第十八話 未来の野球場(一)
九月に入り、カープは優勝争いの真っただ中にいた。聡志は名古屋でのドラゴンズとの熾烈な三連戦を終えて広島に帰ってきた。その日は試合が組まれておらず、緊張をほぐそうとして実家にぶらりと立ち寄った。店の中では一樹が一人で暇そうにしていた。
「やあ、久し振り。この前の試合はスタンドで応援ありがとう。観に来るって聞いてなかったんで、驚いたよ」
聡志は店の冷蔵庫を開け、炭酸なしスペシャル麦茶を出して一気に飲み干した。
「おう、びっくりさせて悪かった。おじさんがチケットをくれたんじゃ。あの試合は俺の人生初のプロ野球観戦でな、正に夢の世界じゃったよ。ところで、今日はゆっくりできるんじゃろ?なっ、なっ、ええじゃろ、話したいこともいっぱいあるし」
長話をする相手を待ち侘びていたかのように椅子に座らせた。
「なんじゃ、話したいことって」
「聡志は、きょうこさん、という名前に心当たりはあるか?」
予期せぬストレートパンチを受けたが倒れはしなかった。何の話にしても、一樹に悪意がないのは承知している。
「どうして彼女のこと・・・・・・」
一樹はそれだけ聞けば、もう十分だった。もともと深く詮索するつもりはなく、二人がそれなりの仲であることを感じ取れればそれで良かった。
「いや、こっちの話じゃ。別に気にせんでええ。その件はおしまいじゃ」
聡志はあっけなく攻撃の手が緩められたことに拍子抜けした。彼女のことを根掘り葉掘り訊かれるのだけは勘弁願いたいとは思ったが、恭子という名前だけ出していきなり「おしまい」はないだろう。「はいそうですか」と引き下がるのも後味が悪いし、ひと言くらい文句でも言ってやろうと口を開けたのを「よく聞けよ」という命令口調が制した。
一樹が話したくてうずうずしていたのは、まったく別の話だった。
「今から二十年後には、世の中は格段に進歩、発展しとる。野球場にもあらゆる技術が導入されて、今では想像できんくらいの球場に生まれ変わっとるんじゃ。まず、すべての球場でネットがなくなる。バックネットもファウルをよけるネットもなくなれば、解放的じゃと思わんか?ファウルボールが飛んでくれば、透明なバリアが防いでくれる。天井にもバリアがあって、守備に影響を与える太陽光線や雨風をシャットアウト。もう屋根付きのドーム球場なんか要らんようになる。真夏も真冬もバリアが適度に換気と温度調節をしてくれて、快適に試合ができるんじゃ」
「なんだ、完全にSF映画の世界じゃないか。最近、親父から新しい電気技術を教えてもろうとるとみえて、発想が豊かになっとるな。一樹は立派な発明家になるに違いないよ」
奇想天外な話は現実を忘れさせてくれてとても愉快だった。
「まだ続きがあるんじゃ。聞いてくれよな」
聞き手が返事をする前から、もっと凄い話が始まっていた。
「今はセンター後方にバックスクリーンがあるけどな、そんなものはなくなる。なんと、座席が三時間かけて、グラウンドの周りを三百六十度回転するんじゃ。座席は全部自由席じゃけど、ビジターチームの応援席エリアだけは決まっとる。ファン同士が喧嘩せんようにな。観衆やそれぞれの応援団は、球場を一周しながら応援歌を歌ったり、独自の応援を繰り広げたりするんじゃ。楽しいと思わんか」
「えーっ、客席ごと回転するんか!」
聡志はびっくり仰天した。そんなことは考えたこともなかった。いや、普通の人は考えないと思った。
「じゃが、一樹、ちょっと待てよ。バッターから見て観客席が正面に来たら、ピッチャーの球が見えにくくてしょうがないぞ」
「大丈夫じゃ。センター後方の観客席からはグラウンドが見えても、バッターからセンター後方は黒い壁にしか見えんのじゃ」
「それもバリアの応用か?うーん、凄い技術じゃなあ。そう考えると、未来の花形企業はいろんなバリアを作る会社かもしれんなあ。ほんまに凄いなあ」
聡志は「凄い」を連発した。
実際には、一樹はそこまで深く考えていなかった。聡志の質問に対して適当なアイデアがうまく浮かんだだけのことで、こっそり舌を出した。
ボロがでないうちに次に進めた。
「それとな、なくなったバックスクリーンの代わりに、一人ひとりの座席についとる専用のタブレットがもっと詳しい情報を教えてくれるんじゃ。そのタブレットを使えば、スコアだけじゃなくて、当日の選手の成績や達成間近な記録など、何だってわかる。ピッチャーが投げた球種や速度、また、バッターが打った初速や飛距離までもじゃ。もちろん、その試合のリプレイは何度でも再生可能じゃから、試合に遅れて来たお客さんは、来る前に点の入ったシーンや、お気に入りの選手の打席を再現することができる」
「そうじゃな。試合の途中から球場に来たお客さんが一番ストレスを感じるのは、序盤に点が入った場面の情報がスマホアプリの文字でしか見られないことだもんな。配信にはいろんな規制もあるじゃろうから、来場者だけが観られる特別なサービスとして、球団が各回の表裏のダイジェストを作って動画配信をすれば、ありがたがられると思うよ」
聡志にも十分共感できるアイデアだった。
だが、そういう、ありそうでなさそうなアイデアというものは、自分が思いついたり共感したりした時には、すでに多くの人々が考えていることだという認識はなかった。
その点では一樹の方が一枚上手で、もう少し先のことまで考えていた。
「まあ、そのくらいじゃったら現代のスマホでも対応できそうなことじゃが、球場の専用のタブレットはもっといろんな機能が付いとるんじゃ。たとえば、双眼鏡代わりにもなる。選手に焦点を当てたら顔写真と名前、背番号、出身校、これまでに獲得したタイトルなどの記録も表示される。おまけに、そのタブレットでビールの売り子を呼べるし、売店の飲食物は買いに行かなくても、注文すればドローンが席まで運んできてくれるんじゃ」
一樹は溜めてあったアイデアを喋りっぱなしだった。まだまだ喋りたそうだった。先日の観戦以来、野球場のことが片時も頭から離れなくなったのだろう。
「びっくりした。よくそんなに頭に浮かぶと思って感心するわ。今は夢物語だって、中には本当に実現しそうなものもあるしな。引退したら、是非ともその回転スタンドで応援してみたいもんじゃ。ゆりちゃんも誘って一緒に行こう。ところで、高度な技術に頼るのもええけど、もっと人間にできることはないんか?」
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