俺の机が三回爆発した日
一限目。
俺は、ただ「普通」に授業を受けたいだけだった。
けれどこの学園――いや、このクラスでそれは無理な話らしい。
「……っくしゅん!」
バシュウウウウウウンッッ!!
「はい、教室一回目、消滅っと……」
俺の机と、黒板の右半分が消し飛んだ。
「し、しまった!花粉が……!」
ルクシア・ファム=エル=ヴァリエルは、鼻水を拭きながら真顔で言った。
「おのれスギ花粉……異世界にも存在していたとは!」
「存在してなかったなら、なぜ薬持ってるんだよ」
「これは、気合の実だ!」
「それ、ただのドライプルーンじゃねぇか……」
先生(再建スキル持ち)が黒板を再生成している間、俺は何食わぬ顔で椅子だけ元に戻す。机? もう慣れた。
――精神耐性SSS級とは、こういう日々にこそ必要なスペックなのだ。
「久我くん、あなたの安否は常に私の監視下にありますから」
「それはもうストレートに怖いからやめて?」
愛美は「朝、寝坊しかけてたでしょ?」と、俺が言ってない情報をスラスラ口にした。
「あと、冷蔵庫のプリン、賞味期限切れてるから食べないでね?」
「なんで知ってんの!?」
「心の距離が近いのよ。私たち、もうほぼ一心同体だから」
これ以上近づいたら、もはや憑依だ。
そこへ、バンッ! と教室のドアが蹴り開けられた。
「て、転校生! さっき、ルクシアと喋ってたでしょ!」
「あ、日比野。いや、それはたまたま――」
「ちょ、違うし!? べ、別にアンタが他の女と仲良くしてたからって怒ってるとか、そんなんじゃないし!?」
「今、完全に怒ってた顔と動きしてたぞ。あと拳が白熱してる」
「うるさいっ!爆☆裂☆拳!(バキィ)」
「二回目。肋骨。ありがとう」
俺の精神力は高いが、肉体は凡人である。
二限目。物理の時間。
俺はひそかに期待していた。この教科は、さすがに魔法も幻覚も関係ないだろう、と。
そのときだった。
「さぁ、今日も契約の時間よ!」
クラリスが、なぜか契約書らしき分厚い書類と羽ペンを取り出した。
「いや、授業中だぞ?」
「関係ないわ。私は教室の時間割すら買い換えたことがあるのよ?」
「教育委員会仕事してくれ……!」
クラリスが持つその羽ペン、よく見ると金でできている。しかも自動で俺のサインをなぞってる。
「こら! 勝手に手を動かすな!」
「ふふふ、契約強制スキルって便利でしょ?」
「悪魔の契約だよ、それは!」
隣の席でナナミがじっと俺を見つめていた。口元には何かを咥えている。
「……なにそれ」
「これは、誓いの血盟キャンディ。舐め終わる頃には、魂が交わるの」
「お前は授業中に何してんの!?」
「先生、もうひとつください!」
「渡すな先生ぃ!」
昼休み。
なんとか午前の授業が終わり、俺は屋上に逃げた。静寂が欲しい。ただそれだけなのに。
「……やっと、誰もいない」
ガチャ。
「お昼、一緒にどうぞ♡」
「よう、久我!弁当作ってきたぞ!」
「我が契約者よ、ここに我が魔導食を捧げよう」
「私はフルコース持参よ」
「今日の心の状態、幸せ度72%。でも足りないわ。もっと近くで、食べましょ?」
囲まれた。弁当持ちの四方陣が完成している。
しかも全員、俺の口元にそれぞれの箸やらフォークやらを構えているのだ。
「選べないってば! これは選択肢という名の罠だろ!」
「食べなさい。これは圧力ではなく、愛情よ」
「それが一番怖ぇんだよ!」
――この瞬間、俺は知った。
机より先に、俺の胃袋が崩壊するということを。
放課後。
今日だけで俺の机は三回爆発した。
一回目はルクシアのくしゃみ。
二回目はクラリスの「金で机を強化したら逆に爆発した」案件。
三回目はナナミが「机に魔法陣を刻んだら空間が歪んだ」事故。
「先生……もう机いりません。床でも生きていけます」
「君の順応性は見習いたいよ、久我くん」
帰り道、校門の前で校長に呼び止められた。
「久我くん。今日の一日、どうだったかな?」
「ええ、机三つ分ぐらい、重い日でした」
「君には、この学園の平和がかかっている。頼むよ?」
「断っていいですか?」
「ふふふ、君しかいないんだ」
俺は、空を見上げる。
ああ、太陽が綺麗だ。今日も学園が平和に終わってよかった。
……いや、終わってない。
「ねぇ、今日は誰の家に来てくれるの?」
「契約者よ、そろそろ我らが新居へ……」
「晩ご飯、作って待ってるね♡」
「私の部屋、特等席よ?」
「明日は絶対、二人きりになろうね?」
「……逃げても、無駄だよ?」
……次の休み時間、トイレ行ける気がしない。