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中編

 英雄と聖女が出発して一か月が経った。まだ、大災厄は終らない。むしろ、本格化してきたようだった。

 今回の大災厄は酷いらしい。極北だけでなく、各地で魔族と魔物が現われ、土地や水を穢し、悪天候をもたらしていた。それによって、王都や各地の王国都市への食糧供給が滞り、価格が日に日に高騰していた。

 それだけではなく、地方から逃れてきた農民たちが都市に集まり始め、食糧不足、物資不足が顕著になり、治安が明らかに悪化した。窃盗、強盗、恐喝、殺人が日常茶飯事となり、冒険者ギルドは王都警察に徴発された。


 私は治安維持のために役立てることがないため、王都警察内務局に行くことになった。

 王都警察内務局とは徴税と道路・水道などの管理、そして、穀物価格の統制が主な仕事で、この穀物価格の統制が喫緊の課題となっていた。


 「冒険者ギルドから参りましたタローです。」

 ほとんどの職員は治安維持にまわり、内務局室には三名の職員しかいなかった。そのなかで、最も偉そうな人物が私を値踏みするように見てきた。

 「内務局長のアドルフ・ケストラーだ。エルリッヒ様から話は伺っている。見ての通り人不足で猫の手も借りたい。よろしく頼む。」

 「よろしくお願いいたします。」

 「さて、貴殿にはまず本日の穀物価格を確認してきてほしい。馬車や御者はこちらで用意する。これが本日時点での各勅許穀物商の申請価格一覧だ。とはいえ、これを根拠に取り締まりをする必要はない。それはこちらで行う。貴殿は報告するだけでいい。」

 「承知いたしました。」


 半日掛けて王都内の勅許穀物商の店頭価格を確認し、激しく揺れる車内で一覧表にまとめる。ついで、申請価格との差額もつけておいた。

 調査して分かったことは、申請価格はまったくの有名無実で、店頭価格ははるかに高額になっているということだった。そして、その価格では避難民はもちろん王都民も十分に購入できないことも、だ。

 このまま行けば、治安悪化では済まないだろうことは容易に予想できた。


 「ご苦労だった。冒険者ギルドの職員だからと見くびっていた。申し訳ない。」

 「とんでもないことです。お役に立てていれば幸いです。」

 「いや。今日のうちに今日の価格が分かると思っていなかった。しかも、申請価格との差額までまとめてくれて助かったよ。」

 「穀物価格の高騰は自然的というよりも人為的であるように思われました。一覧表をご覧いただければご理解いただけるかと思いますが、何者かが価格を先導しているように思われます。」

 「うむ。そこまで分かっているならば聞きたいが、この問題はどうすれば解決すると思うかね。」

 「難しいかと存じます。」

 そう答えると、神経質そうな職員が不愉快そうに言った。

 「あれこれ言わずに、見せしめで何件か取り締まればいいでしょう。」

 ケストラー局長は「昔はそうしていたがな……」と難しそうな顔をしている。

 「差し出がましいようですが、取り締まりは見せしめにもならないかと存じます。」

 「何故だ。国王陛下の警察を馬鹿にするのか。」

 「違います。」

 「では何故だ。理由如何によっては貴様も牢屋にぶち込むぞ。」

 「おいおい、ハイドリヒ。これ以上人手を減らすんじゃない。で、なぜ取り締まりでは見せしめにならないんだ。」

 局長はハイドリヒというその職員を宥めながら聞いてきた。

 「取り締まって価格を申請価格通りにしたとしましょう。価格は確かに下がるでしょうが、それでめでたしめでたしとは参りません。今度は売り渋るに違いありません。」

 「しかし、売らなければ商人たちも商売が立ち行かなくなるだろう。」

 「これが売り渋りより困るのですが、裏で売り買いするようになると思います。無認可の商人に売り渡して商売させるのです。穀物はないと飢えますから、市民たちも結局裏で買うほかなくなります。そうすれば、もう警察の統制は届きません。」

 「ギルドの人間に言われなくとも、それくらいは我々でも分かっているぞ。」

 「ですから、打つ手がないと申し上げております。穀物価格が高いのも問題ですが、十分に流通しないのも問題です。商人は高値であれば売り渋りませんが、それでは庶民には手が出ません。」

 「だから、金納を解禁してはいけなかったのだ。王宮が流通を統制しなければ、いくら勅許制を残したところで意味がないのは分かり切ったことだったのに。」

 悔しそうにハイドリヒが吐き捨てるように言った。

 従来は王領では現物貢納が原則で、王都や王国都市の穀物は王宮から勅許穀物商に公定価格での販売を条件に売り渡されていたのが、貨幣貢納も認められるようになり、それから穀物の不作の時などは穀物価格が高騰し、内務局でも十分に統制できなくなったらしい。

 「ハイドリヒ、御政道の批判はご法度だぞ。」

 「……失礼しました。」


 三か月が経った。大災厄は終息に向かうどころか拡大しているらしい。たしかに、最近毎晩酷い雷雨が王都を襲っている。

 最近では、英雄と聖女が前線から逃げたらしいという噂まで流れてきた。もしそれが本当なら私にすれば喜ばしいことだが。

 穀物価格の高騰は止まらず、治安も日に日に悪化し、王宮への批判も公然と行われるようになってきた。冒険者ギルドは王都警察に対し、これ以上治安が悪化し、市民に敵対せざるを得ない場合は警察の支配下を離れるという通達を行った。冒険者ギルドはそもそも国際組織だから、王宮に絶対的に服従する必要はないということらしい。それ自体は結構なことだが、内務局で一人働くギルドメンバーとしてはあまりよろしくなかった。


 「おい、タロー。お前もいきなりやめるつもりか。」

 「ハイドリヒさん。私はべつに市民に剣を向けたりする仕事じゃないですから、なるべくこのままお手伝いするつもりですよ。まあ、マスターの命令次第ですが。」

 「俺の話を理解してくれるのはお前だけだ。居て貰わないと困る。」

 「随分信用してくださるようで。」

 「確かにそうだな。ところで、どうだ。そろそろやばそうか。」

 「もう下町は限界です。勅許穀物商の前でよく小競り合いが起きています。」

 「今日明日かも知れないんだな。」

 「ええ。局長にもお伝えしています。」

 「何か言ってたか。」

 「事が起きないと動きようがない、というようなことを仰っていました。」

 「まあ、勅許穀物商を警察が護衛すれば、もう警察は市民の敵だからな。」

 「そうです。ただ、……」

 「ただ?」

 「逆に、警察が穀物商を襲撃して安値で売れば、市民の味方にはなるでしょう。」

 「おいおい、そしたら警察は陛下の敵になってしまうぞ。」

 「そうなんですよね。」

 二人して力なく笑うほかなかった。


 しばらくして、王都から東に100㎞ほど離れたエスターハウプト平原で王国軍は魔族に大敗を喫した。どうも魔族を統制する存在、いわば魔王が誕生したらしい。各個撃破であれば人間も渡りあえるが、統率された魔族は王国軍を凌駕する力を得たようだった。

 王都は混乱に陥り、遂に恐れていた事態が起きてしまった。

 勅許穀物商に対する市民の襲撃である。最初は、下町にある一軒の穀物商、特に評判が悪かったヘスラー商店への襲撃で、これは警察で鎮撫できた。しかし、その情報が広まると、王都の各地区で市民による穀物商襲撃が同時多発し、警察の手に負えなくなった。同時に、冒険者ギルドは王都警察の支配下を脱した。

 穀物商を襲撃した市民はさらに警察と衝突し、食糧庫の解放を訴えて王城へと向かった。王宮は近衛騎士団や王宮魔術師団で迎え撃つことを決め、魔王軍が王都に向って進軍しているなかで、王都内では血みどろの内戦が始まってしまった。


 私はヘスラー商店襲撃事件が起きた時点で、ギルドマスターからの命令で内務局を辞去していた。ケストラー局長やハイドリヒも事情が事情であったから、残念そうにしながらも引き留めることはなかった。私も最後まで彼らと仕事をしたかったので残念だった。

 後で聞いたところでは、民衆は王城へ向かう途中警察本部も襲撃し、局長やハイドリヒは殉職したそうだ。最後まで民衆を説得しようとしていたと聞いて胸が痛かった。


 私が警察から戻った時、冒険者ギルドでは隣国のフレンスヴィヒ王国への退避を決めたところだった。

 混乱する王都を脱出し、東に黒々と広がる雲とも靄とも言えない何か(のちに瘴気であることが分かった)を背にひたすら馬車の中で無事に逃げられることだけを願った。

 途中、何度か引き留める王国軍と衝突したが、王都を出て三日後には、フレンスヴィヒ王国領内に入り、彼の国の冒険者ギルドの歓迎を受けることができた。

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