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Ⅱ.再会 in 両毛線

 うちの両親が建てた家は、両毛線というローカル線の始発、小山駅の隣りの思川おもいがわ駅にある。名前の響きはいいが、無人駅で南口から続く道は一応商店街だけど、道幅は狭く、店舗の軒はすぐに途切れる。道のその先は田んぼが広がり、その中に住宅が点在している。

 両毛線は単線で、朝夕の通勤通学時間帯は一時間に上下線それぞれ二本。それ以外の時間は一時間に一本。そんな運転間隔だから、よくNHKでローカル線の特集をやるときの光景、つまり車両の中に学生がポツンポツンと座って本を読んでいるようなシーンをイメージしていた。


 それは大間違いだった。


 転入試験に無事合格し(数学はボロボロだったので、いく分オマケしてくれたのではないか……)、高二の新学期から晴れて栃木県立桜野女子高等学校に通うことになった。

 思川駅の無人の駅舎を抜け、階段を上がって、スイカの定期を自動改札――スタンドにカードリーダーみたいなのがついているやつ――にピッと当てて、改札内の階段でホームに降りる。そこで電車を待っているのはほとんど高校生だが、その数は少ない。


 四両編成の列車が駅のホームに滑り込んできた。しかし……


 第一の洗礼……電車が停まってもドアが開かない。


 どうすればいいの! とあせって見まわすと、左右で待っていた高校生たちが、何やらドア横のボタンを押している。

 手動式なんだ! 慌てて私もボタンを探して押した。プシューという排気音とともにドアが開く。


 第二の洗礼……超満員で乗れない!


 始発の小山駅――栃木県南部で最も人口が多い小山市にある――でたくさんの高校生が乗り込み、両毛線の各駅にある学校に向かう。私の行き先は小山→思川(今ここ)のもう一駅先の栃木駅だ。栃木駅には複数の公私立高校があり、さらにこの路線の先には、佐野、足利、桐生などの駅に高校がある。そこに通う生徒たちはみな、通学の足として両毛線を使う。だから、車両の中は高校生でいっぱいだ。ドアが開いたら、乗っている生徒たちが溢れ出そうな状況で、とてもそこに割り込んで乗れそうなスペースは(度胸も)ない。いったん乗ってみようと試みたが、片足をドアのヘリに乗せても中に入れない。(ド田舎駅から乗ってくんなよ!)と中から押し返そうとしている悪意みたいなものも感じられなくはない。



「ちょっと、乗っけてあげてよ!」


 という声とともに、車内から手がにゅっと伸びてきて、私の腕をつかんだ。ぐいと引っ張られ、車内にわずかにできたスペースに体をねじ込む。手を貸してくれた生徒は私に向き合っていた……というかほとんど密着していた。無茶苦茶近い場所にある顔に見覚えがある。確か……

「オシエ……さん?」

「あら、よくアタシのあだ名、覚えててくれたね!」

 髪と同じ栗色の瞳がにっこりと笑い、眼前で私を見つめる。

「あ、ありがとう……電車に乗れなくてどうしようかと思ってた」

「教えてあげっけど、特に朝はスゴイからね。ムリクリ乗り込まないと遅刻しちゃうよ」

「うん、今度から頑張る」

 私は彼女の体の凹凸を感じながら、約六分間、身動きできずにじっとしていた。せっかくの新品のセーラー服がシワになることが懸念される。


「おめでと」

「え?」

「転入試験、ちゃんと受かったんだ」

「あ、ありがとう」

「名前は?」

「あ、ごめん……佐伯菊乃さえき きくの……二年生」

「そっかあ、終業式の時、担任の先生が言ってた、ウチのクラスに来る転校生って、佐伯さんのことだったんだ!」

「お、同じクラス!?」

「ほだよ、二年三組。あ、アタシの名前は、橋田紀志江。よろしくね」

「よろしく……あれ? オシエさんじゃなくて、キシエさんなの?」

「そうそう。教えてあげっけどね、アタシってさ、全然自覚無いんだけどさ、『教えてあげっけど』とか『教えてあげんべか』とか口癖みたいでさ、いつの間にかキシエじゃなくてオシエになっちゃった。ハハハ」

 ……今も『教えてあげっけど』って言ってた。


 栃木駅に着くと、私達は車両から吐き出され、そのまま通称オシエと一緒に学校に向かった。

 途中、カトリック教会の脇を通ると小さな川が流れ、水面には沢山の鯉の姿が見えた。川沿いは公園や遊歩道になっていて、そこをセーラー服の女子高生が並んで歩いていく。

 その中にオシエと私もいた。満開を過ぎた桜から、無数の花びらがヒラヒラと舞い、地面に薄く積もっていた。


「オシエ(教え)とキクノ(聞くの)かあ。アタシ達、いいコンビになれっかもね」

 彼女は私の頭に舞い降りてきた花びらをそっと指でつまんで、そうつぶやいた。


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