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第十七話 一樹の初観戦と初打席

 聡志はプロ生活三年目のシーズンが始まる前に球団から呼び出され、念願の支配下登録の契約を結んだ。背番号は一〇七から十三に変わった。

 スポーツ紙には、二年目の成績によってというよりも、真面目な練習態度による将来の伸びしろが買われたのではないか、という記事が載った。

 育成から抜け出して年棒が上がったことはもちろん嬉しかったが、一軍の試合に出る道が開けたことを第一に喜んだ。恭子の目の前でヒットを打つことが変わらぬ目標であり、何としても叶えたい願いであることは間違いなかった。

 三年目も二軍で迎えたが成績は徐々に上向き、スタメンで起用されることが増えた。六月末時点での打率はウエスタンリーグの十位に入った。それから三日後に一軍の外野のレギュラーが足を痛めて登録を抹消され、聡志にお呼びがかかった。


 聡志が一軍に上がった日は、一樹は仕事が手に付かなかった。ちょどその日に、欣二がお得意様から外野席のチケットを一枚もらってきた。一週間後のスワローズ戦だ。

「我が家の代表で行っておいで」

 一樹は欣二から手渡されたチケットを三億円宝くじの一等当選券のように見つめた。そのまま、どのくらい時間が経ったのか分からないくらい沈黙が続いた。

「やったー、ホントですかあ?」

 突然正気に戻ったかのように大声を出すと、ゆりがびっくりするほど飛び上がった。一樹は試合のある日まで一日千秋の思いで待ち続け、当日は欣二に頼んで仕事を早上がりさせてもらった。

 開門と同時に入場して駆け足で階段を上る。ライトの外野席上段に陣取って球場を三百六十度見回す。どこを見ても夢のような景色だった。自分が座っている反対側の内野席からの眺めはどんな感じなのだろう、いつか行ってみたいという夢も膨らんだ。

 やがて背番号十三が守備練習に出てきた。たちまち目頭が熱くなり、背中に大きな声援を送った。聡志はその声に気付いてグラブを高く掲げた。

 一軍昇格とはいえ、そこは熾烈なレギュラー争いの場だ。残念ながら、聡志はその試合で守備につくことさえできなかった。

 一樹は一軍の球場で聡志のユニフォーム姿を見られただけでも大満足だった。カープが勝利を挙げたのにスコアさえ覚えていない。試合開始から終了まで、スタジアムの雰囲気にすっかり舞い上がっていた。初めて見たプロ野球の試合は、まるで別世界にいるような華やかな印象を一樹に植え付けた。


 聡志はそのあとの試合でも出場が叶わなかったが、二軍に落とされることなく甲子園への遠征に帯同した。一樹が残業で遅くなった夜、カープはタイガースとシーソーゲームを展開していた。八対八のまま延長戦に入り、十一回に両チームとも一点ずつ取り合って、試合は十二回の裏を迎えていた。

 カープは選手交代で聡志がライトの守備についた。テレビ中継はとっくに終わり、一樹はラジオを聴きながら夕食を取っていた。

「おじさん、ゆり、ほら聴いて。聡志が、聡志がついに試合に出たよ。プロ入り初出場で、今、ライトを守っとるんじゃ」

 ラジオのボリュームを上げて目を潤ませた。三人は興奮してラジオの実況に耳を傾けた。結局タイガースは三者凡退で、聡志のところに球が飛ぶこともなく試合は終わった。

 一樹は甲子園のナイターで、聡志がライトの芝生で守っている姿を想像しただけで胸が一杯になった。

 翌日の土曜日に、BSのテレビ局が阪神対広島の野球中継を試合開始から終了まで組んでいた。一樹は十八時に始まる試合の一時間も前からテレビの前を行ったり来たりして、一人そわそわした。

「堂本さんの大ファンのお兄ちゃん、先にお風呂に入ってきたら?その間にご飯を用意するから」

 ゆりに冷やかされて仕方なく風呂場に行ったと思ったら、烏の行水よろしく三分で出て来た。テレビの前に陣取っているうちに、待ちに待った放送が始まった。その試合も前日と同じくもつれたまま終盤に入った。

 待つこと二時間半の八回の表、ついにその時がやってきた。

「ピッチャーの三岡に変わりまして、バッター、堂本」

 場内アナウンスが世界一美声に聞こえた。

「ウオー、聡志のプロ初打席じゃー」

 一樹の胸の高鳴りに合わせるように、欣二とゆりも自然と手に力が入った。聡志がレフトにフライを上げたのが明らかにファウルだと分かっていても、

「アアー、惜しい」

 と残念がった。ツーツーから迎えた五球目、聡志のバットが振り抜かれた。

「打ったー、ヤッター、入った、入った」

 一斉に大声を出した。が、バットにかすっただけの打球は前進してきたライトに捕られ、その打席限りでベンチに退いた。立ち上がって応援していた一樹は、ヘナヘナと座り込んだ。


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