(第一話) プロローグ
夏の濃い緑に囲まれた平和スポーツ公園野球場で、広島県中学校野球大会決勝戦が行われていた。蒸し返すような暑さをものともせず、一球一打に生徒や父兄たちの拍手、歓声が響き渡る。グラウンドで対戦しているのは、県下でトップを争う競合校二校だった。共に大した苦戦もなく勝ち上がってきた。
試合は七回制で、いよいよ最終回の攻防を残すのみとなっている。得点は一対〇で東陽大学付属中学のリード。裏の攻撃の広島学芸中学は、ツーアウトランナー二塁、三塁で一打逆転サヨナラの絶好のチャンスを迎えていた。
このまま終わるのか、あるいは逆転サヨナラで決着がつくのか、はたまた追いついてタイブレーク方式の特別延長戦にもつれ込むのか。まったく予断を許さない展開が球場全体の熱さを倍増させて、息をするのも苦しいほどだった。
バッターボックスの右打席には四番の堂本聡志。二刀流のスラッガーとして、早くから名を馳せている。今日の聡志は二打数ノーヒット。おまけに痛恨のホームランを浴びていた。燃えたぎる気持ちがはやって、「さあ来い!」と大声で気合を入れた。
マウンドには、有力校から特待生扱いで声が掛かっている、エースの高谷壮介が仁王立ちしていた。抜群の球威とコントロールで、ここまでヒット三本に抑えている。
並のピッチャーなら、好打者の聡志を空いている一塁に歩かせて、次の格落ちのバッターとの勝負を選択するところだ。押し出しの恐れはあるものの、その方が打たれる確率よりはずっと低い。
だが、プライドの高い高谷にはそんな気配は微塵もなく、監督も全幅の信頼を寄せて見守っていた。
ベンチも応援団も息を飲み、緊張はいよいよ最高潮に達している。
第一球、高速ストレートがど真ん中に決まった。第二球もストレートで内角低めにズドンと来た。三球目は高めの球がぎりぎりボールで四球目はファウル。強気の攻めで押してくる。スタンドやベンチから大きな拍手と声援が乱れ飛んだ。
「東陽中、締まっていけ!」
「高谷、あと一球だ」
「学芸中、がんばれー」
「ドウモトー、一本頼むぞー」
お互いに野次を飛ばすことは一切なく、純粋に勝利を願う声援がぶつかり合った。その声は当然聡志にも聞こえている。何としても打たねば。大きく息を吐き、精神を集中してグリップに力を込める。バッターボックスの中で顔から汗が滴り落ちた。
ワンボール、ツーストライクからの五球目。三塁ランナーの白田一樹が大きくリードを取って高谷のリズムを崩そうとしても、全くお構いなしだった。
大きく振り被ったところで、マウンド上から聡志を睨み付けた。渾身の力を振り絞って投げ込んだストレートは唸りを上げて、真ん中高めに構えるミットに食い込んだ。
一瞬静まり返ったあと、審判が「ストーライク」と叫んで試合は決した。高谷が右手を高く上げてガッツポーズをするのから目を逸らして、聡志はその場でガックリと膝を落とした。
「あー、負けてしもうたか」
広島学芸中学の応援スタンドから、一斉にため息が漏れた。