第一話「灰の街と少年」
鐘の音が鳴るとき、人は祈りを捨てる。
――レイはそう教えられて育った。
灰色の雪が降る街の外れで、少年は立ち止まった。
崩れた教会の尖塔。その下で、何かが“生まれよう”としている。
「……間に合わなかったか」
地面に広がる黒い魔法陣。
中心で、壊れた人形のような“それ”がゆっくりと起き上がる。
かつては人だった。
愛する者を失い、奇跡に縋り、代償を払った――
灰骸。
「おかえり……帰ってきてくれたんだよね……?」
近くで泣き崩れる女の声。
灰骸は、歪んだ笑みを浮かべて彼女の名を呼んだ。
――ここから先は、いつも同じだ。
レイは右腕の包帯をほどく。
露わになったのは、黒と白が絡み合う紋様――聖痕。
「……ごめん」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
右腕が“軋む”。
骨が悲鳴を上げ、血が逆流する感覚。
次の瞬間、聖痕が光を放った。
「――《灰祈解放》」
空気が裂け、灰骸の身体が砕け散る。
祈りの形をした破壊だった。
残ったのは、灰と静寂だけ。
女は気を失い、レイは膝をついた。
咳と共に、黒い血が口元を汚す。
「……また、削れたな」
その時、背後から拍手が響いた。
「合格だ、半端者。相変わらず派手に壊すね」
振り返ると、長い外套を纏った男が立っていた。
胸元には祈祓師の証――逆十字の徽章。
「今日からお前は正式な祈祓師だ、レイ=アルカ」
男は笑う。
まるでこれから始まる地獄を、心から楽しむように。
「歓迎しよう。
――神と悪魔の戦場へ」
鐘が鳴った。
街は再び、祈りを失った。




