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いつもの森

9/23に大阪で開かれる【そうさくマーケット】のために書き下ろしたお話です。

宣伝も兼ねて最初の部分を投稿しておきます。

気になる方はぜひ【そうさくマーケット】にてお手に取っていただけるとうれしいです。

「それじゃレオン、マリーをお願いね」

「わかってるよ、おばさん」


 戸口で母さんがレオンに言うのを、わたしはむくれながら聞く。


「レオンになんかお願いしないでよ、母さん」

「だってマリーは放っておいたら奥まで行っちゃうでしょう? いい? 湖には行っちゃダメよ」

「わかってるよ」


 もう耳にタコができた注意に、わたしはうんざりした気分で生返事を返した。

 森の奥には湖があって、そのほとりに昔の領主様が使っていたお屋敷がある。

 特別な何かがない限りそこに行っちゃダメだ、というのは昔から村の子ども達に言い聞かせられているお小言だ。

 特別な何かというのが何かはよくわからない。多分注意する大人もよくわかっていないんだろう。


 でも子どもは大人のそんな注意なんて聞いちゃいない。

 たいていは子どものうちに森を抜けて湖まで行くものらしい。わたしとレオンもそうだった。


 今よりもっと小さい頃、お屋敷まで行ってみたことがある。

 おっかなびっくり柵の周りをぐるりと回ってみたけれど、当然門には鍵がかかっているし、登れそうなところもなければ隙間もなかった。

 中はどうなってるんだろう、って話しながら帰ったものだ。あの頃はまだレオンも小さくて可愛げがあったのに。


「くれぐれも気をつけるのよ」

「わかってるって。行ってきます、母さん」


 かごを背負って歩き出すと、レオンも隣に並んだ。


「忘れ物はないか?」

「ないよ。子ども扱いしないでよ。わたしの方がお姉さんなんだから」

「たかだか数ヶ月の差なんてあってないようなもんだろ」

「それでもわたしはもう成人式だもん。レオンは春でしょ。まだまだじゃん」


 そう言ってやると、レオンはわざとらしくため息をついた。


「歳だけ取っても、生活態度がなぁ。成人式が遠い俺に面倒を見ろって言われてる時点でちょっと危機感を持てよ」

「うるさいうるさい!」


 わかってはいる。わかってはいるのだ。

 落ち着きのないわたしとのろまのレオン、どちらが大人から信頼されているかといえばレオンの方だというくらいは。


「のろまのレオンのくせに……」

「馬鹿マリーに言われたくねぇよ」


 あまり無駄口を叩かないから大人からは物静かだと言われがちだけど、子どもといる時のレオンは割と口が悪い。主にその罵倒の相手は同い年のわたしだ。


「大山猫と出くわして腰を抜かしてたレオンを助けてやったのはわたしでしょ」

「そのあとこっぴどく叱られたのはマリーだろ。危ないことすんな、ってさ」


 いつだったか、森で採集をしていた時に突然大山猫に襲われたことがあった。

 森にそんな大きな獣が現れることなんて、そうそうない。

 びっくりして動けなくなったレオンが食べられないように、採集用のナイフを振り回して威嚇しているうちに騎士様がやってきて助けてくれた。

 どうやら、近くの山で討伐をしていた大山猫の子どもが、包囲を抜けて逃げてしまったものらしい。

 騎士様に助け出されたわたしたちは、無事を喜ばれると同時にこっぴどく叱られた。

 叱られたのは固まっていたレオンではなくわたしの方がメインだ。

 危ないから向かっていくのではなく隠れるか逃げろ、ということだった。


「うるさい、うるっさい。あの頃は可愛げがあったのに」

「もうすぐ成人するんだぞ。可愛くなくて結構だ」

「ほんとああ言えばこう言うようになって、可愛くないんだから。こうなったら競争で決着をつけるわよ」

「またやるのかよ」


 うんざりした顔でレオンがうめく。

 競争と言ってもかけっこではない。食料や薪の採集競争だ。

 森に来るたび、小さい頃からずっとやっている定番の遊びだ。


「ふふん、負けるのが怖いんだ」

「お前、採る数は多いくせに毒きのこで減点ばっかりだし、いいとこ五分だろ」

「もう、ほんとああ言えばこう言うんだから!」


 本当に可愛くない。家が近所で同い年だから一括りにされがちだけど、一緒にしないでほしいものだ。

 まぁ、村の子ども自体がずいぶん少ないから、同じ年代でないと遊んでいてもつまらない。

 だから仕方ないところはあるんだけど。


「まぁいいや。毒きのこは採るなよ」

「わかってるわよ!」


 そんなことを言い合ううち、わたしたちは森の奥までやってきた。


「あんまり遠くに行くなよ」

「また大山猫が出たら困るもんね」

「言ってろ」


 そこからは競走だ。この辺りは木の実やきのこがたくさん採れる。

 これから冬になったらいくらあっても足りなくなる薪も、今のうちにたくさん拾っておかないといけない。

 きのこや木の実を拾うたび、背負ったかごに放り投げていく。

 並んで探したのではどうしたって奪い合いになってしまうから、わたしはレオンと反対側にどんどん拾いながら歩いていく。

 しばらくすると「マリー、あんまり遠くまで行くなよ!」というレオンの声が聞こえた。

 まったく、レオンは心配性なんだから。この森で逸れたからどうだと言うんだろう。

 そりゃ、大山猫なんて出てきたらちょっと困るけど、別にこの頃は目撃したって声も聞かないし、大丈夫だ。……たぶん。


 かごがいっぱいになった頃、わたしは来た道を戻りはじめた。

 思ったよりも遠くに来てしまったみたいだ。近くにレオンは見当たらない。


「レオン〜? どこまで行ったの?」


 森の中では声を上げた方が、野生の生き物は驚いて逃げるらしい。

 狩りをするならこんなふうに大声をあげるのは問題外だけど、今回はただの採集だ。

 それこそ大山猫とばったり出くわすくらいなら、こちらから大声をあげて逃げていただいた方がいい。


「レオーン!」

「こっちだ、マリー!」


 遠くからレオンの声が聞こえる。思った以上に遠く離れていた。

 草をかき分けて進むと、やっとレオンの金に近い茶色の髪が見えた。


「やっと見つけた。あんまり奥に行くなって言われたろ?」

「奥って言っても別に湖まで行ったわけじゃなし。レオンだってずいぶん遠くまで行ってたんでしょ」

「そこまででもないさ。それで? 採れたか?」

「採れたよ。今度は負けないんだから!」


 かごを下ろしてしゃがみ込む。レオンのかごよりもわたしのかごのほうがたくさん入っている。

 これは勝ったな、とわたしはにんまり笑う。


「じゃあ見るぞ」


 レオンもわたしのかごの前にしゃがみ込む。

 間違えて毒キノコや食べられない実を持って帰らないように、お互いにチェックするのがいつものやり方だ。

 もっとも、レオンはじっくり吟味してからかごに入れるらしく、わたしがチェックしても減ることはほとんどない。


「マリー、これ毒だって前も言ったろ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。……うわ、何本採ってきたんだよ」


 そう言いながらレオンがバラバラと数種類のキノコをそこら辺に放り投げていく。

 せっかく採ってきたのにもったいない。


「ああ……おまけしてくれてもいいじゃん」

「おまけしてどうすんだよ。間違って食ったら腹壊すぞ。それでもいいのか?」

「それは嫌」


 結局、レオンがチェックした結果、わたしがかごいっぱいに取ってきたキノコは半分くらいに減ってしまった。

 せっかくたくさん見つけたのに!


「だから、覚えろよ。一人で森に来て、腹が減って食ったのが毒キノコだったらおおごとだろ」

「レオンが見分けられるならいいじゃない。どうせたいてい一緒に来るんだし」

「だからなぁ……」


 レオンがなおも何かを言おうとした途端、森の空気が変わった。


「……えっ、何?」

「マリー、静かに」


 突然周りが夜のように暗くなった。キョロキョロと周りを見回すけれど、いつもの森と空気が違う。

 重たい、刺すような何かの気配を感じる。


「……なんだ、あれ……」


 わたしと同じようにあたりをきょろきょろと見回していたはずのレオンが、目を丸くして呆然と呟いた。

 レオンの視線を辿って見ると、――そこにいてはいけない何かがいた。


webで読みやすいよう、原稿から改行を多めに増やしてあります。

webだと環境によって表示が全然違うので細かな部分は気にしないで書くのですが、紙に印刷するときは微妙なこだわり(名前で改行しないとか)で文を足したり削ったりしがちです。

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