第十七話「狩人の掟は、祈らない」

夜明け前。


 霧が、地面を這っていた。


 狩人たちの野営地は、

 火を使わない。


 代わりに、

 温度の低い石が円状に並べられている。


 レイは、その外に立っていた。


 招かれたわけじゃない。


 試されている。


 ◆


「入るなら、

 条件がある」


 昨夜の女――

 狩人のまとめ役が言う。


「祈らないこと」


「拒絶に、

 溺れないこと」


「そして」


 一拍置く。


「誰かのために、選ばないこと」


 レイは、眉をひそめた。


「……矛盾してる」


「知ってる」


 女は即答する。


「だから、

 掟なんだ」


 ◆


 狩人たちは、

 祈祓師とも、異端とも違う。


 神を否定しない。


 だが、

 神に裁かせない。


「世界が壊れる時」


 女は言う。


「壊すのは、

 いつも“正しさ”だ」


 レイは、白い石を思い出す。


 名を、

 呼ばれなかった者。


 ◆


「試練は、

 簡単だ」


 女は、森の奥を指す。


「狩れ」


「何を?」


「祈りを食って、

 生きてるやつ」


 使徒とは違う。


 だが、

 同じくらい危険。


 ◆


 森は、

 静かすぎた。


 音が、

 吸われている。


 レイは、剣を抜く。


 聖痕は、

 反応しない。


 ――それでいい。


 ◆


 いた。


 木の幹に、

 人の形をした影。


 顔がない。


 胸に、

 祈りの文様。


 「……来たか」


 声が、

 直接、頭に響く。


「拒む者」


「壊す者」


「……狩る者」


 ◆


 影は、

 攻撃しなかった。


「問いに、答えろ」


「お前は、

 誰のために戦う」


 レイは、

 即答できなかった。


 剣が、

 重くなる。


 ◆


「答えろ」


 影が、

 近づく。


「神か」


「世界か」


「それとも――」


 レイは、

 剣を下ろした。


「……誰のためでもない」


「俺は、

 選び続けるために立ってる」


 影が、

 一瞬、揺らぐ。


 ◆


「それは、

 空虚だ」


「違う」


 レイの声は、

 低い。


「空虚だから、

 埋められない」


 影が、

 崩れ始める。


 祈りが、

 形を保てなくなる。


 ◆


 最後に、

 影は言った。


「……名を、

 持っていないな」


「……ああ」


「だが、

 呼ばれている」


 その言葉を残し、

 影は、消えた。


 ◆


 帰還。


 狩人たちは、

 何も祝わない。


 女が、

 一歩前に出る。


「合格だ」


「……理由は?」


「狩らなかった」


 レイは、

 驚く。


「消えた、

 だけだ」


「それでいい」


 女は、頷く。


「殺しは、

 祈りに近い」


 ◆


「もう一つ、

 掟を教える」


 女は、

 レイを見る。


「仲間の名は、

 簡単に呼ぶな」


「呼べば、

 世界が繋がる」


 レイの胸が、

 強く鳴る。


「……呼びたい名が、ある」


 女は、

 少しだけ、視線を逸らす。


「だろうね」


「でも」


「今は、呼ぶな」


 ◆


 その夜。


 少し離れた焚き火で、

 エナが、同じ空を見ていた。


「……掟、か」


 彼女は、

 小さく笑う。


「やっぱり、

 面倒だ」


 だが。


 白い石を、

 胸に当てる。


「……でも」


「守るよ」


 名を、

 呼ばないために。


 物語は、

 再会直前で、息を止める。

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