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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第一章 『最悪な出会いと最悪な別れ』
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第一章 第7話 『はじまり』

苦痛の時間が終わった後の、疲労以外、痛みも何も感じない、不自然すぎる感覚。


それは、ティアの言葉が正しいことを物語っていた。


「回復、魔術……?」


「まぁ、正しくは回復魔術に似たログを君に備え付けた、って感じかな。」


ティアはこちらが狼狽えているのを見て、補足のようなことを話す。

俺の困惑の理由を考えれば的外れなものだが。


「──半不死の権限。そう呼ばれているものさ」


ティアの言葉が何も入ってこない。

聞こえてはいるが、何もわからない。

彼女は何を言っているのだ?


「私も予想外だったから、仕方ないと思ってほしいな。予言できていたらもっと違う方法取って──」


「なんで………なんで、こんなものを付けたんだよ!!」


怒りで顔が熱くなっていく。

その怒りのままに、俺はティアに掴みかかる。


もう二度と、この感覚は味わいたくなかった。


深く、魂に刻まれた恐怖の記憶。


「え……?そんな怒るかな……?理に反した速度の回復だから、発動中はかなり苦痛に感じるはずだけど……どんな外傷もたちまち治る素晴らしい権限なんだけどな」


胸ぐらを掴まれ、困惑したティアが俺に何か言ってくる。

しかし、俺にはそんなのは関係ない。


「ふざけるな!!俺は、こんなものは要らねぇ!今すぐ、契約を結び直してくれ!!」


こんなもの、要るものか。

ティアの話など興味は無い。

とにかく、少しでも早くこの力を取り除いてほしい。


奴らと同じ力を使うということの嫌悪感、そしてあの日々の苦痛が、この力を拒絶する。


「…………残念ながら、精霊が死なない限り契約は消えないんだ」


「は…………そん、な……………」


ティアはゆるゆると首を横に振った。


つまり、俺のこの力は、ティアが死ぬまでこのまま、ということだ。


あの男から受けた傷。あの女から受けた苦しみ。

俺は、この能力が発動するたびにそれらを思い出すのだろう。


精霊の寿命は長いと聞く。

おそらく、俺は一生涯、この力に苦しむことになるのか。


そんなことになるなら、いっそティアを───。


「どうしたんだい、そんなに怒るなんて。もしかして、君はモンド教徒なのかい?」


「──────っ。…………………もんど?……なんだそりゃ」


聞き覚えのない言葉を口にするティア。


ティアの声が俺を正気に戻す。

俺は、浮かびかけた考えを頭の中から慌てて追い出した。


俺は、命を、なんだと思っているのだろうか。

この間思い知ったはずだろう、命を奪うということの重さを。


俺は唇をかむ。

口の端から血が滲んできた。


痛みが、少しだけ俺の頭を冷やしてくれた。


「違うのかい?だとしたらますます理由が分からないね。君の激しい怒り、そして恐れの」


そういえばティアには何も話していないのだ。

あの拷問の日々を。

あの、地獄のような時間を。


ただ、伝えとして何になる。

同情が欲しいのか?この期に及んで?


それに、もう契約の内容は変わらないし、これ以上、奴らにされた事を口に出したくは無かった。

誰かに話すと、この憎しみが薄れてしまう気もする。


そう考えれば、特にティアに教える必要はないと思うのだ。

あの時間は、自分の中だけにしまっておこうと思う。


「…………いや、なんでもない。俺が、受け入れられれば済む話だ」


「……………………それもそうか。なんにせよ、もう変えられないのだからね」


ティアは、もうそれ以上は聞くまいと、小さく頷いた。


「ごめんな、急に怒り出して」


「いや、良いさ。誰しも、触れられたくない部分はあるさ。私がそこにたまたま足を突っ込んでしまっただけだよ」


ティアが再び大きな石の破片の方に近づいていく。

お気に入りの場所なのだろうか。


「また契約関連の話で悪いが、回復魔術は魔術の中で唯一マソを使わないものだったから、君に付与できたみたいなんだ」


石に腰掛けたティアがそう言った。


「本当は他にも色々な魔術が使えるようになるはずだったんだが………今回は想定外が起きたんだ。許して欲しいな」


「良いって。俺がなんか特殊?だったのが悪いんだから」


とりあえず、この自分の能力については置いておこう。大きな怪我をしなければそこまで影響は無いはずだ。


これ以上ティアに当たり散らしても何も変わらない。


俺が気持ちの整理をしていると、ティアは座ったばかりだと言うのに、何かを思い出したように立ち上がる。


「さぁ、まずは移動しようか。こんな所で立ち話もなんだろう。君に見せたいものもある。ついて来るといい」


そう言って、ティアは遺跡の入口をくぐり、ずんずん進んでいく。


「お、おい、待って!置いてくな!」


俺は慌ててティアを追いかけた。



***


遺跡の入口をくぐった後は、迷路のような壁を進んでいく。天井などは特にない。

見上げれば青い空が見えた。


地面にも草が生い茂り、壁によって仕切られた、ほとんど外のような感じだ。

壁は俺の背丈の二倍ほどあり、さすがに登るのは無理そうだった。


よく見ると、遺跡の壁には細かい意匠が施されている。

コケが生い茂り、所々ヒビが入っているが、荘厳な印象があった。


作られた当時はどのようなものだったのだろうか。


おそらく、とても美しい場所だったのだろう。


「なぁ、まだつかないのか?」


太陽が傾いてきている。

たぶんかなり歩いたはずだ。


「も、もう少しだよ。もう少し。」


ティアは震えた声でそう言う。


あれ、もしかしてこいつ。


「迷った?」


「そ、そんなわけないだろ!!私の根城だぞ!……そもそもこんなに複雑にするのがいけないんだ」


あ、絶対迷ったな、こいつ。

俺はボソッと最後に言った言葉も聞き逃さない。


「あ!ほら、ここだよ、ここ!」


ティアが指さす方を見ると、道の先に少し開けた場所が見えてきた。


周りは相変わらず石の壁に囲われているが、ボール遊びぐらいは出来そうだ。


「なんだ、何も無いじゃん。てっきりあの高い塔行くのかと思ってた」


入り口から見るよりはだいぶ近くなった塔を眺める。

ここから見ると、入り口から見るよりもだいぶ大きいように感じた。


「あそこは……………まぁいいか。それにしても、お前の目は節穴か?」


「え?」


ティアは正面を指さしたままでいる。

よく見ると、少し離れた場所に、地面の下へと続く階段があった。


「あの階段の下だよ。私たちの目的地は。行くぞ」


急に機嫌の良くなったティアは、少し跳ねながら階段へと向かっていく。


見つかって嬉しかったんだな……

俺はティアの背中を追った。



***



「な、なんだ…………ここ……………?」


「うるさい!しばらく使ってなかったからちょっと汚くなっただけだ!」


絶句する俺。


階段を降りた先は、壁についた光る石により照らされた、かなり広い空間。壁は岩がむき出しになっており、洞窟、という雰囲気だった。


五十人は入りそうな広さだ。

こいつ、一人で暮らしていたんだろうか。


そこの入口に立つ俺の目には、劣化してボロボロになった家具たちが映っていた。

たぶんティアはこれらについて言っているのだろう。


もちろん、汚く見える原因は劣化もあるのだが、むしろ──。


「散らかしすぎだろ………!」


部屋の中には、乱雑に重ねられたボロボロの本や、皿、衣服などが落ちていた。

床に落ちたり、机の上に投げ捨てられたりと、ひどい有様だ。


殺風景な部屋の見た目の中に、生活感あふれる物の散乱は、圧倒的にミスマッチだった。


「う、うるさいな、片付けはやればできるんだぞ」


「片付けられない人って皆そう言うよな」


「うっ………………」


痛いところをつかれ、ティアが押し黙る。


俺はため息をつき、床に落ちている本を手に取る。


「手伝ってやるから、一緒に掃除するぞ」


俺は普段から店の掃除などもやっていたので片付けは苦ではない。

むしろ、こういう部屋を見るとなんというか、放っておけないのだ。


「…………分かったよ、やればいいんだろ」


拗ねたように言いながら、ティアは両手を胸の前で組む。


俺はそれを横目に、本を拾い始める。

とりあえず、同じ系統のものをまとめていこうか──。


すると、ティアの体が淡い赤色に包まれた。


「────っ!なんだ?!」


突如として、部屋が眩い光に包まれる。


しかし、光はすぐに消えた。


「え………………はぁぁぁあぁぁぁぁ?!」


「本当にめんどくさかった………もうしばらくやらん」


俺が目を開けると、先程までとは全く違う様相の部屋が目に飛び込んでくる。


床を覆っていた凸凹した岩の代わりに、暗めな色の木の板が敷かれている。


部屋の中央には灰色の絨毯も引いてあり、その上には丸い低めのテーブル、その前には白の柔らかそうなソファーが置いてあった。


壁についた照明は、荒削りな光る石ではなく、加工され、装飾の施されたものになっていた。


また、壁面は白一色になっており、入り口から向かって右側の壁際は、本棚が埋め尽くしていた。

先程俺が手に持っていた本も、きれいになって本棚に収納されている。


部屋の奥の方には、小さい机が置いてあった。

小さい机の隣にはベッドが置かれている。


その他にも、多数の家具が登場しており、俺は驚きが隠せない。

洞窟から非常に洒落た部屋に早変わりだ。


「お前、そんな一瞬で片付けできるなら最初からやれよ!」


俺の盛大な突っ込みが、部屋の中に響き渡った。


「いや………やるまでがおっくうなんだよ」


ティアはソファに座り体を預ける。


「絶対いらないのに観葉植物まで置いてるじゃねぇか………。俺もその力欲しいぜ………」


「植物は生活に彩を加えるんだよ、ユーガ。君も分かる時が来るさ」


いや、分かった風に言ってるけどさっきの部屋見せられてからじゃ響かねぇよ………。


「これは色んな魔術の融合魔術だから、並みの人間にはできないさ。まぁ、できるのは私ぐらいかな。……それはそうと、君に見せたいものがあってね」


ティアはソファにもたれかかりながら、後ろを指さす。


「ユーガ。君は世界を知るべきだ。私の集めた本を読むと良い。知の精霊には劣るが、かなり良質な本が揃っているよ」


本棚に目を向けると、確かに、驚くほどたくさんの本が置いてある。

しかも、一冊一冊が俺の握りこぶしぐらいの厚さがあった。


「でも、俺、簡単な文字しか読めないんだ」


本があるのはうれしいが、問題はそこだった。

日常で使われる程度の初級文字しか俺は読めない。

田舎の町で生活する分にはそれで十分だったのだ。


「問題ない。試しに一冊本を開いてみるといい。」


だから読めないんだって………。そう思いながらも、言われた通り取りやすい高さにあった本を手に取る。そして、真ん中あたりで開くと──


「───っ!?わ、分かる!?なんで!?」


不思議な感覚だ。

昨日までただの形にしか見えなかった文字が、言葉として入ってくる。


「契約の効果さ。さっきも言ったろう、マソを使わない部分は私の力を分けられると」


ティアが口の端を上げながらそう言う。


「まだまだ君は無知だ、ユーガ。世界を知れ。そうすれば、勇者一行を倒すことも叶おう」


力強く、ティアがそう断言する。


なんだろう。この感覚は。

先程の怒りとはまた別の、胸の熱さ。

そして震えるほどの高揚。


恐怖とも、興奮ともとれる感覚。


きっとこれは、未知に対する興奮なのだろう。




───俺は、これから世界を学ぶ。


まだ見ぬ勇者たちの姿を思い描く。



これからだ。




これから、俺の勇者討伐が始まるのだ。                         

ここまでお読みいただきありがとうございます!

どうも、一筆牡蠣と申します。


これにて、第一章が終わりとなります。いかがだったでしょうか。

ただのパン屋だったユーガが世界に翻弄されていく様はお楽しみいただけましたか。


ティアと出会い、契約を結んだユーガ。

これから、ユーガは皆さんと共にこの世界のことを知っていきます。

実際の勇者との対面、新たな出会い、などなど、まだまだこの話は広がっていきます!


次章、クロワール奉星国 編


今後ともよろしくお願いいたします!!

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