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八話 少女

「死神を殺すだぁ?」

「そうです。あの方が決めた事ですので。もし拒むようでしたら貴方達、古池家がトップに立つ資格はありませんよ」

「ひゅ~、こりゃあ面倒な事になったねぇ」


 不安定に揺れるロウソクが三人の顔を不気味に照らす。


「そもそもの話、御三家にトップとかいらなくねぇか」

「古池君は歴史を学ぶ必要性を知らないようだねぇ~? 旧御三家の末路くらい、君だって知ってるはずじゃんか~。ね? 佐々木原っち」

「峯田さんの言う通りです。殺し屋の中の殺し屋。そんな彼らが散ったのはリーダーを明確にしていなかったから。誰が上で誰が下か。それさえ決めておけば未来は変わっていたでしょうに」


 哀れみの込められた声色で顔を伏せる佐々木原。しかし、その顔には薄っすらと笑みが混じっていることに、古池も峯田も気付いていた。


「まぁ~、怖いなら辞退してもらっても良いんだよぉ~? 競争相手が減るのは嬉しいしねぇ」

「あ? 誰が辞退するって言ったよ? 死神一人、俺一人で充分だ」


 ポキッ、と指を鳴らす古池に佐々木原は苦言を呈する。


「あのですね……。相手はあの死神ですよ? 単独で突っ込むなんて自殺行為です」

「突っ込む、って発想がバカげてる。誰が最初に殺すのか、だろ? べつに馬鹿正直に真正面から殺しに行く必要がねぇだろうが」


 呆れたように嘲笑を浮かべる古池。


「なぁんだ、真正面から行かないんだ~。やっぱ怖いの~?」

「あ? じゃあお前は真正面から行けよ?」

「イヤですよ~ぉ。だって怖いも~ん。古池君はホラ、怖い、とか言わないタイプだと思ってたから意外だっただけだよぉ」


 バチバチと視線が火花を散らす。


 佐々木原はその様子を見て短くため息を溢した。


「上下関係を決めないと争いの火種になる、とは言ってはいたものの……。この様子だとトップが決まったとしてもいつか争いになりそうですね……。いつかの御三家のように」

「御三家、って言っても、ぶっちゃけ天瀬家と夕凪家の実質二家だったろ」

「そうだねぇ……。花澄家って本当に存在してたのかなぁ~?」


 お互いに視線を外した様子の古池と峯田。


「実際のところ、花澄家の存在は不明なままです。慢心は危険ですが、今回に関しては無視で大丈夫でしょう」

「まぁ、十中八九残りの二家と同じように廃れているだろうねぇ~」

「御三家は百年以上の歴史があるんだろ? そんでもって、ここ八十年は一度も姿を現していない。もう確定だろ」

「へぇ~、それは知ってたんですねぇ」

「あ?」


 またもや火花を散らす二人を見て、佐々木原は今日何度目か分からないため息を今度は盛大に溢すのだった。


「やぁやぁ、随分と元気だね」

「「「──っ⁉」」」


 突如、背後から聞こえてきた声に硬直する三人。


 しばらく石像のように固まっていた彼らだったが、三人の肩をトン、と叩いた瞬間に、魔法が解けたかのように動き出す。


「……一体いつから?」

「うーん、古池君が真正面から潰す必要はない、って言った所くらいからかな?」

「結構最初からいたのかよ……」

「相変わらず存在を消すのが上手いなぁ~。可愛い顔して暗殺術も飛びぬけてるしぃ~?」


 グレーのショートヘアに一本のブラックメッシュ。桃色の瞳に大量のアクセサリー。そんな少女に頭が低くなる三人を見て、彼女はフッ、と優しい笑みを浮かべる。


「そんなに怖がらなくても……。ボクはキミたちを殺したりしないよ?」

「でも守ってくれるわけでもねぇだろ?」

「もちろん」

「「「…………」」」


 即答する少女に言葉を失う三人。


「自分の身は自分で守って当然でしょ?」

「子供に正論で叩き潰されるのは大人として恥ずかしいなぁ~。でも、そういう淡泊なところも可愛い」

「それはありがと。でも褒めても守らないからね?」

「え~、可愛いってのは本音だから正直に受け取ってよぉ~」

「嫌いな人間に向けられる好意ってどう処理すれば良いんだろうね。大人のキミたちなら分かる?」


 先ほどまでの優しい表情は変わらない。だが、嫌悪感をこれっぽっちも隠すことなく少女は毒を吐く。


「……はは、真正面から嫌い、って言われるとショック。そして……。不快」


 途端に声色を変える峯田。ブレーキを踏むことなく少女に毒を吐き返す。


「でも忘れないで。俺らもお前の事、嫌いだから」

「ふーん、あの気持ちの悪い喋り方じゃないと生きていけない体だと思ってたけど違うんだ? ボクの前では今度から今の口調で喋ってよ。吐き気を我慢するの、結構大変だっただ

から」


 睨みを利かせていた峯田に一切怯むことなく吐き捨てる少女は、ため息を溢す。


「べつにキミたちを守るためにキミたちを匿ってるわけじゃないから。そこんとこ、間違えないでね」

「……嫌いな人間を何百人も。そして十年近く匿う貴方には一体どんなメリットがあるのでしょうか。そろそろ知りたい気持ちも湧いてきました」

「最初に約束したよね? 詮索はしないで、って。破るつもり? それはボクが唯一、キミたちを片付ける理由になるからって約束したよね」

「……すいません、忘れてください」


 深々と頭を下げる佐々木原。そんな彼に少女は追い打ちをかえるかのように攻撃的な発言を口にする。


「たいして罪悪感があるわけでもないのに謝罪するのも嫌い。古池君の横暴な態度も嫌い」

「何も言ってないのに何で俺まで罵られないといけねぇんだよ。そこのオカマ野郎はガキに罵られて興奮するド変態かもしれねぇが俺にそんな趣味はねぇ」

「気持ち悪いのは顔と性格だけに──」


 何かを言おうとしていた少女だったが、その言葉を途中で途切れた。


「……クソ女、大人を舐めるなよ? てめぇは言ったよね? 俺たちを殺すのは俺たちがお前を詮索した時のみ、って。で、あれば手を出しても殺さないよね? まさか約束を破る、なんてことはしないよね? こっちはお前を殺さない約束なんてしてないってことを忘れるなよね? 舐めた態度とるのもいい加減にしろよねぇぇぇぇぇ⁉」

「……はっ、ガチギレか?」


 少女の首を掴み、持ち上げる峯田。峯田は、体は細くとも百九十という高身長の男。対して少女は百五十あるかどうか。


 足をぶらんぶらん、とぶら下げる少女は特に抵抗することもなく、冷ややかな視線を峯田に送り続ける。


「お前は確かに強いよねぇ~。でも、いくら強くとも大人の男に先手を取られれば話は変わるよねぇ……。あの死神とか言うガキもそう。どんだけ強くとも『力』だけじゃ大人には勝てない」

「峯田さん、そこまでにしておきましょう。今ならまだ引き返せますよ。それ以上手を出せば命の保証はありません」

「十年近く一緒にいたんだよぉ~? キミたちもコイツの事は多少分かって来たでしょ。どんだけ嫌いな相手であっても約束は守る人間だ」

「ああ、約束は破らねぇよ。でもよ……。怒りで思考が腐るのはお前のダメなところだ。誰と誰が攻撃しない、って約束を交わした?」

「──あ?」


 次の瞬間。部屋中に獣のような叫び声が響き渡る。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

「うるさいな……」

「目が‼ 目が‼ 目が‼ 目が‼ 目‼ 目‼ 目‼ 目‼ 目‼」

「うるさいなぁ‼」


 少女が峯田の頭を踏みつけるとその叫びはピタリ、と止まる。


「このゴミを連れて行って。たかが片目一つで……。キミたちも何か思うところがあれば何を言っても構わない。手を出しても構わない。でも口には口を、手には手でアンサーを返すから」


 古池と佐々木原は右目をくり抜かれた峯田の顔を見て生唾を飲む。


「……これを見て手を出すのはアホだけだろ」

「同感です」

「そう。汚い血を浴びるのはボクも嫌いだから助かるよ」

「あ、最後に一つだけ良いか? 死神を先に殺したヤツがトップ、ってのはいつからスタートだ?」

「……? もう始まってるけど?」


 何を言ってるの、と首を傾げる少女に苦笑いを浮かべる二人。


「実は峯田を助けるか、助けないか、とかも採点基準に入ってるんじゃねぇよなぁ……」

「……本当に貴方を相手にするの言葉通り、背筋が凍りますよ、すみれさん」


 そんな冷たい汗を流す二人を見て笑ったのは、峯田から奪った目をコバエのように潰す少女、すみれだった。



「以上がボクの買った情報の全てです」

「ついに動き出したか。やはり楓の言った通り、向こうにも相当優秀な情報屋がいるみたいだな」


 冷たい風が胡桃と綾柳に吹き付ける。


「はい。死神……、日和ちゃんと兄さんが接触した瞬間に姿を現した。まるでこの時を待っていたかのように」


 胡桃は顎に手を当て、頭を捻る。


「日和を先に殺したヤツが新御三家のトップ、か」


 綾柳は胡桃から聞いた情報を基に作戦を練り始める。


「日和であれば返り討ちに出来るだろうが……。出来る限りこれ以上日和に殺しはしてほしくない」

「意見は合致しました。では、私たちと兄さんの三人で片付けましょう」

「ああ、誰が誰を相手するか、どこで相手をするか。色々と作戦を練るとするか」


 そう言って二つの影が夜の住宅街から消えた。

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