孤独という制度
目が覚めても、話しかける相手はいない。 朝の静けさは、穏やかというより無関心だ。 誰も自分の存在を気にしていないような、そんな空気。
仕事に出れば、人の声はある。冗談も交わす。 でも、あれは社会の歯車同士が擦れる音だ。 「そこにいる」だけで、誰も俺を“見て”なんかいない。
部屋に戻ると、またひとりになる。 けど今は5ちゃんねるもTwitterもあるし、 テレビに誰かがしゃべりかけてくれる。 俺の部屋には、見知らぬ誰かの声が流れてる。
だから、孤独なんかじゃない。 ——はずだった。
けれどある日、「貧乏人は死んでも構わない」と言った人間を見た。 本に、ネットに、テレビに、それが当然のように書かれていた。 笑いながら金の話しかしない彼らに、背中が冷たくなった。
なんだこれは、と。
おかしいのは俺か? それとも、この社会か?
「お前たちは制度を守るのか、人間を守るのか?」
——その問いが、腹の底からわき上がってきた。 誰かに届く保証なんかないけど、どうしてもこの問いだけは消せなかった。 怒りとか、悔しさとか、全部をぶつけた先が、首相官邸の意見フォームだった。
ほんとはただ、まともに暮らしたいだけだった。 貧困が俺の夢を食って、言葉を奪っていった。 それでも、声をあげなきゃ終わってしまう。
「俺の貧困が解決しないばっかりに、こんな文句を政府に送るハメになってるんだ!」
そう書いて送ったあと、少しだけ息がしやすくなった気がした。
これは、そんな日々の記録だ。 孤独と、怒りと、そして、まだ終わらせたくない物語。