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後編

 間もなく、ノルドライヒ亡命冒険者ギルドがフレンスヴィヒ王国北部の王国都市ホルステンで立ち上げられ、私はそこで事務を引き続き務めることになった。

 フレンスヴィヒには次々とノルドライヒからの避難民が来て、亡命冒険者ギルドが避難民の世話をするようフレンスヴィヒ王宮より命ぜられた。避難民を臨時冒険者として登録し、臨時冒険者章をパスポート代わりにすることで、とりあえずフレンスヴィヒ国内で生活できるようにしたのである。

 私も登録・発行作業に駆り出され、そのなかで退避後のノルドライヒの状況を知ることになった。


 王都では結局近衛騎士団と王宮魔術師団の一部が民衆に寝返ったため、民衆が王城に侵入して、王宮も占拠した。そして、民衆の代表となった近衛騎士団副団長のルドルフ・ハインリヒ・フォン・ネーデル子爵が国王と交渉し、王宮に代わる臨時政府を樹立、穀物価格統制と魔王軍の撃退を約束した。

 臨時政府総裁となったネーデル子爵はこれまでの騎士、兵卒に加えて市民兵を含めた王国軍を再編し、全兵力を投入して、王都から東に20㎞のブライトホーフ平原で魔王軍を迎え撃った。ネーデル子爵は「卑怯者の英雄もどきと聖女もどきは王国堕落の象徴である。そのような者に頼らずとも神は王国に味方してくれる」と鼓舞して善戦したが、武運拙く戦死し、王国軍も壊滅した。

 ブライトホーフの会戦の翌日、国王一家は王都から脱出しようとして捕縛され処刑された。その翌日には、魔王軍が王都に入城した。王都は三日三晩掠奪され、脱出できなかった王都民はほとんど生き残ることができなかったという。


 「おい、タロー。」

 「はい、マスター。何でしょう。」

 「エルリッヒ様からお前宛てに手紙が届いたぞ。」

 「エルリッヒ様から⁉ご無事だったんですね。」

 「ああ、いや。無事かと言われれば無事ではない。」

 「どういうことでしょうか。」

 「もう恐らく亡くなっている。」

 「……⁉」


 手紙を出した時点で、エルリッヒは極北のイェーリング城に籠城していたらしい。その後、手紙が届く前にイェーリング城は落城し、王国軍も全滅したらしいとのことだった。エルリッヒは私の恩人だから生き残って欲しかった。


 手紙には次のようなことが書いてあった。

 出征式まで英雄と聖女はやる気に満ち溢れていたが、王城から出たあたりから様子がおかしくなったらしい。それまで王国の人間に対して敵愾心や猜疑心などをまったく持っていなかったのが、だんだんと反抗的になり、英雄と聖女についてあれこれと詮索するようになったそうだ。

 そして、王都を出てから約一か月後、英雄と聖女は忽然と姿を消してしまった。それから聖軍は混乱した状態で魔族や魔物と対峙することになり、汚染された土地や水に追い込まれるように、イェーリング城に追い詰められたのだという。


 つまり、英雄と聖女が逃亡してからは、聖軍は極北に閉じ込められており、王国各地の大災厄にはなす術もなかったということだ。どおりで、大災厄が拡大する一方だったはずだ。誰も魔物を封印できず、穢れを浄化できなかったんだから無理もない。


 手紙に続けて、英雄と聖女が逃げ出してしまったことはしょうがない。誰もそれを責めることはできないとあり、「タロー、君も逃げてくれ。君が大災厄に巻き込まれてしまっては死ぬに死ねない。達者で暮らしてくれ」と結んであった。

 読みながら涙が止まらなかった。私のせいだ。申し訳なさに胸が潰れそうだった。


 王都陥落後、フレンスヴィヒとノルドライヒの国境では緊張状態が続いていた。大災厄がノルドライヒを覆っていたのだ。いつフレンスヴィヒに広がるか分からない状態だった。しかし、ちょうど国境周辺で魔王軍の進軍は止まっていた。

 フレンスヴィヒ国境警備軍と魔王軍の対峙が続いて三日後、国境警備軍のもとに魔王軍の伝令として一人の人間が遣わされ、フレンスヴィヒ国王宛てに魔王からの書簡が手渡された。


 その二日後、私はフレンスヴィヒ王と謁見していた。

 「そなたがタローか。」

 「はい。左様でございます。国王陛下。」

 「先日、魔王なる者から朕に書簡が届いた。」

 「はい。」

 「その書簡に、フレンスヴィヒにタローという冒険者ギルドの人間がいるならば、その人間を使者とするならば交渉する、とあった。タローなどという名前の人間はこの世にそなたの他おらぬ。そなたは魔王と面識があるのか。」

 「滅相もございません。」

 魔王と知り合いって、そんなことあるはずがない。

 「うむ。そうか。いずれにせよ、このフレンスヴィヒに大災厄が及ぶのは困る。悪いが、朕はそなたを魔王に引き渡さねばならぬ。」

 「承知いたしております。」

 「うむ。大儀であった。」


 国境までは近衛騎士団が送ってくれたが、国境からは一人で魔王軍のもとへと向かった。それも魔王からの条件だったらしい。

 御親切にも魔王の陣営までの道は汚染されておらず、魔族や魔物に睨まれながらも何事もなく魔王に謁見することとなった。


 「よく来てくれた。タロー。面を上げよ。」

 平伏していた私が顔を上げると、そこに居たのは思いもよらぬ人だった。

 「えっ⁉」

 「余が魔族の王、魔王である。」

 「……っつ!あ、あの、フレンスヴィヒ国王の使者タローでございます。」

 「そなたが無事であったので安心した。フレンスヴィヒには指一本触れさせぬゆえ安心いたせ。」

 「ありがたき幸せに存じます。」

 魔王は側近らしき人物に「ハンス。しばらくタローと話すことがある。誰も近づけるな」と命じた。


 「タローさん。」

 「はい。」

 「一言あなたにお礼を言いたかったんです。」

 「とんでもない。何もしておりません。」

 「いいえ。あなたがあの時掌にカタカナで「ニゲロ」と書いて教えてくれたから、私は逃げ出せました。」

 「ともに知らない世界に投げ出された者として、あなた達が、あなた達だけが理不尽な目に遇うのは看過できませんでした。」

 「あなたは知っていたんですね。」

 「あなた達が出発する直前にエルリッヒ様から聞きました。それで、何とかバレないように伝えたいと思ったのです。」

 「そうですか。エルリッヒが。彼はイェーリング城で死にましたよ。」

 「はい。そうだろうと思っていました。」

 「どうして?」

 「亡くなる前に私に手紙をくれたんです。彼も逃げろ、と。」

 「やはり。彼は悪い奴じゃなかったんですね。残念です。」

 「仕方ありません。エルリッヒ様は覚悟なさってましたから。」

 「そうですか。しかし、あなたが無事で良かった。短期決戦だったので、あなたの無事を確認する余裕がありませんでした。」

 「私は冒険者ギルドの一員でしたから、すぐに逃げました。」

 「それは良かった。」


 私にはどうしても聞かなければならないことがあった。

 「あの、聖女様はどちらにいらっしゃるのですか?」

 「……。彼女は……、死にました。」

 「えっ……⁉」

 「逃げている途中に野盗、に見せかけた近衛騎士団の奴らに襲われまして。何とか全員討ち果たしたのですが、致命傷を負いましてね。それで彼女が命懸けで治癒魔法で助けてくれたのですが、それから体調を崩すようになって、無理に人助けしようとするから……」

 「……」

 「最後は死にかけの子どもを助けて亡くなりました。」

 「そうでしたか……」

 「彼女が死んでしまった以上、私は王国から逃げる理由がなくなり、王国に復讐することに決めたんです。」

 「そうだったんですね。」

 「いまハンスというのがいたでしょう。」

 「はい。あの方は人間ですか?」

 「いいえ、あれは魔族のなかでも最高位である悪魔です。」

 「悪魔」

 「そう。悪魔です。私はハンスに出会い、いや、ハンスはずっと私を付け狙っていました。それで、ノルドライヒに彼ら魔族の国を再建する代わりに、魔族と魔物を支配する能力を得ました。そして、私は王国を討ち、彼女の仇を取ることができたのです。」

 私はもう何を言って良いのか分からず黙ってしまった。


 「彼女が亡くなったのは残念でしたが、私たちは自分の意志を取り戻すことができました。そして、それはタローさんのお蔭です。私はハンスとノルドライヒに魔族の国を再建する約束を果たすだけで、フレンスヴィヒに対して何も思うところはありません。安心してお帰りください。もうなかなかお会いすることはできないでしょうが。お元気で。」

 「あの、最後に、私は鈴木太郎と申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」

 「僕は高橋弘人です。大学生でした。」

 「高橋さん、私は会社員でした。」


 再び近衛騎士団の護衛を受けてフレンスヴィヒ国王に復命した。

 国王は「そうか。良かった」と安堵し、あれこれと詮索してくることはなかった。藪蛇を恐れてのことだろう。助かった。


 こうして、大災厄によりノルドライヒは再び魔族の国となった。しかも、魔王のもとで国家体制を確立した以上、再び人間の手に戻ることはなかなか難しいに違いない。

 私は今もホルステンのノルドライヒ冒険者ギルドで事務仕事を続けている。時々、魔王から手紙が届き、私も返事を送っているのは秘密だ。

 異世界でこうして平穏無事に暮らせていることに安堵する一方で、エルリッヒやケストラー局長、ハイドリヒたちのことを思い出すと苦しくなることがある。


 そして、時々掌を見ては思うのだ。

 たった三文字で一つの国が滅び、多くの人命が失われてしまった。

 私は死ぬまでこの重荷を抱えていかなければならない。


 巻き込まれて召喚されたおっさんは今日も苦悩する。

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