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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第一章 『最悪な出会いと最悪な別れ』
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第一章 第4話 『幼さと願い』

「いやっ…………!………っ………!」


思っていたよりも相手は抵抗してきた。

女に腕を引っかかれ、皮膚と肉がえぐれる。

焼けるような痛みが腕を走る。


「…………っ!…………………っ!!!」


相手は腕の中で、絶え間ない抵抗を続ける。

彼女は諦めない。


俺は、腕にさらに力を込める。


「──────っ! ──────っ!────────────」


小柄な体躯が痙攣し、そのまま動かなくなる。

口の端からは泡が垂れてきていた。


片手で支えるには重い、()()が腕の中に残った。


***


観察。観察。観察。


ひたすらに、情報を集める。

足りない頭で、出来る最高を。


もう何度やったか分からないが、再び部屋をぐるりと見回す。


窓の外から刺す光が明るい。おそらく今は昼間なのだろう。

窓についた鉄格子が部屋に入る光を遮り、床に影を落としている。


俺が拘束されているのは、そこまで広くない部屋だ。小さな窓と、俺と向き合う様な位置にある重苦しい木製のドア。


部屋の壁や床はすべて石でできている。

俺の両手両足は壁と鎖で繋がれ、宙づりになっている。

ちょうど、はりつけのような形だ。


鎖に繋がれた両手両足、とくに宙吊りの支えとされている両手は初めの頃は自重にさらされ痛みがあった。しかし、今となっては感覚もない。


ただ、回復魔術を使われる度に、感覚が帰ってくる。

それが喜ばしいことかどうかはさておき。


正面を見据えると、ドアの横に仮面を付けた女が座っている。

監視、と、そういうことなのだろう。


唐突に、ギィィィッ、と耳障りな音を立ててドアが開く。

ドアの隙間から、人影が滑り込んでくる。


現れたのは、仮面の男だった。

素朴な食事をお盆に載せている。


仮面は白を基調とする、簡素なものである。

目にあたる部分に、比較的大きい穴が開いており、鼻から下は仮面に覆われていなかった。


あくまで、素顔が他人に晒されるのを防ぐ目的の物のようで、防具としては文字通り穴だらけだ。


男と女は何やらこちらに聞こえない程度の声で会話をしている。


しばらくして、ひと段落ついたのか、もともと部屋にいた女が男と入れ替わりに出ていく。


観察してきて分かったことだが、床にある鉄格子の影は、入り口側から窓の真正面を通り、俺が拘束されている所までを動くようだ。


普通、鉄格子の影が入り口側に傾いている時間から、窓の正面に影がある時間の間に食事が運ばれてくる。


奴らは俺をすぐに殺すつもりは無いらしく、最低限の食事は提供される。

いつも、食事の提供と同時に見張りは交代している。


食事については、交代後の見張り番が身動きのできない俺に食べさせる、という形だった。


その間、奴らは一言も発さない。

ただ、黙々と、俺の口に食事を運んでいくだけ。


観察を続けていると、見張り番は大体同じ奴らが来るということが分かった。


余裕そうにこちらを見据えてくる、たまに居眠りをする体格の良い男。


見張り中はずっと髪をいじっている、細身だが筋肉質な女。


見張りの時は俺から一度も目を離さない長髪の男。


いつもビクビクしている気弱そうな背の低い女。


食事のあと、影がちょうど窓の正面にある時間から俺側に傾く時間の間に、もう一度見張り番が交代する。


───そして、陽が沈んだ後、拷問が始まる。陽が再び登るまで、ずっと。


「ぎ、ぁあぁぁあぁああぁ………!!!!!」


慣れるはずもない、ただただ苦痛な時間。

こればかりは耐えるほかない。


この時間の苦痛は、せっかく得た情報の大部分を蝕む。

夜が明ける頃には、昨日のことをほとんど覚えていなかった。


ただただ絶叫していた記憶のみが残る。

想定以上に情報を集めるのに時間がかかったのはそのせいだった。


そんな中、俺はある手法を編み出していた。


覚えておきたいことを、たった一つだけ、拷問中もずっと頭の中で繰り返す。


これにより、やっとのことで拷問の後も得た情報を保持できていた。


最近分かったことだが、回復魔術を使う女は、三日に一度ほどの頻度でやってくる。

そのため、女が来ない日は拷問後、死なない程度の簡単な処置を施される。


そこまでして拷問をする理由は不明だが、とにかく、奴らは毎日この流れを繰り返す。


長身眼鏡男がやってくるのは二週間に一度程度。

その日に得た記憶だけはどうしても次の日に持ち越せなかった。


あの男は拷問の途中にやってくる。

そして──────。


その先の記憶は無い。


と、ここまでが今のところの状況である。

かなり時間がかかってしまったが、十分な情報量だろう。


さて、この夜を乗り越えられたならば、俺は計画を実行する。

ここからは、運も伴う大博打になる。


今日の拷問も佳境に入ってき───。


「ぅぎあぁぁぁぁぁぁあっ!!!」


俺の腕が曲がっていはいけない方に曲がっている。

体格の良い男の仕業であった。


飛びかける意識の中、俺は部屋の扉が開くのを見た。


「ふむ。では、今日も始めようか。」


眼鏡の男が、うっすらと夜の闇に浮かび上がった。


***


小柄な女が料理を持って入ってくる。

俺の方を一瞥し、目が合うとすぐに顔を下げる。


そのまま、あまり気の進まない様子で、俺に近づいてくる。


俺の正面にお盆を置くと、食事の準備を始める。

女は、俺の方は一度も見ない。


髪は比較的短く切り揃えられているが、前髪で目元は隠れている。

すぐに準備を終え、女は俺に向き直る。


木製のスプーンですくって料理が口に運ばれる。

相手はかなり距離を取った状態で俺に食事をとらせていた。


「げほっ!がはっ!げほっ………!」


相手は驚き、むせた俺の方を見る。

目元はほとんど見えないが、反応で分かる。


「す、すみません……。昨晩から今朝にかけての傷が痛くて…………」


情けなく、俺は媚びるような顔をする。


女は少し考えるように顎に手をあてる。

まもなく、俺に先ほどよりも近づき、丁寧に食べさせてくれた。


もう少し。


「がはっ……!げほっ!」


同じようなやりとりをする。

女が一歩近づく。


もう少し。


「がっ……げほっ、げほっ……!!」


そして───。


「───え」


口に運ばれたスプーンを歯で噛んで奪い取った。

女は何が起こったか分からず、直ぐには動けない。


「────!!いやぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」


俺はそのままそれを、女の目に突き刺した。

もちろん鎖でつながれているし、首の力だけでは深手は負わせられない。


だが、目なら十分な被害を生める。


「フィルフィン!!!」


女がその言葉を発した瞬間、俺の右の手首から先が吹き飛ぶ。

左目を右手でかばいながら、女はとっさに左手を出していた。


その掌の先にあった俺の右手が被害を受けたのだ。


「─────っ!!」


鮮烈な激痛に一瞬脳が焼ける。

だが、今まで受けた拷問に比べれば。


俺は自由になった右腕を、女の首に回す。


「いやっ…………!………っ………!」


思っていたよりも相手は抵抗してきた。

女に腕を引っかかれ、皮膚と肉がえぐれる。

焼けるような痛みが腕を走る。


「…………っ!…………………っ!!!」


相手は腕の中で、絶え間ない抵抗を続ける。

彼女は諦めない。


俺は、腕にさらに力を込める。


「─────っ! ──────っ!─────────────────」


小柄な体躯が痙攣し、そのまま動かなくなる。

口の端からは泡が垂れてきていた。


片手で支えるには重い、()()が腕の中に残った。


俺は、命を奪った。明確に、確固たる意志を持って。


「う”…………おぇぇぇ”ぇ”…………」


腕の中にある、まだ温かい()()の存在を改めて確認すると、吐き気がこみあげてくる。

先ほど食べさせられた食事すべてを吐き出す。


「はっ………はっ…………はっ………………」


息を整える。

何となく、吐しゃ物は女の体にかからないようにした。


殺しておいて、何のつもりなのだろうか。

残念だが、自分でも分からないそんな感情に向き合う時間は今は無い。


猶予はないのだ。計画は次の段階へ。

ここからが大変なのだ。


俺の予想では、この女が…………………、あった!!


動かなくなった女の腰あたりに、光沢を発するものがぶら下がっている。


手首から先のない腕で女の体を動かし、なんとかそれを足元に持ってくる。


「…………くそ………………もう少し……………よし!!」


それは拘束具の穴にぴったりとはまり、回すと足の鎖が外れる。


「やっぱり、この女が鍵を持ってたか………!!」


女が持っていた鍵を使い、なんとか両方の足の拘束を外す。

——残る問題は、左腕の方である。


不自由な右腕と、両足ではどう頑張っても左手の拘束に届かない。

普通なら割をもう詰みの状況。


だが、俺はそれについての解決策を見つけていた。


「………………ぐぅっ…………く」


女の内ポケットに入っていた大きなナイフを口に咥え、右腕で補助しながら左手の肉を削いでいく。


正直、自分でも正気の沙汰とは思っていない。


あの町で暮らしていた頃はこんな方法は思いつかなかっただろう。

思いついたとしても絶対に実行はしていない。


手からあふれ出す血が、腕を伝って脇のあたりから床に落ちていく。

点々と、床に赤黒い模様が付いていく。


「もう……すこひ……………っ!!」


静かな部屋には肉がそがれる音のみが響き渡る。

そして─────。


「──────よし!!抜けた!!」


左手が遂に自由になる。

拘束具が甲高い音を立てて石の壁に当たる。


俺はその場に跪いて女の服を破き、傷になった部分に巻く。

簡単な応急処置だ。

と言っても、何の知識もないため、何かの見よう見まねだが。


「今は、こんなもんか」


見よう見まねの、簡単な処置を終え、俺は立ち上がる。

服に血がにじんでくる。


そして、女のナイフをいただき、その足で出口のドアへと向かう。

遂に、長いこと拘束されていたこの部屋ともお別れだ。


部屋を出る直前、俺はもう一度女の方を見る。

当たり前だが、女はピクリとも動かない。

窓からの光に顔が照らされ、目だけは光っているように見えた。


「……………。お前らがやったことを、俺は一生忘れない。だから、俺も忘れてくれなんて願わない。」


そう、誰に言ったかもわからない言葉を部屋に残し、重いドアを開けた。

ギィィッ、という耳障りな音が鳴る。


廊下に出る前に左右を見渡す。廊下も、部屋と同じような石造りだった。


窓は無いようで、外の光は入ってこない。

点々と、松明の火が燃え、道を照らしている。


廊下に出て、息を殺し、慎重に進む。

ボロボロになった靴はもはや役目をはたしていない。

ほとんど裸足で歩いているのと変わらなかった。


まっすぐに、道なりに歩いていく。

廊下は、先が見えないほどに長いようだ。

ずっと松明の光が奥に続いている。


想定とは違う進み方になってしまった。


交代で来る見張りの中ではあの気弱そうな女が一番強い。

そう確信してからはあの女が拘束の鍵を持っていると考えていた。


何故強さが分かったのか、と聞かれてもはっきりとした理由は言えない。


しいて言えば他の見張り番と彼女との交流を見た事だろうか。会話中に、彼女に対する畏怖の念を少し感じたのかもしれない。


あとは彼女の目だろうか。

オドオドしながらも、いつでもこちらを殺せる、という牽制を含んだ目つき。

それは今も明瞭に思い出せる。


ともかく、実力のあるものが鍵を管理すれば安全であるし、他の見張りが持つ理由もない。


鍵を任せられるとしたら実力のあるあの女だろうと、そう予想したのだ。


そこで俺は、奴の少しの油断を利用しようと考えた。

強い奴ほど弱者を前に油断する。

俺の勝ち筋はそれしかなかったのだ。


当初の計画は、こうだった。


まず、周期から考えて、今日食事を運んでくるのはあの気弱そうな女だろうと考えた。


また、一度目の交代から二度目の交代まではかなり時間が空くので何かあっても奴らに気づかれるまで時間がかかるだろう。そう予想したのだ。


そして、食事中に女を俺に近づくよう誘導し、ダメージを与える。

そうして怯んだ隙に、鍵を奪い、拘束具を外す。


「何考えてたんだろうな………俺………」


歩みを進めながら、そう自嘲する。


笑えるぐらいの、圧倒的に楽観的で、考えなしの計画。

今思い返すとなんと稚拙な計画だと思う。


結果、計画に無かった1人の命を奪ってしまった。


ただ、彼女と俺の実力差は歴然であった。

おそらく、こちらから殺さなければ俺は死んでいただろう。


手首から先だけで済んだのだから儲けものだ。


最悪の手段、つまりナイフを使った自傷行為で脱出したの、はそんな状況では些末な問題に思える。


実際、女を殺した精神的なダメージと左手の物理的なダメージではおそらく、前者の方が大きいだろう。

まだあの女の首の感触が右腕に残っている。


だが、結果としてあの拘束部屋から脱出できたのだ。

計画の第一歩は成功だ。


応急処置に使った洋服から血が垂れてくる。

特に、右手の切断面からの出血がなかなか止まらない。


歯を食いしばり、痛みを噛み殺す。

耐えろ、今は。


俺が死ぬのが先か、それとも──────。


そんな時、見慣れた後ろ姿が目飛び込んでくる。


廊下の少し先、立ち止まり、開いた本に目を通している男。


松明に照らされ、赤く光り輝く捻れた髪。

嫌と言うほど見た、あいつの背中。

朝日とともに遠ざかる情景が、鮮明に思い出される。


脳が沸騰する。


──────見つけた。


あいつだ。あいつだ。

あいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだあいつだ。


服の内側から、先ほど奪ったナイフを取り出す。

俺は、地面を蹴って走り出す。


考えるよりも先に体が動いていた。


慎重に歩いていたのが馬鹿みたいに感じるほど荒々しく地面を踏みしめる。


そして、相手との距離がぐんぐん無くなる。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!!」








俺は、男の背中に、ナイフを突き立てた。

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