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第21話 オールスターゲーム

 オールスターの第一戦は、七月十八日に千葉ロッテマリーンズの本拠地で行われた。円形の球場に一歩足を踏み入れると、今にもライトスタンドから熱狂的な応援が聞こえてきそうだった。

 試合は、セ・リーグのチームが相手の応援に気圧されたかのように劣勢のまま、最終回を迎えていた。三点差をつけられた九回表、二死ランナー無しから聡志が代打としてコールされた。

 ピッチャーはパ・リーグを代表する抑えの右腕、山木だ。いきなりツーストライクと追い込まれた。バッテリーは一球遊んで来るか、得意のフォークで来るか。強肩で有名なキャッチャーの佐田が聡志に呟いた。

「奴のお化けフォークにバットが当たるかな」

 次の球は、言葉通りフォークが来た。腰を落として、かろうじてファウルチップに逃れた。佐田がチッと舌打ちをした。聡志はオールスターでの対戦を楽しむというより勝負に徹した。山木との真剣勝負など滅多にあり得ない。

 次はどんな球が来るのか。佐田が黙っているところを見るとフォークの連投はないと踏んだ。今のファウルでカチンと来て、自分みたいな二流の選手はフォークを使わなくても打ち取ってやる、と強気のリードをするように思えた。

 四球目はボール気味のシュートが外角に入ってきた。腕を伸ばして打った打球は高々と舞い上がり、マリン特有の風にも乗ってライトフェンス直撃の三塁打となった。山木は三者凡退のパーフェクトセーブを挙げる直前で長打を許し、苦虫をかみ潰したような顔をした。

 テレビでは実況のアナウンサーが、

「今年の公式戦で初ホームランを打った四年目の堂本が、オールスターでも第一号を打ったかと思いました。いやあ、惜しかったですね」

 と残念がった。

 山木は次のバッターからフォークで三振を取って試合は幕を閉じた。


 続く第二戦は東京ドームで開催された。聡志は前日活躍したご褒美でスタメンの八番に名を連ねた。岡畑監督からは、あらかじめ二打席で交代と告げられていた。第一打席は外に逃げるスライダーを振って三振を喫した。

 両チームとも無得点で迎えた四回の裏、ワンアウトランナー無しからスワローズの町下がセーフティバントを成功させた。町下は次の六番バッターの初球で盗塁を決めた。バッターは粘ってカウントスリーエンドツーのフルカウントからフォアボールを選んで、ワンアウトランナー一塁、二塁。

 もう一人出れば満塁で聡志に回るところで、次の七番バッターは浅いセンターフライを打ち上げた。満塁ホームランの目が消えたと思われた瞬間、ショート、セカンド、センターの間にボールが落ちた。ポテンヒットだ。ワンアウト満塁。聡志にとっては信じられないような展開になった。

 ウグイス嬢が聡志の名前をアナウンスした。昨日と同じようにしっかり打てれば、恭子のリクエストに応えられる。だが、聡志はまともにホームランを狙いにいって良いものかどうか、緊張と迷いで脳みそが押し潰されそうになっていた。


 パ・リーグの栗間監督は、聡志の打順でピッチャー佐々本の交代を告げた。昨日の仕返しとばかりに、山木が小走りでマウンドに向かっている。投球練習が終わって山木は聡志を睨みつけた。こんな小僧にやられたままではプライドが許さない、とでも言いたそうだった。ストレート、カーブ、再びストレートでワンエンドツー。

 山木がゆっくりと投球モーションに入った。ところが、次の球を投げる寸前、三塁ランナーの町下が意表を突いてスタートを切った。

「ホームスチールだ!」野手と相手ベンチが大声で叫んだ。

 慌てて投げた山木のフォークはホームベース前でワンバウンドした。キャッチャーが体で止めて、転がるボールをミットに収めた。そこへ町下の足が滑り込んで来た。

「アウト!」審判も慌てたのか、片手を上げたまま数秒後にコールした。パ・リーグのベンチから歓声が上がり、スタンドはどよめいた。

 テレビ放送では、実況のアナウンサーがここぞとばかりに解説者に意見を求めた。

「いやあ、天野さん、いかがですか。町下は思い切ったプレーをしたと思いますが」

「そうですね。セーフティバントを成功させて盗塁し、ホームスチールを企てたんですからね。最後は惜しかったですけど、MVP賞を狙ってたんでしょうね。それでいいんですよ。オールスターはお祭りですから。そんなことより、私はバッターの堂本の方が気になっています。彼は町下がアウトになって、ホッとしたような顔をしました。まるで何かから解放されたようにヘナヘナと座り込みそうになっていましたよ。私にはよく理解できません。一体何があったのかと思いますね」

 なおも好機は続いている。ツーアウトながらランナーは一塁、二塁で、ヒットを打てば先制点になる場面だ。打つのか抑えるのか、敵味方の誰もが聡志の打席に注目する中で、あろうことか、当の本人は全身の脱力を感じていた。

 幸か不幸か満塁ホームランの芽は完全に摘まれ、恭子の心中を憂慮する縛りから解かれたと思うと、途端に力が入らなくなったのだ。応援してくれているファンには心から謝った。自分の体が、手足が動かない。脳からの運動系の指令が機能せず、頭の中ではすでにこの打席は終わっている。

 オールスターに出るほどのキャッチャーが、見るからに打つ気が消失したのを感じ取らないはずがない。ツーエンドツーからの五球目。もはや、ここで決め球のフォークを使う必要はない。

 山木がど真ん中にストレートを投げても、聡志のバットはピクリとも動かず、見逃しの三振を喫した。顔を上げられずに下を向いてベンチに引き上げ、予定通りこの打席で交代を告げられた。

 実況が今のシーンを振り返った。

「堂本には活躍するチャンスでしたけど、あっさりと三振に倒れました。天野さんは、どのようにご覧になりましたか?」

「うーん、さっきから彼はおかしいですね。せっかくのオールスターゲームなのに、活躍しようという気迫が感じられませんでした。何を考えていたんでしょう?私も本人に訊いてみないと分かりません。残念ながらお手上げです。とにかく、完全にカツですよ」

 解説者がさじを投げた。聡志の精神状態など分かる者は、本人以外誰もいなかった。

 広島の実家で見ていた一樹たちも今の三振には納得がいかなかった。

「聡志、何をやっとるんじゃ。せっかくアピールするチャンスじゃったのに」

「堂本さんは、ピッチャーの投げた球を見ていなかったようだけど」

 ゆりが呟いたあとでリプレイが流れた。ゆりの言う通り、聡志は投球の間、放心したようにドームの天井を見上げていた。

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