第三章 第16話 『英雄妄想症候群』
「これ、本当に見えてないんですか?」
「珍しく私のことが信用できてないみたいでっすね!その質問五回目でっすよ!」
ユーガとコルは、更地になってしまった住宅街だった場所を行く。
ここも、少し前までは人々の笑い声が絶えない場所であったのだが。
「すみません……ただ、やっぱり実感が無いというか、信じきれなくて……」
ユーガから見れば、なんとも無防備に荒廃した街中を歩いている二人組にしか感じられない。
事実、目に見える結界のようなものに包まれているわけでは無いのだ。
「心配しなくとも、相手がどこから見ているかさえ分かれば私は失敗しないのでっす」
「実際、がっつり教会から見える位置にいても何の攻撃も来ませんもんね」
現状、ユーガの体が健在なのがその何よりの証拠なのだ。
変わり果てた街の中、このようにのうのうと歩くことは普通は不可能に近い。
むしろ、健在すぎる自分達が崩壊してしまった街並みの中では浮いていた。目立ちまくりなのだ。
それでも、呑気に歩くことができているのは──
「コルさんの『外套術』ってここまでのものなんですね」
「無論でっす!私はこれを生涯をかけて研究しているからね」
珍しく自慢げな表情をしているコルを見れば、ユーガのこれまでの不安は杞憂でしかなかったことは何となく分かる。納得はできないが。
『外套術』──空間を操作する魔術は無属性、という分類だ。火や水のような属性に分類されない。
その中の一つであり、原始的な時代から発展してきたと言われる空間系の魔術だが、その原理は不明なところが多い。
そのため、初級以上の魔術を扱うことができるものはほとんどいないのが実情だ。
初級といえば、小さな幻想──ドッジとの戦いでコルがやっていたような、花を降らせる、といった現象を引き起こせる程度のものだ。しかも、幻想に過ぎ無いので実態はない。
しかし、稀により高位の魔術が使えるものがいる──その一つが『外套術』である。
『外套術』は、術者の周囲の空間を作り変えることができる。もちろん、見た目だけであるが。
それだけ聞けば、初級と何ら変わりないようにも聞こえる。
『外套術』の真価、それは圧倒的な自由度の高さにあると、コルは言っていた。
初級の空間系の魔法は『あり得る』現象しか引き起こせない。
しかし、『外套術』は術者の技量次第でどのような空間をも作り出すことができるのだ。
例えば、花びら、という存在はエトワールにもありうる。
そのため、初級の魔術でも生み出すことができた。
その後の説明はとにかく頭が痛くなるような内容だったため、ユーガのキャパがオーバーしてしまった訳だが、
「つまり、コルさんの魔術は周囲の環境の自己への投影──『透明人間』になるってことですか」
「そういうことでっす!正確には、特定の角度から見られたときの、って感じでっすが」
そう避難所で聞いた時にはユーガは全く信じられなかったのだが──
「いや、今も信じられねぇ……!」
「もういいでっすよ!私も自分で魔術の効果を確かめるのは大変でしったから」
「本当に、不思議なもんですね……これが魔術の真骨頂か」
「エトワールで一番優秀な大学の教授でっすからね!これぐらいは何のその、でっす!」
「コルさん、そんな偉かったんだ…」
親しみやすすぎて分からなくなりがちだが、コルさんはおそらくエトワールでも高名な人なのだろう。避難所で何人かと顔を合わせた時に、相手の反応で何となく分かってはいたが。
「さて、いよいよ教会が近いのでっす。…申し訳ないが、少し集中させて欲しい」
「──分かりました」
いつになく真剣な表情をするコル。
こちらも背筋が伸びる。
「大詰めでっすよ、籠城犯さん」
***
「チェックメイトだ」
そして、時は長身の男とユーガ達が対面──実際には相手からユーガ達は見えていないので実際のところは一方的にロケイトを見ている形だが。
荘厳な造りの広間を通り、何度か入ったことがあると言っていたコルの案内でユーガ達は教会の最上部──屋上ではなく、前面がガラス張りの部屋に辿り着いていた。
ガラスにはところどころ模様や色が入れられており、日中であれば部屋の中もさぞ美しいのだろう。
コルによれば、ここに魔道具が設置されているとのことだ。
見れば、異質なほどに広い部屋の中央、なんとも形容し難い形の何かが置いてある。
「あれが──」
「魔道具でっす。あれさえ起動できれば、私たちの勝ちでっす」
コルが隣で頷いてくれる。
幸い、警戒しながら進みはしたが、特に敵の兵に会うこともなく、順調に万全の状態でここまで来られた。あとは、あそこまで辿り着ければ良いのだが──
「───。─────。───そこに、いるのだな」
「あぁ、お前からは見えてないだろうけどな」
目の前の男は動揺を数瞬をかけて飲み込んだ。
男は魔道具の真隣に立ち、こちらがいるであろう場所を見つめている。
表情の揺らぎも一瞬。やはりただものではないのは明白。
目が合っている気もするが、相手のあたりの付け方が上手すぎるのだろう。
「ユーガ、相手はかなりの切れ者だと思われるのでっす。こちらの魔術の利点を活かして素早く──」
「分かってますよ、コルさん。大丈夫です。しっかりやります。……でも、それでも」
ユーガは改めて相手を睨みつける。
ユーガよりも頭二つ分ほどの背丈。
体、手足は病的に細く、見るものを心配させるであろう程だ。明らかに、武闘派ではない。
長い紫の髪をオールバックにしている男は、血走った黄色い眼でこちらを見ている。
熱いものが、ユーガの胸の中を駆け巡る。
ユーガはこの男に、分からせなくてはならない。
そして、人々を、救わなければならない。
そう、ユーガならばできるのだ。
あの『幻竜』ですら討伐したユーガが。
そのための、力なのだ。
もう二度と、大切な人達を失いたくない。
エトワールは、もはやユーガの第二の故郷なのだ。
皆の希望を背負っているユーガが。
全員を救うために戦う。
ユーガは大きく息を吸い込み、
「どこのどいつだか知らねぇが、この都市にしたこと、ここに住む人達にしたことを後悔させてやる!」
言ってやらなくては。
分からせるのだ。ユーガが全てを救う、英雄だと。
お前はもう終わりなのだと。
「ユーガ、早く、次の行動に出なければ──」
「俺の名前はユーガ!『幻竜』も討ち取った男だ!この都市の人々は、俺が守る!」
そう、言った瞬間だった。
コルが何か言っていたが聞き取れなかったな、などという感慨に一瞬浸りかけたその時──
「ぶ」
「……え?」
音が消えた。
訳が、分からない。
どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
「成程、貴様が『幻竜』を。ならば、こちらも出し惜しみはせん」
目の前が、ドス黒い赤に染まる。
どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
「吾輩は、『閻魔軍』が『頭』、ロケイト・フィンディング。主の命に従い、この国を滅ぼしにきた次第である」
「うあぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
──四肢の吹き飛んだユーガの側、頭部だけになった『コル』が落ちていた。




