もしもスマホがあったなら
このお話を……なろうで出会った優しいお友達に捧げます。
一周忌の時は直人に来てもらったけど……考えてみればヤツは、その時既に不実を働いていたわけで……お母さんの位牌の前で神妙に手を合わせていたのは『いったいどの顔で!!』と今更ながら怒りが沸々と湧いて来る。
お母さんが亡くなってからまる二年。
元々親孝行の娘では無かったけど……お母さんの看取りや送り出しも上手くできたかどうか……その後も、婚約まで行った直人とも別れてしまうし派遣は切られちゃうし……きっと、お母さんが生きていたら物凄く心配かけてるよね。
私とは違って……“出来た人”だったお母さん。
私が中学の時にお父さんが亡くなって……頼る事が出来る身寄りも無く、たった一人で私を育て上げてくれたのに、私はお母さんが心の内に持っていたであろう期待には何一つ応えてあげる事ができなかった。
本当に親不孝の娘でごめんなさい。せめてもの償いで……今まで手を付ける事が出来なかった遺品の整理をやらせてもらうね。
そうは言っても……自分の入院先の手配も準備もすべて自分でやってしまうお母さんだったから……家に置いてある物はみんな“身ぎれい”にされていた。
あとは入院中にベッドサイドに置かれていたブランケットだの本だのと……ああ、スマホがあった!
「これって、契約、どうしたんだっけ?」
なんて思いながら電源ボタンを押してみたが立ち上がらない。
どうやらすっかりバッテリーが切れている様だ。
とにかく充電してみよう。
◇◇◇◇◇◇
お母さんの“手癖”は見知っていたのでスマホのパスワード解除は楽にできた。
アンテナはすぐに×になってしまったので契約は解除している様だ。私にはやはり覚えが無いので、お母さん自身が解約したのだろう。きっと最期が近付いた時に……
「そうね!入院してからは私とのやり取りくらいしか使っていない筈だし、きっと『芽依』って名前しか無いよね」と履歴を見ていると私の名前以外にもう一つ……同じ電話番号と同じメールアドレスがズラリと並んでいた。
「えっ?!どういう事??“連絡先”に登録が入っていれば番号やアドレスじゃ無く名前が出る筈だし、詐欺とか迷惑メール??」
と……『下書き』が1件残されているのに気が付き、私はドキドキしながらその下書きを開いた。
§§§§§§
実は私は……病気で……もうダメみたいです。
覚悟はできてます。
娘の芽依も分かっていると思います。
でも、弱い私の心があなたにご迷惑をお掛けしてしまいました。
同窓会のはがきの返事を娘に頼まず、そのままゴミ箱へ捨ててしまっていたら
こうしてあなたとお話をする機会もなく、あなたも私の事は思い出だけで済んだ筈ですから。
あなたとのやり取りは
過去の思い出話だけでは無く
あなたが再婚なさった奥様のお話。そして血のつながりはないけど自慢の息子さんのお話も
私にとってはとても素敵で
ああ、あなたは素敵な伴侶と息子さんと巡り合われて
本当に幸せになられたのだと
ホッ!といたしました。
いいえ!いいえ!いいえ!
それは嘘ではないけれど
私は
娘の芽依にも申し訳なく思うけど
あなたの伴侶とし
§§§§§§
下書きはここまでで途切れていた。
どういう事だろう??!!
その訳をどうしても知りたくて、私はメールを一番古い日付まで遡って……『受信』『送信』と交互に読み始めた。
そうして分かった事は……
“お相手”の孝史さんはお母さんの学生時代の恋人で……本当に、昔のドラマかマンガの様な話だけど、まだスマホを持っていなかった二人が……待ち合わせ場所ですれ違った事が原因で喧嘩別れしてしまった事。
孝史さんは一度目の結婚は上手くいかず、二度目の結婚で一緒になられた亜希子さんと連れ子の智哉さんと幸せに暮らしている事。
智也さんにはお母さんとの事を話していて……智也さんからは「一度会いに行ってみたら」と言われた事。
でも「お互い今の家庭があるのだから」と会わないと決めた事。
孝史さんのみならず亜希子さんも素敵な方で……その息子の智也さんは……あの“直人”なんて比べ物にならないくらい優しく誠実な方だと……彼がお母さんに宛てたメールを読んでつくづく分かった。
私はもう!居ても立っても居られなくなって、孝史さんの番号に電話してみたけれど『……現在、使用されておりません』との音声が流れるだけだった。
だから私は……お母さん宛てに出されたメールを添付して智也さんにメールを出した。
私が江藤敦子の娘の芽依で……母はもう亡くなっていて……麻宮孝史さんに母の三回忌の法要へお越しいただけないかと。
私はやきもきしながら家の片付けをしていたのだけど……スマホがメールの着信を知らせたのは約2時間後だった。
そして今、私は母の位牌を胸に抱いて、智也さんの運転する車の助手席に座っている。
◇◇◇◇◇◇
「知らなかったとはいえ……お母様の事、大変申し訳ございませんでした。」
「いいえこちらこそ!まさかお父様がお亡くなりになっていたなんで思いもよりませんでした。」
「僕が……あなたのお母様へメールをお出ししたのは……父がまだ外出できる内にお母様と引き合わせたかったからです。この事は、実は父には言わずじまいでしたが……母も承知していました。」
「なのになぜ?!!」
「父とあなたのお母様はお互いがお互いを思いやって……病気の事を隠し合っていた様ですね。あなたからのメールで本当の事が分かった母は大泣きしてしまって……それであなたへの返事が遅れてしまったのです。本当に申し訳ございませんでした」
「私はお母様を傷付けてしまったのでしょうか?」
「いいえ!その逆です! あなたは私達を救ってくださったのです。だからどうしても僕は……あなたに“父”と母に会っていただきたいのです」
◇◇◇◇◇◇
私を出迎えてくれた亜希子さんは智也さんと同じ様に優しい顔立ちの方だった。
そのお顔が見る見る涙模様になり、私は亜希子さんに深く抱きしめられた。
「私と智也は……あなたのお母様……敦子様が私達の事を慮って連絡をお断ちになったのかと思っていて、ずっと申し訳なく思っていたのです。だから……」
その後は声にならなかった。
私達は抱き合ったまま大泣きしてしまったから。
◇◇◇◇◇◇
仏壇に御位牌を納め、私達三人は手を合わせた。
「あなた!敦子さん! ようやく一緒になれましたね」
「二人共、本当にバカだよぉ……生きているうちに逢えば良かったのに……」
また泣いてしまった私の肩を亜希子さんは抱いて……頬に流れる涙をハンカチで抑えてくれた。
でも、泣いてばかりは居られない!
私も生きて行かなければならないから!!
こんな事は……優しいお二人にしかお願いできない事だけど……私は勇気を振り絞って切り出した。
「実は私は……今、派遣を切られて無職なのです。これから先の事も考えると、家賃負担の少ない寮か住み込みで働ける仕事を探そうと思っています。本当に申し訳ないのですが、“母”をしばらくお預かりいただけないでしょうか?」
お二人は顔を見合わせ、すぐに智也さんが言ってくれた。
「失礼ですが、あなたもここで住まわれたら? 私は今、出張が多い身の上ですから……ガラン!と空いた家に……母一人きりは心配なのです。せめて夜だけでもあなたに居て下さったらどんなに有難いかわかりません!」
これが私と夫のなれそめのお話です。
最も今は……仕事で多忙な私達に代わって息子の依智がおばあちゃまのお相手をしているのだけどね。
おしまい
大急ぎで書いたので誤字脱字があるかも<m(__)m>
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