精神崩壊0秒前、俺の選択
俺は再び壁に叩きつけられ、視界が揺れる中で立ち上がった。教室は今や崩壊寸前、机や椅子が浮遊し、魔法のエネルギーが渦巻き、金の力がきらきらと輝いている。音が、震えが、全てが不安定だ。
その中で、ヒロインたちが俺を取り囲んでいた。感情が制御できなくなったのか、どんどん攻撃的に、そして情熱的に、俺に迫ってくる。
「遼くん、私はあなたを離さない…!」
愛美の目は狂気に満ちている。俺に手を伸ばし、震える声で言った。その手がまた、俺の胸を掴みそうになる。
「愛美…!」
俺は慌ててその手を払い、さらに後退る。しかし、その瞬間、ルクシアが地面を蹴って前に飛び出してきた。
「遼くん! あなたを守るために、私はもう一度魔法を使う!」
「ルクシア、待て! その魔法、また暴走するぞ!」
俺は必死に止めようとしたが、ルクシアはすでに空間を歪める魔法を放ち、教室の中に巨大な火球を生み出した。それが進む先には、またもや壁が崩れ、煙と光が舞い散った。
「ま、待ってくれ!」
俺の声も届かず、今度はみかが拳を握りしめて叫んだ。
「遼くんを傷つけさせない! 私が…!」
「みか…!」
俺は叫びながら、必死で彼女を止めようとしたが、その瞬間、みかは俺に近づくと、無自覚にその拳を振り下ろしてきた。
「ちょっと待てぇ! なんでお前らみんな俺にこうするんだよ!」
その瞬間、俺は完全に後ろに倒れこみ、何とかその拳を避けることができた。だが、みかの力の加減が分からない。彼女はまだ気づいていないようだが、俺に好意を抱くほど、彼女の力はどんどん増していく。
「私、遼くんを傷つけるのは嫌よ…!」
みかは真剣な顔をしてそう言い放つが、その顔の前で拳が再び震え上がり、空気が破裂した。
「うわぁっ!?」
俺は身をよじって避ける。もはや、これが日常になってきたが、毎回命がけであることには変わりがない。
その時、クラリスが静かに口を開いた。
「もうやめなさい。遼くんを傷つけたくないなら、全員、少し冷静になりなさい」
彼女の声は冷徹だったが、その中に強い意思が込められていた。金の力が静かに教室を包み込み、周囲の空気が一瞬でピタリと止まった。
「クラリス、でも…!」
「いいのよ、愛美。私が遼くんを守る方法は知っている」
クラリスが静かに呟くと、金の力が俺を囲み、同時にヒロインたちの暴走を一時的に抑え込んだ。彼女の力で、ヒロインたちの感情の波が少しだけ落ち着く。
「遼くん、私が言った通りよ。私はお金で何でも解決できるわ。あなたを守るために、ここで戦うつもりだから」
その言葉が、いかにもクラリスらしい。しかし、そこまで冷徹に言い切る彼女の顔に、ほんのわずかな優しさを見た気がした。
「クラリス…」
俺は言葉を詰まらせながら、目の前の現実に向き合う。気がつけば、ヒロインたちの目が、いまや俺を見つめることに変わった。彼女たちは俺にどうしても求めてくる。愛を、関心を、そして何より「選択」を。
だが、今の俺にはその選択ができない。
「遼くん、私はあなたを守りたいだけよ」
愛美が言葉を漏らし、優しく俺に近づいてくる。その瞳には、相変わらずの愛と執着が滲んでいる。
「だ、だから…」
俺は頭をかきむしった。こんな状況で冷静を保つのは無理だ。愛美の言葉に押し潰されそうになり、ルクシアの魔法が暴走すれば教室は吹き飛ぶ。みかの拳を避けるだけでも命がけ。
「俺…どうしたらいいんだよ…!」
その瞬間、静かな声が耳に響いた。
「遼くん」
それは、天音だった。
俺は思わず振り返った。天音は冷静そのもので、他のヒロインたちを静かに見守っている。彼女の目は、どこか遠くを見ているようだった。
「天音…!」
「選ばないで」
天音はそう呟いた。その言葉に、俺は驚き、そして少しだけ希望を見出した。
「選ばなくてもいいんだ…?」
「うん。選ばなくても、君の気持ちを尊重する。それが、私が願っていることだよ」
その言葉に、俺は思わず立ち止まった。ヒロインたちの暴走を止めるために、今、俺ができること。選ぶことではなく、彼女たちとどう向き合うか、それが重要だと気づく。
「全員を守りたい」
その一言が、俺の心に火を灯した。