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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第一章 『最悪な出会いと最悪な別れ』
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第一章 第5話 『精霊、ティア』

体の熱が抜けていく。

だんだんと、現実との焦点があってくる。


「あ、れ、俺…………………痛て………」


男を見つけてからの記憶が曖昧だ。

頭に鈍い痛みを覚え、片手をあてる。

と言っても、右手の手首から先は無いのだが。


ん………?


上げた腕を見ると、赤黒いもので染まっている。

この量は、自分の血ではない。


自分の体を見回す。

俺は全身に何者かの返り血を浴びている。

左手には、大ぶりなナイフを持っていた。


そして、俺の目は地面に倒れている何かをとらえる。


───長身の男が血だまりの中に倒れている。


男の背中には、何度も刺された傷が痛々しく残っていた。


男の目には、もう光は灯っていない。


────俺が、やったのか?


ナイフをその場に落とす。

金属と石のぶつかる甲高い音が響く。


「ち、がう……俺じゃ………」


違う。俺がやったんじゃない。

こんなこと、俺がやるはずはない。


男の死体と、村で殺されたキャシーの死体が重なる。

───尊厳も何もない、めちゃくちゃな有様。


俺は、この男を殺すつもりだった。

それはゆるぎない。


しかし、こんなにも残虐に殺すつもりは無かった。

これじゃあまるで。

俺は。


「いや、違う。こいつらとは、違う。俺は。」


大きくかぶりをふって、浮かびかけた考えを消し飛ばす。

元より、こいつらには復讐するつもりだったのだ。


俺の目的は達成できたではないか。

これで、良いのだ。良いはずなのだ。

大きく息を吸い込む。


深呼吸をすると、頭の中の熱が冷めていく。


そうだ、ほかの奴らに見つかる前に進まなければ。

今、数で押し切られたら勝ち目は無い。


俺は先を急ごうと、廊下の先を見る。


「あれ…………?」


先ほどまでは永遠と続いていた廊下に、終わりが出現していた。

ここから少し先に、ドアが見える。


色んな感情は後回しだ。

今はとにかく、ここから脱出する。


目が回る。

落ち着いたとは言え、心も体もぐちゃぐちゃだ。

男の体をまたぎ、ふらつく足取りで出口に近づく。


限界を迎えそうな頭には、不安が押し寄せてくる。


俺は、これからどうして生きていけば良いのだろうか。


二人も殺してしまったのだ。

おそらくもう普通の暮らしには戻れないだろう。


どこか、人のいないところで暮らす。

それが良いのかもしれない。


廊下の端に辿り着き、ドアノブをひねり、押し込む。

冷たい感触を掌に感じる。


さぁ、次は──────。





『こんな場所があったのか……。盲点だったな。──────消えろ。』


唐突に、頭の中に声が響く。


まばゆい光に目を焼かれながら、俺の意識は吹き飛んだ。




***



『いいか、ユーガ。この世界の禁忌は知っているな?』


『うん!お父さんから前きいた!』


『えらいぞ、ちゃんと覚えていて。……特に、精霊とは契約を結んではいけないと言われているな』


『知ってるよ!お話できいたもん』


『だがな、ユーガ。何事にも、見えない一面ってのがあるんだ。全部を鵜呑みにすればいいってわけじゃない。』


『う—ん……………?むずかしい』


『ははは、そうだろうな。まだまだ先だろ。これが分かるのは。』


『またそうやって子どもあつかいする!』


『仕方ないだろ、生まれてまだ7年ぐらいのガキなんだから。』


『ほら!そうやって!』


『はははは!全然痛くないぞ~。殴るならもっと全力で来い!』


『くっそ──────!!!』




***



最近は最悪な目覚めが多い。

できる事なら、ずっと夢の中に浮かんでいたい。


目が覚めなければ、きっと辛いことも何もないんだろう。


いっそ、このまま────。


『さぁ、いつまでも寝てないで。───君は誰なのかな?』


夢の隙間に滑り込むように声が入ってくる。

強制的に意識が覚醒した。


「──────っ!ここ、どこだ!?」


気が付くと、俺は真っ暗な空間にいた。

何も見えない。光という要素が完全に遮断された空間。


頭の中の声以外は、怖いほどに静かだ。


『さて、簡潔に聞こう。君は、勇者一行の一人かな?』


再び同じ声が頭の中で響く。


質問の目的は分からない。

声の主が敵なのか、味方なのかも。


だが、返答の内容は譲れない。

相手が敵だろうと、味方だろうと、俺の答えは変わらない。


俺は息を整えて、口を開く。


「─────。いや、違う。あんな奴らとは一緒にされたくない。」


俺は、はっきりとした声で、そう返答した。


沈黙。


先程から頭の中をのぞかれているような、気味の悪い感覚に苛まれる。


何も聞こえない。何も見えない。

暗闇に意識が飲まれそうになる。


『…………………そうかい。悪かったね。』


唐突に、そんな言葉が頭の中に響く。


そして、目の前の闇が一気に晴れる。



***



「─────っ!」


急に視界に光が飛び込んできて、思わず目を細める。


俺は、鮮やかな緑に包まれた遺跡のような場所に立っていた。


晴天。空が青い。


とても、久しぶりの外だ。

遂に、外に出られたのだ。


「…………っく…………」


もう長く、部屋の壁しか見る事が出来なかった。

空を見上げると、自然と涙が溢れてくる。


しばらく、深呼吸を続ける。


森の、濃い緑の香りを肺いっぱいに吸い込む。

そして、部屋で吸った悪い空気を出すように空気を大きく吐き出す。

それを何度も繰り返した。


「よし………落ち着いた。…………にしても、なんだ、これ」


しかし、感動も目の前の違和感のありすぎる遺跡の前ではすぐに霧散してしまう。


遺跡は石造りで、かなり規模が大きいようだ。

遠くに高めの棟が見える。おそらくあそこが中心なのだろう。


今俺がいるのは遺跡の入り口のような場所だ。

石の塀が何重にもなって高めの棟の周りを囲んでいる。

コケだらけの塀は、なぜだか荘厳な雰囲気を感じた。


ここは森の中に孤立してある場所のようで、他に人の気配はなかった。


「そういえば、俺、今何してたんだっけ?」


直前の記憶が無い。

屋敷でドアを開けたところで記憶が途切れている。


『そうだなぁ…………うん、やっぱりこうしようか』


「──────!?どっから?!」


俺の目の前から、急に小柄な少女が現れた。

年は十二、といったところだろうか。


「ははは、人間のそんな反応を見るのは久しぶりだね。」


少女はこちらを見て愉快そうに目を細めている。


美しい腰まである金色の髪。

宝石のような美しい深紅の瞳。

純白の、ワンピース……だったか、に身を包んでいる。


そのまま、少女は俺に向き直る。


「私の名前はティア。五大精霊が一人、魔法を司る精霊さ」


腰に手をあて、自慢げな表情で少女がそう告げる。


「五大……精霊!?」


俺ですら聞いたことのある言葉。

それほどに、五大精霊というのは世界に根ざした存在なのだ。


「君は本当に反応がいいね、そういうのは好きだよ、私。」


少女は先程から嬉しそうにニコニコしている。

そして、一歩こちらに近づき、顔を覗き込んでくる。


「ただ、驚きはあるみたいだけど、私のことを恐れては無いね。───それにも非常に興味がある。」


「恐れる…………?この女の子を………?」


何を言っているのだ。この子は。


目の前にいるのは背丈がこちらのひとまわりもふたまわりも小さい女の子だ。


俺が恐れる要素はひとつも無い。


「……これは君が話しやすいように人間に寄せた姿だよ。普段は概念として存在してるからね。」


少し頬を膨らませ、少女がこちらを睨んでくる。


「なんか………むずかしいんだな。」


俺は腕を組み(右手の先は無いが)、相槌をうつ。


「まったく………いいかい、私は魔法の極致。私を超える魔法を使えるものはいないんだ。禁忌の魔法も、陰魔法も使えるし、マソの含有量も、扱えるログの種類も………」


「うんうん………むずかしい時期だな」


「なんでこっちを憐れむような目をしてる!!ほんとのことなんだぞ!」


少女は顔を赤くして俺に憤慨する。


正直かわいいとしか思えない。

恐ろしいなどという感情とは程遠い。


ただ、こういう時期の子供は取り扱い注意だ、とよく父さんから聞かされていた。

むやみに()を否定してはいけない。


「いや、俺も昔精霊ごっこやったな─と思ってさ。俺は、なんだっけ、ろど……ろべ……?」


「ロディウスだろう。武を司る精霊だ。」


少女が視線をそらしそう答える。

怒らせてしまったかもしれない。


「そそ、そいつそいつ。そいつが好きでその役ばっかりやってたわ。」


懐かしいなぁ……。本当に小さい頃は近所の子供とよく遊んだものだ。

確か、あの町に来る前のことだったか。


「………私は?」


ティアを名乗る少女が横目でこちらを見てくる。


「あぁ──………ティアだけは………なんというか………」


「なんだ?君たちの想像力では私は表現しきれなかったか?」


ふっ、と嘲笑しながら少女が口をはさむ。


「………一回も出てこなかった」


「なんで!!なんで私だけ出てきてないんだよ!」


再び少女が激高する。

手に取るように反応が分かってしまう。


久々の癒しの時間だ。

心の棘がほぐれていく気がした。


「まぁ落ち着けって。君みたいな子が真似してくれてたらティアも喜ぶと思うよ。」


魔法に疎かった俺たちには人気がなかったティアだが、この少女のように好きな人はいるのだろう。

ティアも浮かばれるというものだ。


「もう、諦めるしかないか………」


ため息をつき、少女が天を仰ぐ。


「あ、そういえば君のご両親の誰かいる?」


重要なことを忘れていた。

この少女なら知っているかもしれない。


「私の両親なら三千年前には死んだぞ。」


立っているのが疲れたのか、少女は遺跡の入り口にある大きな石の破片に腰掛ける。


「もう、そういうのは良いんだって。ほら、俺を勇者たちから助けてくれたはずなんだ。……あんまり覚えてないんだけど。」


勇者たちの元から逃げ出す前後記憶が何故だかあいまいだ。

だが、俺がここにいるということは、この辺りに俺を助けてくれた人がいるのだろう。


この子が助けてくれたとは考えにくい。

それこそ、本当に精霊でもなければ。


「………君は何をされたんだい?勇者に」


少女は遺跡の棟を見据えながらそう聞いてくる。


「何をされた…………か」


唐突に、あの日の記憶が浮かんでくる。

先ほどのやり取りで一瞬薄れかけた憎しみが、体を焦がす。


「──俺の大切な人を、町を、壊されたんだ。」


今でも、鮮明に、ありありと思い出せる。

みんなの最後の姿。


何もできなかった俺の不甲斐なさ。


「絶対に、許さない。」


地面を見つめながら俺は血が滲むほどこぶしを握りこむ。


遠くの棟を見たまま、少女は何も言わない。


森の中を風が吹き抜けた。

気持ちの良い風が頬の熱を奪っていく。


「あぁ、ごめんね、急にこんな」


話を振ってきたのは少女の方からとはいえ、こんなにも重苦しい話をしてしまった。

つい、町の話になると我を忘れてしまう。俺の配慮不足だ。


「君、名前は何というんだい?」


棟から目を離さないまま、少女が口を開く。


「俺?あぁ、確かにまだ名前も言ってなかったね。俺はユーガ・フォミールって言うんだ」


今まで名乗らずに話していたのか。

そういえば、この少女の本当の名は何というのだろう。


「フォミール………」


小さな顎に手をあて、少女は俺の名前を口の中で転がしている。


さて、そろそろ俺を助けてくれた人たちにお礼を言って、これからの計画を立てなければ。


「さ、君の親御さんに────。」


「ユーガ。私と、契約しないか。」


「………へ?」


少女は考える姿勢のまま、俺の予想もしていない言葉を発した。

そういえば、この少女は精霊になりきっているのだった。


「いやいや、ごっこ遊びだとしても精霊とは契約はしちゃだめだって言われて────。」


俺がそう言いかけたのと同時に、少女が石から立ち上がる。


そして、正面にまっすぐに出した手から、極光が放たれた。


「ぐ………ぉぉぉぉお!!」


ものすごい風と衝撃波に俺の全身が吹き飛びかけたが、何とか地面にはいつくばって耐える。


「は…………………」


荒れ狂う風が収まったころ、やっとのことで目を開く。

喉から情けない声が漏れる。


「もう一度言う。ユーガ・フォミール。」


少女は俺に背を向けた状態から、振り返りながらそう言う。

はいつくばったままの俺を見下ろす形で。


少女は、俺の目をまっすぐに見据えてくる。

そして、はっきりとした口調でこう言った。




「────私と契約を結び、勇者を殺さないか?」




笑みを浮かべる少女の背後には、すべてが蒸発した森が広がっていた。

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