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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第一章 『最悪な出会いと最悪な別れ』
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第一章 第6話 『ちょっとした手違い』

「まじ、かよ…………」


俺は地形ごと変わってしまった森の跡地を目にし、愕然とする。

跡形もない。その言葉がこんなにも当てはまる状況に立ち会うとは。


遺跡とは逆側の森が、見事にきれいさっぱりだ。

遠くの方には地平線が見えた。


「だから何回も言ってるじゃないか。私は本物だと」


少女の顔から先程までの笑顔が消え、不機嫌な顔つきになり、こちらを見据えてくる。


「なんか、あの、今まですいませんでした」


俺は、はいつくばった姿勢からそのままに、額を地面に擦り付ける。


「はぁ………もういいぞ。まったく、最近の若者は…………」


ある程度年を食ってからでないと言わないようなセリフ。

それが目の前の少女の口から出てくるのは違和感しかない。


「じゃあ今のを俺にぶっぱなしたりとかは…?」


俺は土下座の姿勢から顔を上げ、少女の顔を見る。


あれをまともに食らえば骨も残らないだろう。

ほんとにやばいぞ、あれは。


「なんだ?欲しいのかい?」


少女がこちらに掌を向ける。


「いえいえいえいえいえいえいえいえ、とんでもございません!」


俺は再び地面に額を衝突させ、そのまま首を振る。

心臓がキュッとなる。


「冗談だよ。………本気でほしい時は言ってくれ」


誰が欲しがるんだよ………。

寿命の縮む冗談はやめていただきたい。


「それで、契約の事だが。」


少女は再び遺跡の大きな石の破片に腰掛け、足を組んだ。

立った状態ではワンピースに隠れ見えなかった、白い、細い足が露出する。


少女が契約、という言葉を発した瞬間、周囲の空気が変わるのを肌で感じる。


「───契約を結べば、俺は、勇者を、あいつらを殺せますか」


俺は、単刀直入に、最も聞きたいことを尋ねる。


俺の目的は一つ。

町を壊滅させた勇者一行を殲滅すること。

それが叶うのならなんだっていい。


それに、契約というのが何かは分からないが、この少女──否、五大精霊の一人の力ならきっと、勇者を倒せる。


俺はそういった答えを期待し、ティアの返答を待つ。


ティアは考えるように目をつむっている。


「……私単体や、君1人では到底無理だろう」


少しの間の後、ティアは俺の予想とは違う答えを口にした。


「え………あんなにえげつない技使えるのに……?」


「技じゃない、あれは魔術だ。………正直、勇者一行の強さは常軌を逸する。私の手には余る。」


ティアは少しだけ悔しそうな顔をする。


この少女が勝てないって、どんな規模の戦いなんだ……?

全く想像がつかない。


「奴らは十年ほど前、この世界を長い間支配していた魔王を討伐した。」


「あぁ、なんとなく覚えてます……町ではすごい大騒ぎでした」


まだ俺は七歳とかそのあたりだったはずだ。しっかりとは覚えていない。

しかし、町中で誰もがその話をしていたのは覚えている。


「そうれはそうだろう。魔王は、それまで百人以上の勇者が挑んで討伐ができなかったのだから。」


「百人?!」


想像を超える数字に思わず声が大きくなってしまう。


魔王というのは、名前負けしない、規格外の強さだったのか。

あれ、でも今の勇者が倒したってことは…………。


「ただ、今代の勇者は強かった。──今までのどの勇者よりも。単純なことさ。だから、魔王を討伐できた」


瞼を上げ、ティアがそう評する。

ティアは足を組むのをやめ、手を後ろについて座っている。


その話を聞けば、今の勇者の強さが伺える。

ティアが勝てないと言ったのも少しだけ納得できた。


「ただなぁ………」


ただ、ティアが蒸発させた森の方を見ると、やっぱり信じられなさそうだ。

これ以上のバケモノがいるのだろうか。


「ともかく、私単騎の討伐も不可能、君一人でも、もちろん不可能だ」


ティアは座りながら足を交互にパタパタさせている。


やはり、無理なのか。


俺は単独でのあたってくだけろ作戦を思い浮かべる。

たぶん犬死に。間違いなく。


これは、最初から詰みだったのかもしれない。

勇者に町を滅ぼされたのも、泣き寝入りするしかない運命だったのか──。


「だが、私と君が協力すれば、きっと、討てるだろう」


ティアは、そう、最初の俺の問いに対する完全な回答を告げた。


ティアは、正面からまっすぐにこちらの目を見つめてくる。

太陽の光を反射して、美しい深紅の瞳が光る。


先程会ったばかりのこの少女を信じるのか。

それともこの提案を蹴るのか。


単純な、二つの選択肢。

普通ならば悩むのかもしれない。


しかし──。


「───。わかりました。お願いします」


俺はティアの眼力に少し押されながらも、特に迷うことなくそう答える。


俺には他に選択肢は無いのだ。

先程の提案を蹴る、という選択肢は最初から無いのと同じだった。


「………ん?いいのかい?」


何故だかわからないが、ティアが目を丸くしている。


「…………?もちろん、おねがいします」


念押してくる理由が分からず、再度了承する。


そろそろ足がしびれてきたので正座をやめたい。

そんなことを考えていると、ティアが口を開く。


「…………普通、どんな利点があるとか、危険かあるとか聞くもんだろう」


目頭を揉み、ため息をつくティア。

少女の見た目にしては違和感のありすぎる動作だった。


「あ、そっか、そういうもんなんですかね」


俺にある選択肢は、了承する、以外に無いので、問いかけをする、というのは盲点だった。


「うーんと……あ、ちなみに、契約って何なんですか?」


「まさか……それも知らないのに契約を了承したのかい?」


ティアは顔を右手で覆い、一段と大きいため息をつく。明らかに呆れられている。


「えぇ………まぁはい………田舎出身なもんで……」


俺は言い訳がましく、田舎出身を盾にする。


まぁ実際、俺の住んでいた場所にはほとんど新しい情報は入ってこず、俺の情報源は父親だけだったのだ。


本を読めるぐらいの字の知識はなかったし、そもそも本自体、街にほとんどなかった。

だから、父の口から語られる話だけが、俺の世界のすべてだった。


「まぁ、いいか。そもそも契約は、人間同士では成立しない。盟約、誓約なら可能だがね。契約ができるのは、ログにログスピナというマソ結節がある種族のみなんだ。例えば、私たち精霊、魔人などだね。今回については、具体的に言えば、君のログと、私のログスピナを繋ぐ。つまり私と君との間でマソの出入りを可能にする通路を作る、ということだね。そして、もっとも重要なのが、それを繋ぐ魔術で………………ん?」


「…………………………………………んあ?」


「おい、寝るな。消し飛ばすぞ」


頭に軽い衝撃があり目を開けると、ティアの掌がこちらを向いていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


ご立腹の様子。

額を地面にひたすら擦り付ける。


「まったく………まぁ、簡単に言えば、契約というは、お互いに力を分け合って戦う、という約束のようなものだよ」


「なるほど!!!わかりやすい!!!さすが!!」


取れそうな程に首を振り、めちゃめちゃ大袈裟に頷く。


「……そうか。まぁ、私が説明したんだからな。当然だろう。」


ティアはこちらに向けていた掌を下げ、腰に手を当てた。


まだ機嫌は直ってないようだが、とりあえず危機は脱したようだ。


人差し指を立て、ティアが説明を続ける。


「しかも、私から君に、実際に力を分譲したりもできるんだ」


「すごい……じゃあ、あの森を吹き飛ばしたやつ俺もできるようになるってことですか!」


あんな力があれば、きっと勇者達とも戦えるはずだ。

少なくとも、今よりはずっと。


「まぁ……そこまで言わないまでも、似たようなことはできるかも」


少し考え込む姿勢をとった後に、ティアがそう答える。


「すげぇ……ぜひ、契約願いします!!」


願ってもない機会だ。


これで、俺の復讐はより現実的になる。


「先程から思っていんたんだが、敬語を使う必要はない。先程のようにしてくれ。なんだかムズムズする」


顔を歪め、こそばゆそうに体を抱くティア。


さすがに森を消し飛ばすような大精霊にあんな舐めた態度はもう取れない。


しかし、要望通りにしておくのが今は良いのかもしれない。


「あ、わかりまし………わかった」


一瞬敬語が混ざっただけで睨まれた。慌てて訂正する。

危ない危ない。


ティアが俺の方に一歩近づく。


俺はその場に立ち上がり、ズボンについた砂を払った。


「では、左手を出してくれ」


「はい、こんな感じでいいですか?」


俺は左腕をティアの方に真っ直ぐに出した。


「大丈夫だ。─────始めるぞ。」


ティアは満足そうに頷いたかと思うと、直ぐに表情を引き締める。


俺にも緊張が走る。


ティアは自分の左手を差し出し、俺の手と繋ぐ。

どっかで聞いた、恋人繋ぎ、というやつだ。


………さすがに何も感じないが。


ティアは俺に向き合ったまま、瞼を閉じた。


すると、お互いの体が淡く青色に光り始めた。

白い光の玉のようなものも俺たちの周りを飛び始める。


遺跡の壁や周りの木々も、青色を反射している。


俺から見た景色は、海の中のようだった。

目に映る遺跡はまるで、海底の神殿のようだ。


そして、目の前には白いワンピースを淡く青い色に染めたティアが立っている。

長い髪が、風もないのに揺れている。


幻想的、という言葉がぴったりだ。

今なら、精霊と言われても疑う余地もないほどに。


「………………ん?」


しばらくすると、ティアが手を離す。

同時に、俺たちを包んでいた光も消えた。


辺りが普通の森へと戻っていく。


「どうした?終わったのか?」


何も言わずに終了したので、あっけないものだと思った。

もっと、盛大な儀式などがあるのかと。


「いや………変だな………」


「どうしたんだよ、あんだけ偉そうに解説しといて失敗したのか?」


言い終わった瞬間に、しまったと、口を手で覆う。

言い過ぎてしまった。

見た目が少女だからついつい軽口を叩いてしまう。


今ので機嫌をそこねられるとまずい。


どうしようか。また平謝りで許してくれるだろうか──。


「ユーガの体に、マソが無い。」


「…………………へ?」


内心めちゃくちゃに焦っていたが、ティアの口から出てきた言葉は怒りの言葉などではなかった。


どうやら、軽口についてはお咎めなしのようだ。


「そのせいで、契約は結ばれたが、契約の効果が不完全になってしまったようだ」


ティアは顎を触りながら、なにやらぶつぶつと言っている。


「お前、仕事は何してる?」


突然、ティアは顔を上げ、俺に問いかける。


「パン屋をやってるぜ!」


自信を持って、そう言い切る。

パン屋という職には誇りを持っていた。


なにせ──。


「父さんに言われた通り、魂込めてパン生地練ってるぞ!」


一生地入魂の精神は、俺の父さんから叩き込まれたことだ。

毎日、仕込みの時から魂を込めている。


いつでも変わらないおいしさをお届けだ。

俺は誇らしげに胸を張り、ティアの反応を待つ。


「………どうやら、そのせいみたいだな」


納得、と言うようにティアが頷いている。


「……………ん?そのせい?どゆこと?」


状況が掴めずに、頭の中は疑問符でいっぱいだ。


「マソがパン生地に刷り込まれていき、ユーガの魂のマソが尽きてしまったみたいだ」


「な、なんだよそれ……?!そんなことありえんのか……?!」


パンに、俺のマソが刷り込まれた……?てかそもそもマソって何だよ………?

得体の知れないものがパンに入っていたってことか………?


「私も初めて見たよ、こんな例は」


ティアが興味深そうに目を細める。

そして俺の周りをうろつきながら、舐め回すように体を見てくる。


「さっきちらっと聞こえたんだが、不完全って、具体的にどんな風に不完全なんだ?」


熱い視線を感じながら、一つ一つ疑問を解決していこうと試みる。


「そうだなぁ……いろいろあるんだけが……君に直接的に大きな影響があるとすれば──」


そうティアが言いかけた瞬間だった。




「ぎ………ぁぁぁぁぁあぁぁ!!あ”ぁぁぁあぁぁぁ!」




脳が揺れ、体の中を掻き回されるような感覚。


──ただただ、苦痛な時間。


この感覚は、前にも死ぬほど味わった。


そう、忘れもしない、あの時間。


「はぁっ……………はぁっ……………!」


苦痛の波が過ぎ去り、俺は荒い息をつく。


「ど、どういうことだ……?」


右手を見ると、先程まで留守にしていた手首から先が帰ってきていた。


そして、ティアが俺の疑問に応える。




「───見たとおりだよ。回復魔術の付与。それだけ、うまくいったのさ。」

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