第十六話 二軍戦で初ホームラン
いよいよ二月一日からプロ一年目のキャンプが始まろうとしていた。聡志は母親の位牌に手を合わせたあと、欣二をはじめ一樹やゆりからの激励を受けて、一月の最終週に宮崎県日南市へ向かった。
キャンプ地の天福球場で監督、コーチや諸先輩、裏方さんなど全員に挨拶を済ませてからは、朝から晩まで練習漬けだった。
育成選手は三年以内に芽が出ないと自由契約になる。指示されて練習をするより、自ら厳しい鍛錬を課して上手くならなければ支配下登録の道はない。どの育成選手も目の色を変えて練習に取り組んでいた。
聡志は体が悲鳴を上げるまで練習し、宿舎の食事で栄養を摂ってまた夜間練習に臨んだ。夜は布団に入るや否や眠りに落ち、爆睡して朝を迎えた。朝食前には必ず十キロのランニングをすることを日課にした。
キャンプが始まって一週間が経ち、身体も次第に慣れて来た。ある日、いつもより一時間早く起きて走り始めた。すると、遥か先に先輩らしき選手の背中が見えた。グレーのジャージの向こうから蒸気機関車の煙のような白い息が上がっている。
巨体を揺らしながら走っている選手に追いついて挨拶をした。
「おはようございます!」
横から顔を覗くと四番打者の紙屋だと分かって怖気付いた。高校時代は東京の両国学園高校でエース兼四番。甲子園の夏の大会でホームランを五本もかっ飛ばしていた。
背番号が三桁の身分で並んで走れる相手ではない。遠くから眺めるとただのドラム缶のデブに思えた体が、近くで見ると筋肉が盛り上がっている。これがプロの体なのか。ニンニク臭い先輩に朝の挨拶をして、勢いよく追い抜かしたところへ後ろから声がした。
「おお、お前は育成の堂本という名前だったっけ、頑張ってるな。まあ、そんなに急がないで、ちょっと横の公園を見てみろ」
おかしくてたまらないような顔をしている。そこには高校生らしき男子生徒と雑種犬がいて、その生徒は犬にチンチンをさせて二本の前足を両手で掴んでいた。何をするのかと注目した矢先に、「大外刈り!」、「払い腰!」などと叫んで犬と相撲を取っていた。犬はドサッとこかされて少し離れたあと、またすぐに戻ってきてファイティングポーズの二本足になった。
紙屋はそのたびにゲラゲラ笑った。
「あれって、動物虐待じゃないんですか」
「お前は犬を飼ったことがあるか?あんなに仲の良い飼い主と犬はいないぞ。だって、あの犬はワンワン吠えながら、尻尾を振って喜んでるじゃないか。ひょっとしたら、人間以上の友人関係だな」
そう言ってまた笑っている。体も大きいが笑い声も大きい。憎めない人だと観念した。
「よし、そのうちガッツリ飯でも食いに連れてってやろう。プロは痩せぎすじゃあ生き残れないぞ」
主砲から気さくに誘われて恐縮した。紙屋の巨体からすれば、七十五キロの聡志は鉛筆だった。一度立ち止まって振り返り、
「僕の名前は堂本聡志です。よろしくお願いします!」
と新米らしく丁重に頭を下げた。紙屋は右手を上げ、人懐っこい笑顔で応じた。
いよいよ一年目のシーズンが始まった。
二軍の試合には、規定により育成選手も五人まで出場することができる。聡志は努力が実って代打で出る機会が次第に増えてきた。
一樹は仕事の合間を縫ってデーゲームのある由宇練習場へ足を運んだ。そこはカープが二軍の本拠地としている球場だ。欣二は一樹が店の車を使って由宇まで行くのを容認した。それどころか、たまには弁当代も出してやった。一樹が応援に行っても聡志が出ない試合もある。それだけに、聡志が登場した時の応援には余計に熱が入った。
「堂本ー、聡志ー、絶対打てるぞ、思い切って振れー」
聡志の打席だけ立ち上がり、ひと際大きい声を響かせた。由宇では一樹の声援はすっかり有名になっていて、それに釣られて「打てよー」と大声で応援するファンも少しずつ増えていた。聡志がその応援に応える数字を残したかと問われれば、否だった。
一年目のシーズンが終わって、打率二割一分、ホームランゼロ、盗塁三。数字的には決して褒められる成績ではない。このままでは、早晩首を切られてしまうのは明白だった。
貧打解消のため、オフはよく食べて筋トレにも精を出し、プロらしい体つきを目指した。その甲斐あってか、翌年のキャンプでは打球の速さ、強さが段違いに向上した。
そして、二年目のシーズンが始まった。
聡志が最も重要な課題としたのは飛距離のアップだった。筋トレは毎日欠かさずに励行したし、多忙な打撃コーチの寸暇に指導を受けて技術の向上にも取り組んだ。
また、再調整のため二軍に来たホームランバッターに頼み込んで時間をもらい、大きいのを打つコツについてアドバイスを受けた。それらをもとにして、これまでの倍以上の素振りを繰り返した。
その結果、打撃練習で外野スタンドまで球が飛ぶ確率が格段に上がり、ついに二軍のホークス戦で第一号が生まれた。剛速球投手として有名な大久保の内角高めのストレートを引っ張った打球が、グーンと糸を引くように伸びてレフトスタンドへ飛び込んだのだ。高校時代に味方の大原からやじられた苦手なストレートをやっと克服できた瞬間だった。
残念なことに、その球場が敵地だったことで、一樹は記念すべき第一号を見ることができなかった。
その後もストレートを狙って年間八本ものホームランを積み重ねたが、すべて内角高めだった。
相変わらず途中出場が多かったものの、シーズン終了後の打率は前年の二割一分から二割六分に上がったことで、打者としてのある程度の自信が芽生えた。こうして、聡志は充実感を覚えながら育成選手の二年目を終えた。




