四話 日常
「確かに普通の日常を送りたい、とは言ったけど……。本当にこんなのんびりしてて良いの?」
夕食の材料を買いに行くため、河川敷を歩く楓と日和。そんな戸惑った様子で楓に問いかける日和に楓は「問題ない」と川を見ながら答える。
「実は作戦の七割はもう終わってるんだ。お前を仲間に入れた先週に。残り三割の内、一割は俺たちに出来ることは何もない」
「その一割が完了した時、私の力が必要になるってこと? あとお前は止めてってば」
「まぁ、それもあるけど。何より死神が敵に回ることを恐れた、ってのもある。俺が相手するなら問題ないが、胡桃が死神と対峙する事になれば勝ち目は薄い。……ごめんってば」
「正直、胡桃ちゃんの力も読めない、と言うか……。薬を上手く使ってきて中々厄介そうだけど。あと日和、って名前で呼んでほしい」
「……ごめん」
「良いよ。それで作戦の一割は何なの? 私たちは今何をすればいいの?」
「ん、ああ。殺し屋の解体はここ十年で大方済んでる。今は新御三家の発足を待ってる状態だ」
「……新御三家?」
日和は首を傾げて楓の言った言葉を不安げに復唱する。
「そう。天瀬家と夕凪家が衝突する前に多くの家系がそれぞれの家系から逃げたことは日和も覚えてるか?」
御三家は天瀬家、夕凪家、花澄家の三家だが、その一つ一つの家系に他のいくつかの家系(部下)も集い、全て合わせて「天瀬家」「夕凪家」「花澄家」という御三家の形が構成されていたのだ。
「覚えてる。確か、朝凪家、綾小路家の二つが逃げたはず」
「天瀬家からも数家が逃げた。問題はそいつらだ。それぞれの残党が天瀬家、夕凪家が滅んだことを良いことに、新しく御三家を形成しようとしてる。その情報を胡桃が手に入れたんだ」
その情報は二家の衝突の後すぐのことだった。
……子供ながら、俺たちも相当な怒りを覚えたよなぁ。要は裏切りものだし……。
「新御三家の発足を待つ理由は? デカい組織になる前に潰した方が良いんじゃないの?」
「それが出来ないんだ」
「……出来ない?」
楓はそっと目を伏せて言葉を継ぐ。
「新御三家をまとめる更に上の家系が存在する。十年前、天瀬家から逃げ、新しい御三家を作ろうとしていた西条家は俺と胡桃で滅ぼしたんだが……。それ以降、一切の新御三家の情報が途絶えた」
「……待って、新御三家ってそんな昔から結成されようとしてたの? 十年経っても姿を現さない、ってことはもう白紙に戻ってるんじゃない……?」
「……胡桃にも綾柳にもそう言われたさ。でも、それはない」
「……思い当たる節があるの?」
「さっきの発言は撤回する。新御三家をまとめる更に上の家系、と説明したが少し違う。新御三家をまとめているのはおそらく」
楓は進めていた歩を一度止めて、日和の目をジッと見据える。
「──たった一人の少女だ」
───
買い出しを終え、しばらく無言で歩いていた二人だったが、不意に日和の方を見て楓は一つ疑問を抱いた。
「そういや日和ってそのロングコート以外に服はないのか?」
「うん、下着の予備を数枚持っているだけ」
楓は改めて日和をジッと見つめる。
黒色のロングコートに身を包んだ小柄な少女。胡桃よりほんの少し背は高いが微々たる差だろう。雪のように綺麗でさらさらとしたショートの白髪。そしてサファイアの輝きを放つ碧眼。耳元で揺れる雪の結晶の形をしたピアス。
……殺し屋ではあるけど割と美少女の類に入る……のか? ……殺し屋だけど。
少なくとも服装に力を入れれば人を魅了するのは容易い容姿だ。お前、って呼ばれる事を怖がる少女っぽさもあるし、刺さる人には刺さるのではないか、と楓は考察する。
「服、買いに行くか」
「服?」
日和はきょとん、とした顔で横を歩く楓を見上げる。
「普通の女の子は可愛い恰好をしてなんぼだろ」
「そう……なんだ?」
「胡桃とか可愛いものが大好物だからな。きっと服を変えれば胡桃も日和を今以上に大切にしてくれると思うぞ」
「……ありがと」
「…………?」
目を伏せてお礼を言う日和に、何故感謝されたのか不思議そうな顔をしていた楓だったが特に気にしない事にした。
女の子の心を察するのは新御三家を潰すのと同等、或いはそれ以上に難易度が高いだろうからな……。気にしたら負けだ。
一度食材を家に置いてから洋服を買いに来た二人は同じポーズで唸り声を上げていた。
「……これは?」
「いや、だから。それは完全に仕事用の服だろ」
伸びる生地。汚れが取れやすい性質の布生地。そして今身に纏っているロングコートと同じ無地で真っ黒の上下セット。
完全に殺す時に便利な服だ。分かるぞ、俺も仕事用の服を買うならそれだもん。……ていうか俺もそれ買おうかな。
そう本気で考えた楓だったが、ここに来た目的を思い出して何とか思いとどまる。
「もしかして黒色が好きなのか?」
「好きな色……。考えたことないかも。好きなのかな」
胡桃を連れてくるべきだったか? いや、でも胡桃は今近くにいないし……。かと言って学校に友達なんていないし……。
胡桃であれば日和に似合う服をチョイスしてくれるのだろうが、今胡桃は新御三家の情報を少しでも集めるために、各地を点々と回っている。学校も丁度冬休みなので、綾柳の護衛付き。
「うん、素直に店員さんに頼むとしよう」
「……私もそれが良いと思う」
その後、店員さんが事細かに説明をしてくれたが、二人とも頭上に「?」を浮かべていたので、完全に店員さんのお任せコーデを購入した。
「似合ってる?」
気分転換にでも、と着替えた状態で帰宅していた二人。日和の問いに楓は再度日和を眺める。
上は空のように澄んだ水色のレースカラーニット。下はミルク色のワイドスカート。レースカラーニットは、まるで花びらのように繊細で、彼女が歩くたびにスカートの裾が軽やかに揺れ、ふわりと広がる。
真っ黒のロングコートを着ていた時よりも印象はグッと変わっていた。あどけなさの残った顔が露わになり、小柄な体躯であることもあってどことなく幼く見える。
「……ロリコンには刺さりそう。……ふっ、実際は物理的に刺す側、か」
「は?」
「すいません、ごめんなさい」
つい脳内で製造された表現をそのまま口から発射してしまった。あまり表情を変えない日和だが、何となくオーラで不満げであることは察せられる。
「そんだけ可愛い、ってことだから」
「……」
え、何か嬉しそうなオーラに変わったんだけど……。本当に女の子って分かんねぇ……。
チクチクとしたオーラから一変、ふわふわと優しいオーラに変化した日和の感情に戸惑いの表情を浮かべるしかない楓は、どことなく楽しそうな日和を連れて帰宅するのだった。
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