表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰祈(はいき)の聖痕(スティグマ)  作者: 波浪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/21

第十一話「祈りの届かない地」

北へ向かう馬車は、音がしなかった。


 蹄鉄を外し、

 車輪には布が巻かれている。


 ――この土地では、

 音は敵意とみなされる。


「……ずいぶん、静かですね」


 御者に声をかけると、

 彼は首を横に振った。


「静かなんじゃない」


 低い声。


「聞いていないだけだ」


 意味を問う前に、

 馬車は止まった。


 霧。


 いや、煙に近い。


 地面から立ち上る灰色の靄が、

 視界を奪う。


「ここが、

 《無祈むきの原》だ」


 御者は、御者台を降りない。


「ここから先は、

 あんた一人だ」


「……送りは?」


「ない」


 即答。


「祈りを持ち込むと、

 土地が壊れる」


 レイは、荷を背負い、降りる。


 馬車は、

 振り返ることなく去った。


 ◆


 空は、白かった。


 雲ではない。


 空そのものが、色を失っている。


 歩く。


 一歩ごとに、

 聖痕が鈍く疼く。


 だが、力は湧かない。


「……使えない、のか」


 拒絶の聖痕は、

 ここでは沈黙していた。


 ――祈りが存在しない土地。


 つまり、

 神も、加護も、

 敵も、味方もない。


 丘の向こうに、

 集落が見えた。


 木でも石でもない建物。


 骨のように白い素材で作られている。


 見張りはいない。


 だが、

 視線は確かにあった。


「……旅人だ」


 声。


 いつの間にか、

 レイの前に人が立っていた。


 少女。


 年は、十六前後。


 短く刈られた髪。

 武器は持っていない。


「名前を」


「……レイ」


 一瞬、迷ってから、

 姓は名乗らなかった。


「祈りは?」


 即座の質問。


「……ない」


 嘘ではない。


 今のレイには、

 使える祈りはなかった。


 少女は、じっと見つめ、


「……入っていい」


 それだけ言った。


 ◆


 集落は、静かだった。


 誰も祈らない。


 食事の前も、

 眠る前も。


 代わりに、

 確認をする。


「刃は持っていないか」


「怒りは、今日何回出た」


「誰かを、壊したいと思ったか」


 それが、この地の習慣だった。


 少女――エナは言う。


「祈りは、

 誰かを正しいと思わせる」


「正しさは、

 殺しやすい」


 レイは、反論できなかった。


 夜。


 火は焚かれない。


 暗闇に慣れた目で、

 人々は静かに過ごす。


 レイは、エナと並んで座る。


「……怖くないのか?」


「何が?」


「神も、加護もない」


 エナは、少し考え、


「……あるほうが、怖い」


 即答。


「神は、

 言い訳をくれる」


 ◆


 深夜。


 レイは、目を覚ました。


 ――音。


 微かだが、確か。


 祈りの震え。


 この地に、存在しないはずのもの。


 集落の外。


 白い丘の影。


 そこに、

 “歪み”があった。


 使徒。


 だが、聖痕は反応しない。


 力は、使えない。


 それでも、

 身体は動いた。


 剣を抜く。


 否。


 ――剣を、抜かなかった。


 代わりに、

 前に立つ。


「……来るな」


 声は、震えていなかった。


 使徒は、

 首を傾げるような仕草をする。


 そして。


 立ち止まった。


 祈りも、敵意も、

 向けられていない。


 ただ、

 “拒絶しない人間”。


 使徒は、数秒、留まり、


 ――消えた。


 霧のように。


 レイは、その場に膝をつく。


 心臓が、遅れて騒ぎ出す。


 ◆


 朝。


 エナが、何も聞かずに言った。


「……あんた」


 視線を向ける。


「ここで、

 生きられるかもしれない」


 レイは、答えなかった。


 ただ、

 自分の右腕を見る。


 聖痕は、

 薄く、眠っている。


 ――壊さずに、生きる。


 その意味が、

 ようやく、輪郭を持ち始めていた。


 物語は、

 **“戦わない強さ”**へ進む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ