怪盗シルバー現る
「近頃、調子はどう?お兄さんの夢を見たりする?」
女医が、青年にカウンセリングをする。
「うん。でも、前ほどじゃないよ。俺にも、目標ができたんだ!」
「おい。準備は、どうだ?」
無線で男が確認する。
「いつでもオッケー!じゃあ、行くとしますか!」
そう言い、黒ずくめの青年がビルから飛び降り、目的の階まで落ちると、窓ガラスを割って中へ潜入した。
「来たぞ!怪盗シルバーだ!!」
中にいた警察官たちが、騒ぎたてる。だが、中は真っ暗になり、警察官が取り囲んでいた宝石は、どうなったのか分からない。ただ、辺りの警察官が次々と、なぎ倒されていく。そして、電気が回復した時には、黒ずくめの男と、一人の警察官だけで、他の警察官たちは、のされていた。
「お、おのれ、盗っ人が!」
警察官は、勇敢に立ち向かって行ったが、溝うちに拳を入れられて倒れる。
「ぐぁっ!」
黒ずくめの青年は、ガラスケースに入った綺麗に輝く宝石を見て、口笛を吹く。
「ありがたく、ちょうだい〜!」
青年が手に取ると、ブザーが鳴り響く。そして、外から大勢の警察官が来る。
「そこまでだ!おとなしくしろ!!」
口ひげをした、警部が大声を出す。
「やぁ~なこった!」
そう言うと、黒ずくめの青年は、手首につけた装置を押し、姿をくらます。
「な、何!?消えただと!!」
警察官たちは、辺りを見渡すが、彼の姿は何処にもなかった。
「お、おのれ、怪盗シルバー!!」
警部の声だけが、建物の中をこだました。
次の朝、新聞に大々的に載る。"怪盗シルバー、再び現る"その記事を読んでいたのは、煙草をふかして、眼鏡をかけた男だ。記事を見て、ニヤリと笑う。
「最後に姿を消してから、10年経つか…。」
すると、ゴミだらけの部屋へ、階段を駆け上ってきた人の気配に気づく。
「来たか…。」
男がそう呟くと、一人の青年がドアを開ける。
「おはようございます!って、またゴミためてるじゃないですかぁ!これじゃあ、お客も来ませんよ?」
「おはよう、月夜君。君のおかげで、この古臭い事務所も、どうにかなってるよ。」
男が経営するのは、売れない探偵事務所だ。そこへ、半年前から月夜という青年が、助手として入社した。粗末な依頼しか来ないこの事務所には、たいした依頼も来ない。だが、何かと月夜が来てから、男の仕事が徐々に増えてきたのは確かだ。
「一条さん。そう思ってるなら、片付けくらいしてくださいよぉ〜。」
月夜は、呆れて片付けを始める。
「いつも、すまないねぇ。君のおかげで、私もゴミに埋もれないですむよ。」
そう言いながら、笑顔を見せる。
「そう言えば、見ました?今朝の記事。」
「もちろん。なんてったって、10年前に私は、この怪盗シルバーに会ってるからね。」
それを聞いて、月夜は手を止めて一条を見る。
「なんですって!?」
一条は、ニッと笑う。
「実は、この怪盗の事件を担当している警部とは顔馴染みでね、また力を貸してくれないかと、連絡があったんだ。」
「警部自ら!?やったじゃないですか!これで、貧乏探偵を卒業できますよ!!」
月夜は、満面の笑みを浮かべる。
「今夜辺り、そのシルバーからの挑戦状がきてるらしいんだけど、一緒に現場に行くかい?」
「もちろん!お供させていただきます!!」
月夜は、密かに笑みを浮かべる。そう、何言う彼こそが、例の怪盗シルバーなのだ。
一条は、10年前のある場面を思い浮かべていた。
「君が、シルバーだね。」
「私の居場所を見つけるなんて、驚きました。新参者の探偵だと甘くみてましたよ。」
黒ずくめの青年に、一条は向き合って話しをしていた。
「思っていたよりも若い声だ。それに、容姿も美しい。」
「あなたは、私を捕まえられますか?私の体に触れることができたら、ご褒美をくれてやりますよ。」
黒ずくめの青年は、笑みを浮かべビルから飛び降りた。
ガガッという無線音と共に、若い男の声が流れる。
「ああ〜。聞こえるか月夜。そっちの様子はどうだ?」
「至って良好だ。それに、今回はばっちり下見ができる。例の探偵が、依頼を受けてくれてね、その助手として潜入できる。」
「ねぇねぇ、月夜。あれの調子はどう?」
無線から別の幼い声が聞こえる。
「上々だよジェリー。身体能力も向上してるし、姿を隠すことができる。本当に、君の発明には頭が下がるよ。」
「へへ。また、何か必要な物があったらいってよ!」
無線が切れると、月夜はビルを見上げる。
「よくぞ来てくださいました、一条さん!あなたがいれば、百人力ですな!」
警部の轟が、一条と握手する。
「いえ。10年ぶりになりますか、あなたとこの事件を担当して。」
「一時期は、ヤツも姿をくらましておりましたが、再びこうして現れた。全て、高価な品ばかり狙ってね。」
月夜は、ビルの周りを見渡し、あらゆる絵画や骨董品を眺めている。
「月夜君。来たまえ。」
一条が、手招きする。そして、轟に紹介する。
「轟さん。こちらは、私の助手である月夜君です。」
「は、はじめまして。月夜です。」
二十歳前後の若い助手を見て、轟は一目おくが、手を差し伸べる。
「これは、またお若い助手さんですな。はじめまして、轟警部補です。味方が増えて、心強いかぎりですな!」
轟は、ハハハッと高笑いをあげる。
「さて、挨拶はこの程度にして、早速例の品を案内いたします。」
月夜は、心の中で、待ってました!と思う。だだっ広い廊下の先に、一つの銅像があり、それを越えると鉄格子があり、暗証番号を入力するキーが現れた。警部が、キーボードに手をやる。月夜は、その手元をみようとするが、今のセキュリティは万全で、手元を見ることが出来なかった。
『ああ〜、くそ!』
月夜は、歯噛みする。ピーッという音とともに、鉄格子が上に上がる。
「さあ、こちらへ。」
先程の派手やかな廊下とは違い、コンクリートで囲まれた廊下を少し進んだ先に、それはあった。頑丈なガラスケースの中央に、輝くグリーンの指輪"エミリーへ捧ぐ"ここの家主が、愛していたエミリーへプレゼントしようとしたが、彼女は国の戦争のため、故郷へ帰還してしまい、渡すことが出来なかった品である。その輝きは、どこか悲しげでいて、人を引き寄せる何かがある。一条と月夜が先に進もうとしたが、轟が制する。
「少しお待ちを。この先に行くと、仕掛けていた罠が発動します。」
「罠?」
一条が聞き返す。
「まあ、見ててください。」
轟が、煙草を一本取り出すと、そのガラスケースのある部屋へ向けて投げ入れる。すると、高圧のレーダーが煙草を溶かしてしまった。
『いい〜!!』
月夜は、冷や汗をかく。
「ここの部屋は、物に反応してなんでも溶かしてしまうのです。家主の意向で、あの宝石を奪われるぐらいなら、死んだほうがましだとおっしゃっていて、盗っ人に盗まれる前に、殺してしまえ、ということです。」
『どうりで、警官が一人もいないわけだ。』
月夜は、部屋の中を見渡す。そして、あることに気づき、ニヤリとする。
「ならば、我々の出番はないのでは?」
一条は、問いかける。
「ええ。これならば、ヤツも簡単に侵入は出来ないでしょう。ですが、一つ懸念する事があるのです。それは…。」
「それは?」
「ヤツは、姿を消すことが出来るのです。」
「なるほど…。」
月夜は、顎に手を当てる。
『姿を消せば、通れる?いや、体温に反応する場合があるから、バクチはできないな。』
「動く対象については、今のように反応しますが、姿無き者に反応するでしょうか?」
一条が、知りたかった事を聞いてくれる。
「あのケースには、何か仕掛けはしていないのですか?」
「とくには…。しかし、ケースに触れた時点で、物が動きますから、センサーが反応して何らかの反応を示すのでは、と考えています。」
「ありえますね。下手をすると、シルバーが宝石を手にした時点で、その宝石が溶けてしまうのでは?」
「そうは、なりません!」
3人の後ろから、一人の老人が姿を現す。
「あなたは?」
一条が問いかける。
「ああ。この方は、この宝石の持ち主にして家主の田原さんです。」
轟が紹介する。
「そうはならないとは…?」
「ここのセンサーは、入り口から半径1メートルにしか設置していません。宝石の周りには、何も仕掛けていない。ですが、盗っ人が姿を消したとしても、熱感知して反応するようにしてあります。ですから、奪われることはありえません!」
田原の言葉に、月夜は、
『なるほどね』
と、頷く。
「ならば、安心ですな!我々の出番はないのでは?」
轟は、田原に言う。
「備えあれば憂い名無しと言います。それに、あの宝石を奪われることは絶対にあってはいけない!あれは、彼女に捧げる、唯一のっ…!」
田原は、急にゴホゴホと咳き込む。
「大丈夫ですか!?」
月夜は、田原に手を差し伸べる。
「だ、大丈夫だ!いつものことだ!!」
田原は、乱暴に月夜の手を振り払う。
「…わしも、もうそう永くはない。放っておいてくれ!!」
田原は、杖を突きながらその場を立ち去る。それを見送りながら、轟が説明する。
「末期の癌だそうだ。いつお亡くなりになっても可笑しくない!ここへ来られたのも、奇跡的です。先ほどまで、ベッドでお休みになっていたのに…。」
田原の後ろ姿は、あの宝石のように、どこか儚げだった。
※
辺りは、暗い夜になっていた。
「月夜。まさか、今回はやる気がおきないとか言うんじゃないだろうな?」
無線から、男の声がする。
「んー。そんなんじゃないよ。それに、今まで人に見せず触れらせずにいた宝石だ。高い値がつくだろうよ。」
「それじゃあ、なんでそんなに暗いんだよ?」
月夜は、手のひらを見る。
「あのクソ爺に、思い切り手を払われた!」
無線の男は笑う。
「月夜は、傷つきやすいからなぁ。」
「うるせぇ!それより、情報をそっちにやっただろ。どうだ?」
「今回は、探偵様々だったかもな。対策のしようがあった!」
月夜は、ニヤリと笑う。
「なら、上々!」
月夜は、話しを切り上げて一条のもとへ行った。
「あれ?一条さぁ~ん!」
「一条君なら、ちょっと行くところがあるとかで、姿が見えないよ。」
「轟さん。そうですか、ならちょっと僕も探してきます!」
「ああ、頼むよ。」
『チャ〜ンス!!』
月夜は、準備にとりかかるのだった。黒い布帽子、暗闇でも、見えるサングラス、黒い服に黒いコート。そして、動きやすい黒いブーツ、黒いグローブ。お決まりの怪盗シルバーファッションだ。
「よし、一丁しめてくるか!」
月夜は、助走をつけて一気に屋上へと駆け上っていった。ビルの屋上に着くと、綺麗な満月が輝いていた。
『兄さん。一体、どこへ行ってしまったんだ?活躍して、きっと見つけ出してみせるから…!」
考えに浸っていると、嗅いだことがある煙草の臭いが漂っていた。
「やあ、久しぶりだね。」
月夜は、ギクリとする。物陰から、一条が姿を現した。
「君と会うのは、いつも月夜の空の下だった。だから、待っていたんだよ。でも、ちょっとおかしいな。前の君と違って、少し背格好が違う気がする。もしかして、世代交代ってやつかな?」
探偵の観察力に、月夜は恐れ入る。
『ただの腑抜けたおっさんかと思ってたのに…!」
「もしかして、図星かな?以前の君は、もっと哀愁が漂っていた。とても、美しくね。」
月夜は、クッと笑う。
「もしかして、がっかりさせてしまったかな。私は、以前とは違います。現実を知ってしまったから。あなたの好みにそぐわなくて、申し訳ありません。」
『兄さんは、この男とどんな関係だったんだ?』
月夜は、兄である一夜を思い浮かべる。
「いや。今の君も、十分に魅力的だよ。謎が多いし、とても活発そうだ。警部たちが、手を焼くはずだ。身体能力に優れていて、以前の儚げな君とは違う。これじゃあ、私も君を捕まえるのに一苦労しそうだ。」
「捕まえる。私を?できるものなら、やってみてくださいよ。そうしたら、そうですね。ご褒美をあげますよ。」
言いながら、月夜は飛び降りて行った。一条は、それを見て苦笑いする。
「…ご褒美、ね。」
ビル内は、警官で溢れかえっていた。月夜は、そっと窓から侵入すると、通気口から入った。思っていた通り、あの部屋には一人の警官もいなかった。そして、宝石の入ったガラスケースの上にたどり着くと、通気口の蓋を開け、ガラスケースの上に着地した。
「ちょろいもんだぜ!」
月夜は、まんまとその宝石を手にした。そこで見張っていた轟は、シルバーの姿に、あっとする。
「甘いですね警部。自分たちで首を絞めるとは…。それでは!」
部屋に入れない轟は、歯ぎしりした。
「おのれ!またしても〜!!」
辺りが、急に慌ただしくなる。だが、後の祭りだ。月夜は、耳につけた無線で仲間に連絡する。
「成功だ!今、そっちに得物を届ける。」
あらかじめ、用意してあった小型のドローンに、宝石を括りつける。ドローンは、自動的に動いて何処かへ消えていった。
「コンプリート!」
月夜は、笑みを浮かべた。
「一条さん、どこですか?」
「月夜君、こっちだよ。」
月夜は、何事もなかったかのように一条のもとに駆け付けた。
「一体、何処に行ってたんですか?探したんですよ!」
わざと息を切らしてくる。
「すまないね。ちょっと、野暮用があってね。」
一条は、言いながら周りを見渡す。
「警察の人たちが騒いでるってことは、現れたんでしょうか?」
「そのようだね。」
轟が、息を切らして一条のもとへ走ってくる。
「一条君。奴にまんまと奪われてしまいましたよ!」
「あのセンサーの中を、一体どうやって?」
「通気口です!ヤツめ、センサーの事を知っていたようです!」
「なるほど…。」
二人のやり取りを聞いていて、田原があわあわと倒れ込む。
「ああ〜。エミリー…!!」
轟は、頭を下げる。
「我々の責任です!落ち度があったとは…!」
田原は、苦しそうに胸を押さえて意識を失う。
「田原さん!大丈夫ですか!?」
田原は、救急搬送される。一条と月夜は、それを横目で見ていた。
※
昨夜の事件は、記事になっていた。"エミリーに捧ぐ、怪盗シルバーに奪われる。警察、探偵完敗"
一条は、椅子に座り煙草をふかして物思いにふけっていた。その横で、月夜は箒を掃きながらため息をついた。
月夜は、ある屋敷に行き、小さな女の子に会っていた。この屋敷のご令嬢であるヒナコである。彼女は、宝石や骨董品の鑑定士をしている。そして、裏取引きをしているボスの娘である。
「…で、どうだった。昨日の得物は?」
月夜は、目を輝かせてヒナコに詰め寄る。ヒナコは、深くため息を吐く。
「大したことないわね。どこにでもある、安いおもちゃ同然!」
「えぇ〜!あんなに苦労したのに!!」
「そのじいさんが言う通り、恋人に渡すくらいの価値しかないおもちゃの指輪だわ。」
月夜は、ガッカリする。
「そんなおもちゃに、あの爺は大金はたいてたのかよぉ~!!」
ヒナコは、慰めることもしない。
「そのくらい、思い出深い品物だったってことでしよ?でもまあ、今回はそんなもの出品することなんかできないから、代わりに我が家の倉庫に保管しておくわ。」
「…報酬は?」
「はい。」
月夜の手に、報酬金額が書いてある紙が渡される。それを見て、青ざめる。
「…最悪だ…。」
やっぱり、得物は近くで見ないと判断出来ないことを、改めて感じずにはいられなかった。
「どうしたんだい。ため息ばかりついて?」
不意に、一条が話しかける。
「え!…いえ。ざ、残念でしたね、田原さん。」
「そうだね。あれから、轟さんから連絡があってね、危篤状態らしいよ。」
それを聞いて、月夜は足速に事務所を出て行った。
「月夜君!?」
後日、田原氏のもとに、宝石は返ってきたという。
次の得物に、こうご期待!