第三章 第14話 『遊戯の延長』
息を潜める。
自分から発される音を最小限にすると、周囲の音が一層際立って鼓膜を打つ。
木々の葉同士が擦れる音。小鳥の囀り。虫達の呼吸すら聞こえてきそうだ。
少年──コルは現在、負けられない戦いの最中にいる。
『身隠し』。それがコルの得意な遊びだった。誰にも負けない、自信がある。
鬼役は今も、コルのことを探して森中を探していることだろう。
とはいえ、小さな頃はよく負けていた。
昔、毎度一番初めに見つかってしまい、悔しくて親に泣きついた自分を思い出す。少し頬が熱くなった。
今思えば、隠れる場所を選ぶのが絶望的に下手だったのだ。
とは言っても、現在もそれは変わった訳ではない。むしろ、隠れ場所を真剣に考えなくなったので寧ろ酷くなったと言っても良いかもしれない。
しかしながら直近では無敗を誇るコル。
彼は、隠れる場所を選ばずに、必勝法を編み出していたのだ。
***
ロケイトは魔人国ウルティスの参謀である。
長年『閻魔軍』の『頭』の位を欲しいままにしてきた彼を、いつからか人々は『沈黙の黒衣』と呼ぶようになっていた。
先代、そして先先代と、二人の守るべき主を失ってきたロケイト。
そのため、『沈黙の黒衣』と言う二つ名を、愚鈍で役に立たない端役だという意味でロケイトは捉えている。
実際に民がどう自分を捉えているかなど関係がない。
ただ、事実がそこに転がっているだけなのだ。
政権が交代してからも『閻魔軍』の位持ちとして生きながらえていることは、ただロケイトの悪運の良さによるものだ。
監視の意味もあるのかもしれない。手元に置いておく方が目が届きやすい。
だからこそ、あのお方はロケイトを処刑しなかった。
少なくとも、自分の実績が評価された訳ではないと、そう思う。
そう、ロケイトは自分を過大評価しないどころか、全く評価しない。
故に、策は慎重に、慎重を重ね、自分の中で全てを構築する。
他人に手の内を話すこと──それが味方であっても──それは、わずかでも敵側に情報が漏れる可能性があるのだ。それゆえ、自分の策はほとんど自己完結できるものとする。
だからこそ、
「今回、奴と組むことになったのは不運極まりない。吾輩をして不服」
ドッジのような浅慮なものと行動を共にするのは骨が折れる。
元々策の共有は最低限にするつもりではあったが、ここまで聞き分けがないとは思わなかった。
せめて、『左腕』、『右腕』であったならば。
「……そもそも奴らを別に運用したのは吾輩。責任を問う相手もおらぬ」
沈黙、と言う名に相応しくなく、珍しく独り言が多い。
それもそのはずだ。
もう既に、全ての策は動き出した。あとは、結果を待つのみ。
しかも、ロケイトの今回の立ち回りは相手の消耗を待つというもの。
地道極まりないが、これが確実。他の策との兼ね合いもあるが。
自分を評価していないロケイトにとって、自分の安全は主の次に大切である。
それ故の、この長寿だ。
「寒波の到来まで待つ。それが吾輩達の勝利条件。実に単純」
クロワールの寒波は昔は大勢の死者が出たという自然の猛威。それは、夜明けには到来する。
消耗しきった人民に、それを防ぐ手立てはないだろう。
それ故に、この建物──大教会は最適であった。
何重にも魔法がかけられた大教会を見たロケイトは、珍しく勝利を半ば確信してしまった。
この建物には、魔術、ひいては致死的な寒波ですらなんのことは無いはずだ。
自然の理を変えてしまう程の強大な力──それこそ大精霊や勇者の剣ほどでも無い限り、傷一つ付かないだろう。
だからこそ、軍のほとんどの戦力は実際に市街地を破壊しある程度の仕掛けをさせた後にウルティスへと引き上げさせた。もはや、ロケイト達に負ける道理は無い。
その次の、もっと大きな、大きな戦いに備えなければならない──
「よぉ、びびっただろ」
故に、ロケイトは混乱していた。
この大教会からはほとんどこの都市全てを見通すことができる。
勝利を目前に一瞬の気の緩みもなく、文字通り、血眼にして町中を見渡していた。
特に、この教会に近づいてくる生物に関してはネズミ一匹見逃していない。
それだけは間違いない。
ロケイトの視界に入ると言うことは相手の死を意味する。
我ながら、理不尽な力だとも思う。
どんな魔術も、攻撃も通さない完全防御の建物。
そして侵入を許さない鉄壁の監視体制。
そう、攻略は無理なのだ。無理なはずなのに──
「──チェックメイトだ」
そう、室内の虚空が揺れたのだった。




