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第七話 エビフライ

 一樹は美人な女性と共に応援をした上、「優しくてすてき」と言われた意味を勘違いしたのか、帰宅途中も有頂天だった。

 にやついて家に帰るとドアの前に欣二が立っていた。最近、洗濯機の調子が悪いと伝えてあったので、修理に来てくれたのだ。

 一樹は急いでカギを出してドアを開けた。

「おじさん、いつもありがとうございます」

「ああ、一樹君、服がビショビショじゃのう。風邪を引かんように、はよう着替んさい」

 一樹は部屋の奥で服を全部脱いだ。小柄でやせ型だが筋肉はたくましい。小さいタオルで体を拭いた。私服はその黒シャツ一枚しかなく、寝間着に着替えた。

 洗濯籠に濡れた服と下着を入れるために欣二のそばに寄った。

「おじさん、今日ね、残念ながら聡志の高校は二回戦で負けてしもうたんよ。あいつは九回裏に代打で出て来たんじゃけど、ストレートに空振りして、それで試合終了。大声を張り上げて応援したんじゃけどなあ」

 欣二は試合に負けた話には頓着せず、嬉しそうな表情を浮かべた。

「そうか、応援に行ってくれたんか。そりゃあ、ありがとな。友達が一人でも応援に来てくれただけで、聡志は幸せもんよ。それで十分じゃ」

 欣二が喜んでくれたので、続けて聡志に熱心な声援を送る女性がいたことを話しそうになって、慌てて口を押さえた。調子に乗って、秘密の話にまで突っ走りそうな気がしたからだ。

 しばらくの間、欣二が修理をする様子を面白そうに見ていた。

「なんじゃ、一樹君は家電製品の修理、いうか、機械いじりに興味がありそうじゃな」

「はい、ボクは技術者になって、将来いろんなものを発明するのが夢なんです」

「そうか、そりゃあ頼もしいわい。これからは、コンピュータを使って新しい知能が生まれる時代がくる。ほいで、見たこともない新製品が世の中に登場することじゃろう。わしもそういう仕事をやってみたかったのう」

 洗濯機のスイッチを入れると、なんとか動き始めた。

「だめじゃ、モーターが悲鳴をあげちょる。そろそろ限界じゃ。今どきは、こんとな古い洗濯機は滅多に見んようになった。もう少し新しいのが下取りに出たら、交換に持って来てあげよう」

 工具を片付けて帰ろうしたところ、母親が見送りのために布団から起き出そうとした。欣二はいつものように手のひらを向けて止めた。

「あーいけん、いけん。真帆ちゃん、無理しちゃだめじゃ。横になっとらんにゃあ」

 和室の隅に母親のにおいが染みついた万年床があった。狭い家の中に入れば誰からも丸見えの寝床で、枕元の薬袋が病人の闘病を物語っている。一樹が母親を布団に寝かせながら頭を下げた。

「いつもすみません。お金は、高校を出たら一生懸命働いて、必ずお支払いしますから」

「そんとなことは気にせんでええよ。そうじゃ、一樹君、冷蔵庫にエビを入れといたけえの。もう下処理はしてある。フライにして、みんなで食べんさい。うまそうじゃけえ、ご飯が進むじゃろうて」

 笑って帰って行く欣二が、一樹には神様のように見えた。


 その日の夕方、聡志が帰宅すると揚げものの油のにおいがした。鶏の唐揚げが山盛りにされている。

「うわっ、父さん、大好物じゃ。今日は特にお腹がペコペコなんじゃ」

「そうじゃろうと思うてな。ご飯も多めに炊いてあるで。試合に負けたあとは、飯も喉を通らんくらい悔しいもんじゃ。じゃけどな、それを通り越したら急に腹が減るけえの。いちいち、しょげちょったら野球なんか、できりゃあせんで」

 菜箸を持ったまま、聡志の方をチラッと見た。

「えっ、どうして負けたのを知っちょるの?試合を見に来ちょったの?」

「行かんだって、わしには何でも分かる超能力があるんじゃ。お前が最後のバッターで、ストレートにかすりもせんかったことも、みな知っちょるで。アッハッハ。それでもきっと、天国の母さんは喜んどるはずじゃ」

 聡志がシャワーから戻ってくるのを見計らって、欣二が特盛のご飯をよそった。皿にはキャベツの千切りと唐揚げ、大小不揃いのエビフライがこぼれる寸前まで乗り、厚切りの玉ねぎが入ったみそ汁と一緒に食卓に並んでいる。これぞ男料理だ。

「いただきます。うーん、うまい!」

 ご飯とおかずを夢中でかきこんだ。欣二が今日の試合のことを誰に聞いたのかは、察しがついていた。自分の三振や球種まで伝えるのは、あいつしかいない。

「試合には負けたけど、大声で応援をしてもろうて、内心恥ずかしかったけどすぐに嬉しゅうなった。将来は大観衆の前でプレイしたいなあ、と思うたよ」

 欣二の胸に、死んだ妻へ誓った言葉がよみがえった。「そうか」と短くも満足そうに返事をした。


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