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第十四話 それぞれの進路~恭子からの手紙

 三年生が退部したあとの宮島臨海学園野球部は聡志がキャプテンとなり、大原の後釜として四番に座った。前評判も良く、秋の県大会では一回戦を楽勝して好スタートを切った。

 二回戦以降も危なげなく勝ち上がって、ナインがあと二つ勝てば甲子園だと勇んで迎えた準決勝に、思わぬ落とし穴が待っていた。

 エースが不調でフォアボールを連発し、相手の機動力野球にかき回され、おまけに手痛いエラーが重なって序盤で大量点を失った。もはや、聡志を中心とする打線がいくら打っても追い付ける点数ではなかった。

 野球部員全員は、センバツ出場が叶わなかった悔しさを晴らすために日々練習に打ち込んだ。監督が掲げたのは、秋の県大会での結果を踏まえ、投手力と守備力の強化により最少得点で勝つという守りの野球だった。

 夏の高校野球県予選は、これが高校生活最後の大会だと気合を入れて臨んだ。狙い通り接戦をものにして決勝戦まで勝ち進んだが、相手の好投手からどうしても一点が奪えずに涙を飲んだ。


 東京にいる恭子は高三の二学期を迎え、大学受験に向けて勉学に励んでいた。志望校は、経済的な理由から自宅通学ができて授業料が比較的安く、アルバイトにも行きやすい場所にある大学に絞った。

 その中で、学部は文学部を選択した。本を読んだり日記で文章を書いたりするのが大好きなので、専門的な知識を学んで、いずれは外国文学の翻訳や長編小説の執筆をしたいという夢があったからだ。

 いよいよ合格発表の日になった。ドキドキしながらスマホで受験学部と受験番号などを入力した。「合格」の文字が出た瞬間、大喜びをした。すぐに邦江に報告をしたところ、「おめでとう」と言って久しぶりの笑顔を見せた。夕食は恭子の大好きなすき焼きにしてお祝いをした。本当に何年か振りのご馳走で明るい食卓だった。

 ところが、数日語に邦江はうつむいて恭子と目を合わせようとしなかった。祖母が入院して手術をした医療費を病院に支払ったあと、大学に納めるお金がなくなったのだ。それを感じ取った恭子は、大学で文学を学ぶ希望や聡志の野球の応援に熱中する夢を捨て、就職せざるを得なかった。


 聡志は高校卒業を控え、進学先を住み慣れた地元か野球レベルの高い東京にするかで散々迷った挙句、東京の名門、秋葉大学の門をたたくことにした。

 野球部に入ると一年次から徐々に頭角を現し、二年次が終わるまでに打撃ベストテンにたびたび顔を出した。実力が備わるにつれ、恭子に早く念願のヒットを見せてあげたくなった。

 高校時代に大原が言った「冬来たりなば春遠からじ」という励ましが今ごろ生きてきた。春はすぐそこだと思うと厳しい練習も苦にならなかった。


 大学三年になって春のリーグ戦が始まった四月某日、人影がまばらな三塁側一番奥のスタンドに、若い女性が一人で座っていた。

 秋葉大のレフト赤杉は、美人の彼女に惹きつけられた。視線はバッターの方には向いていない。ライトを守っている聡志の動きばかり追っている。しかも、八回の攻撃では聡志の打席だけ立って手拍子をしたのを一塁ランナーの位置から見逃さなかった。

 試合の展開から判断して、聡志の打席はこれが最後になることが濃厚だった。結果は甘いカーブを捕らえてレフト方向に大きな当たりを放つも、ファウルグラウンドの一番奥でレフトに捕られた。この日は四打数ノーヒット。

 スリーアウト、チェンジになってベンチに戻ってきた赤杉は、聡志を捕まえてレフトスタンドを指さした。

「堂本、どうやらあの女性は、お前の応援に来ているみたいだ。ひょっとして、恋人か?」

 冷やかされてベンチ前から目を向けたところ、ちょうど立ちあがって帰ろうとする後ろ姿があった。背格好からして、もしやと胸が高鳴った。だが、どうして恭子が東京にいるのだ。

 もしも本当に恭子だったのなら、四打席のうち一本でもヒットを打ってみせたかった。今さら嘆いてもあとの祭りだった。彼女がいなくなったスタンドを見続けている聡志に、赤杉が尻キックをして我に返らせた。


 それから一週間後、野球部の寮に聡志宛で一通の手紙が届いた。封筒の裏には「恭子」とだけ書かれていた。

 聡志はそそくさと相部屋に持ち帰って丁寧に封を切った。同室者が急に帰って来ても見られぬよう、ベッドで布団を被って読むことにした。狭い空間に微かな光を入れて宝物を扱うように花柄の便箋を広げる。パサパサと紙が触れ合う音がした。


「堂本君、長い間ご無沙汰をして、申し訳ありませんでした。お元気ですか?そして、私のこと、覚えてくれていますか?私は高校一年の秋が終わるころ、あなたに連絡もしないで姿を消しました。ごめんなさい。いろいろと言えない事情があったのです。


 堂本君はドメスティック・バイオレンスという言葉を知っていますか?家庭内暴力です。暴力さえなければ何とかなったと思うのですけど、酒を飲むと怖い鬼の面を被ったような顔付きになって、手がつけられなくなってしまうのです。父が素手で母の頬を引っぱたいているところをこの目で見たことがあります。私はその場でひざまずいて、「やめて、お願い!」と泣き叫んでそれ以上の暴力を止めました。

 それからも飲酒暴力は終わることなく続き、悩んだ末に両親は離婚して、母と私は祖母が一人で暮らす東京の家に引っ越すことになりました。場所は東京と言っても奥多摩という田舎です。出発の日に、父は私の肩を抱いて、「体に気を付けて」と耳元で優しく言ってくれました。


 久し振りなのに、いきなりこんな話から始めてしまってごめんなさい。

 堂本君に説明もせずに東京へ引っ越してきたことは、心よりお詫びします。

 私は、あなたに自分の家庭のことで心配をかけたくなかったのです。それと、離れ離れになっても、二人だけの約束を終わらせることなく、ずっと継続したままにしておきたかったのです。それがある限り、二人はこの先も繋がっていられると信じていたかったから。


 堂本君が秋葉大野球部に入ったことは、ネットの情報で知りました。東京に来てくれて嬉しかったです。今まで何度も応援に行きたいと思っていました。心ではそう思っていても、しばらくは、同年代の女子大生がたくさんいる応援席に出かける気持ちにはなりませんでした。

 先日、やっと決心して、あなたの大学の試合を観に行きました。三塁側応援席よりずいぶん奧の方の席からでは、ライトの守備位置は遠かったけれど、私にはその席で十分でした。九回の最後の打席で、私の目の前にボールを飛ばしてくれたからです。あなたが近くに来てくれたようで、本当に嬉しくてしょうがありませんでした。


 来週、二十七日の試合にも応援に行くつもりです。場所はセンター後方の外野席にします。

 あの約束が継続しているとして、その試合でヒットを打ってくれたなら、夜の七時に神宮球場の正面入口で待っています。私は、目の前であなたのヒットを見る前にデートをしても、幸せにはなれないと思い込んでいるのです。


 でも、待っていても来てくれなかったなら、約束の期限はとっくに切れていて、堂本君にはかわいい彼女がいるのだと思って諦めます。 


 私って、バカですね。勝手なことばかり書いてしまいました。私ももう女子大生。世間からはお嬢様大学、なんて言われて青春を謳歌していても、昔とちっとも変わっていません。あなたに振られたら、夢から現実に戻らなきゃ。 四月十六日 恭子」


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