この学園、平和が一番むずい
「……えっ?」
俺、久我遼は、あまりにも見慣れた風景を見つめていた。そう、この学園の日常――いや、むしろ「地獄の日常」と言ったほうがいいのか。
今日は、ちょっとした平和を願っただけなのに、どうしてこうなった。
「遼くん、あなたは何もわかっていないのよ!」
「何もわかってない、ってどういう意味だ?」
朝のホームルームで、綾小路愛美が突然立ち上がって叫んだ。お前、今日の授業、まだ始まったばっかだろうが。
「私はあなたを監視しているのよ、毎日、毎分、毎秒!」
その言葉に全クラスが凍りついた。まあ、愛美が何かを言うのは、慣れているけど。
「……いや、なんで? 今日は授業の時間だから、黙っていろよ」
「私、遼くんが寝ている隙間を狙って、あなたのペンケースの中身まで把握しているんだから」
「やめてくれ、それマジで怖いから!」
そして、そんなやりとりの最中にも、俺は思うわけだ。平穏無事に過ごしたい、少なくともこの学園生活くらいは。
だが、この学園、まったく平穏が訪れない。
昼休み、俺はベンチに座って弁当を食べようとした。せめてもの楽しみだ。だが、ヒロインたちが続々と集まってきた。
「遼くん、私たちとお昼ご飯、一緒に食べましょ?」
「遼くん、私と一緒に過ごさないと、絶対後悔するわよ」
「遼くん、ねえ、いい加減私のことを――」
そんなことを言ってる間にも、俺の周りにヒロインたちがどんどん集まってきて、まるで小さな戦争のようになった。
「いや、ちょっと待てよ!」
俺は一瞬、冷静を保ちながら声を上げる。
「みんな、食べる場所くらい選ばせてくれ!」
だが、そんな冷静なお願いも、ヒロインたちの『ヤバい系行動』には効かない。いずれも気が強く、反論してくる。
「私はもう遼くんと一緒に食べるのを決めたわ!」
「どうして私じゃダメなの!?」
「私だって! ほら、あんなにラッピングして、もう準備万端!」
一方、ルクシアは手に何かを持っていた。見ていると、それは――洗練された魔法の弁当だった。いや、それ、食べ物じゃなくて実験だろ!?
「えっ、ちょっと待って、それ、何だ?」
「だ、大丈夫だ! これは計算通りだよ!」
いったい何を計算しているんだ。
次の瞬間、ルクシアの魔法で空間が歪んだ。俺の弁当が消えた――いや、消えたのは俺の弁当だけじゃない、俺の周りの食べ物が全部消えた!
「う、嘘だろ? まさか俺の飯が全部……?」
「遼くん、食べられないと思って、私たちと一緒に食べなさいよ」
「こんな状況で、無理に誘ってくるのか……!」
その瞬間、俺は心の中で「平和に過ごしたい」という小さな願いを再確認した。だが、それを実現できるはずもない。
そして午後の授業――
「さあ、遼くん! これで、あなたの心を完全に掴んでやる!」
またもや日比野みかが突如、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。俺は一瞬、心の中で「どうしてこうなる」と思いつつも、事態の進行を見守る。
「い、いや! みか、何をする気だ?」
「決まってるだろ! これからお前に恋のスパルタ特訓をしてやる!」
「恋のスパルタ?!」
なんで今、恋愛特訓みたいなのが始まるんだ!? しかもお前、どこでスパルタを学んだんだよ!
「いいか、遼くん。恋愛は、最強のスキルだぞ!」
「俺はただ、平和に生きていたいだけだ!」
その時、周りのクラスメイトたちが必死に笑っている。クラスの空気が何もかもおかしい。
放課後、俺はとうとう心の中で決めた。
「次、平穏に過ごせる方法を考えよう……」
だがその時、何も知らない他のヒロインたちが現れる。
「遼くん、一緒に帰ろう!」
「もうお昼ご飯、私と一緒に食べようよ!」
「いや、あの……」
俺は立ち上がって、やっと平和な時間を願う。
だが、やっぱりどこかで無駄だと感じる。