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第十五話 大学野球~ドラフト会議

 聡志はその手紙を布団の中で三回読んだ。嬉しかった。高校野球の県大会で優勝した日も、恭子のことばかり考えていた。東京に来てもグラウンドの空には恭子の顔が浮かんでいた。彼女のことを忘れたことなど一度もないし、約束の期限なん考えたこともない。恭子の手紙に向かって、「約束はずっと生きてるよ」と返事をした。


 いよいよ二十七日の試合の日を迎えた。相手はリーグ戦二位の山手大学だ。先発投手は多彩な変化球を持ち味としていて、球は速くはないが決して侮ることはできない。

 恐れていた通り、秋葉大打線は大振りをして凡打の山を築いた。勢力伯仲の両チームは無得点のまま五回を終えた。チャンスさえ作れず苦戦を余儀なくされた秋葉大の選手たちは、ベンチ前で円陣を組んだ。打撃コーチがナインに檄を飛ばす。

「いいか、右バッターの外に逃げるスライダーは、皆、ボールだ。外角低めは捨てていい。深追いするな。球の速度は、おあつらえ向きだ。早くに目を切らず、よく見てコンスタントに振り抜け」

 その意識の甲斐もなく、秋葉大のバッターは翻弄され続けた。試合の中盤から相手バッテリーは攻め方を変えてきたのだ。外への変化球と見せかけて、内角にズバッとストレートを投げ込んできた。

 味方の貧打の中にあって、聡志だけはライナー性の打球を三本飛ばしていた。不思議なもので、いい当たりをした時に限って野手の正面を突く。アウトになる度に悔しそうな顔をしてセンター外野席を見た。かわいい丸顔は、いつものように微笑んで聡志を励ましていた。

 結局、試合は〇対〇のまま十二回引き分けに終わった。堂本の名前はウグイス嬢に合計五回アナウンスされた。四打数ノーヒット、一フォアボール。試合終了後、無人になったセンター外野席は寂し気なオレンジの夕日を浴びていた。


 それからまた長い間、恭子からの連絡は途絶えた。聡志が四年次になった年に秋葉大は地区大会で優勝し、オールジャパン大学野球大会に出場する資格を得た。会場の神宮球場正面入口で恭子の手紙を虚しく思い出した。

 あの日、五打席でヒットを一本でも打っておけばここで会えたのに。独り言が勝手に出た。情けない思いがまだ心の底に淀んでいた。

 オールジャパンの試合には、毎年プロのスカウトたちが大勢詰めかけてくる。プロ入りを狙う選手がアピールするには格好の舞台だった。

 秋葉大は一回戦で九州の代表、湯布院大学と対戦した。その試合でエースの森上は八回まで一安打無失点と好投し、聡志も四打席連続二塁打の離れ業を演じた。二対〇のリードで迎えた九回裏、抑え投手がまさかのサヨナラスリーーランを浴びて一点差で負けた。


 恭子から二通目の手紙が届いたのは、一通目をもらってから一年半後の十月中旬だった。外は冷たい秋雨が降っていた。


「堂本君、お元気ですか?楽しかった学生生活も、あと少しで終わりますね。大学を卒業したらプロ野球に行くのですか?それとも社会人野球?ごめんなさい。なにも分からずに書いています。

 私はどんな仕事に就こうかと迷った末、華やかなオフィスの事務職にも惹かれましたけど、地味な介護の仕事もいいかなと思っています。体が不自由な高齢者のお世話をしたり、認知症の方と接することって、とてもやり甲斐のある仕事だと思うようになったからです。

 それと、私、正直に言いますと、もういいかなって思ってるんです。高校時代から、堂本君とは擦れ違いばかりでした。あなたが私の目の前でヒットを打つのを見る夢は、いつも叶いませんでした。私たちって、きっと、神様が許してくれるカップルにはなれないのかもしれませんね。前にも書きましたけど、あなたにかわいい彼女がいるのだとしたら、こんな手紙を書くことさえ申し訳ないですもの。

 私は堂本君のこと、これから先もずっと応援しています。それだけは忘れないでくださいね。 十月十五日 恭子」


 久し振りの手紙を受け取って喜んだのも束の間、聡志は異変を感じた。手紙の内容が前回より暗いし元気がない。何かあったのか。どういう暮らしをしているのか。

 自分はどんな形であれ野球を続けるつもりだ。だから、諦めないで待っていてくれ。いつの日か、必ず君の目の前でヒットを打つから。今すぐ恭子にそう伝えたかった。


 やがて、その年のクライマックスシリーズも終わり、十月中旬過ぎに行われるドラフト会議が近づいてきた。聡志は五球団のスカウトから挨拶を受けていた。どこの球団でも指名してくれさえすれば、喜んで行くつもりだった。

 当日は監督、コーチ、森上投手と共に大学の会議室で待機した。先に指名されたのはエースの森上で、ドラフトの外れ一位、球団は意中の日本ハムファイターズだった。場内は盛大な拍手に包まれ、テレビ局のアナウンサーがさっそくインタビューをし始めた。

 一方、堂本聡志の名前はいくら待っても呼ばれなかった。ドラフトの本指名が終了し、聡志は食い入るように見つめていた生配信画面から目を逸らした。薄っすらと涙が浮かび、言葉も出ない。

 現実を受け入れるしかないと関係者にお辞儀をして部屋を出ようとしたところ、監督から大声で呼び止められた。続く育成ドラフトで広島東洋カープから一位指名がかかったのだ。再び席に戻って画面に目をやると、会場のカメラは笑みを浮かべる広島の西出監督の次に、先にとられて残念そうなチームのテーブル席を映していた。

 会議室に残っていた監督たちは手を叩いて喜んだ。聡志もどん底から救われた気がした。反面、冷静に考えると、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。なにぶん、育成契約は想定外だった。今後のことは父親と相談の上、内定をもらっていた地元企業との二者択一を迫られることとなった。


 聡志が数日後に帰省して店の中で目にしたのは、「カープ入団おめでとう」と踊るように書かれた垂れ幕と、色とりどりに飾られた風船、ペーパーフラワーなどだった。あまりの華やかさにしばらく見とれていると、その姿に気付いた一樹がカープの赤い帽子を被って奥から飛び出してきた。

「おおっ、お帰り。ドラフト指名、良かったな。本当におめでとう!」

 一樹は釈放後、欣二の店で家電製品の修理の腕を磨いていた。

「うん、ただいま、未来の技術者さん」

 多少茶化した言い方だったが一樹は笑って受け止めた。赤い帽子は聡志のカープ入団で頭がいっぱいになっていた。

「聡志、早く試合で応援させてくれよ。応援に行くのが待ち遠しくてたまらん」

 すでに入団が決まったかのように破顔一笑している。

 外から帰ってきた欣二も満更でもないような顔をして、「おめでとう」と言った。どうやら得意先で祝福されたらしい。聡志を仏壇の前に手招きして一緒に正座した。欣二が、

「母さん、おかげさまで聡志がプロ野球選手になれました。これからも天国で応援してください」

 と拝んだ。聡志はしばらく手を合わせたあとで頭を下げた。


 自分の部屋に移動して恭子との約束を思い浮かべた。奥多摩にいる恭子を遠くの二軍の試合に呼び出すわけにはいかない。注目度の低い二軍戦よりも一軍の試合でヒットを打つのを見せてあげたい。そのためには、支配下登録を勝ち取るのが先決だ。

「ようし、頑張って一日も早く育成から這い上がろう。そして、一軍選手になる。僕はプロ野球の一軍公式戦で恭子との約束を果たすんだ!」

 声に出して決心するまで、帰宅してから一時間も経っていなかった。


 聡志や一樹たちが希望に胸を膨らませていたころ、それとは真逆の人生を歩んでいる男がいた。その名を高谷壮介と言う。甲子園でインタビューを受けている間に一樹からバットで襲われ、将来のプロ野球人生を断念せざるを得なくなった元投手だ。

 高校卒業後は知名度を活かして大阪の中堅企業に就職した。だが、かつての栄光からかけ離れた営業での仕事に嫌気がさして、地味なサラリーマン生活は長続きしなかった。堕落した生活を親にたしなめられて地元へ帰ったあともロクに仕事をせず、ツケで知り合いの居酒屋に入り浸っていた。

「あの野郎、覚えてろ」

 泥酔いした高谷が自暴自棄になって荒れ狂う姿は、夜のネオン街でしばしば目撃されていた。


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