第三章 第13話 『決まりきった結果の始まり』
「ワタシは!知っているとも!分かっているとも!憎んでいるとも!嘆いているとも!」
「うおっ……!!」
瞬間、辺り一面が火の海になる。
「石が燃えてる……炎の原因はお前か!」
ユーガは眼前、下から掬い上げるようにして棍棒を振ったドッジを睨み付ける。
間一髪、ユーガとコルは棍棒から発される爆炎を回避していた。
「棍棒軽く振っただけでこれって、何つー攻撃範囲だよ……それに」
「やはりこの炎、普通の炎ではないようでっすね」
ドッジ持っている棍棒は、茶色を基調としたシンプルなもので、ところどころに紫色の意匠が施されてる。
特段変わったところのない棍棒──先端に嵌め込まれた大きな魔石と、振るった軌跡上に発生した爆炎が街の石畳を焼き、ユーガたちの背後の家丸ごと一つを火だるまにしていたことを除けば、だが。
石畳、石造りの家が燃えているという不自然さ。
石は崩れ、家はもはや形を保つことができない。重い音を立てながら家が崩壊していく。
「実際に見ると、とんでもなく胸糞の悪さが再燃するぜ……!」
***
ユーガは、避難所にいた人たちから話を聞いて回った。情報が、必要だった。
そして、ある共通事項に気づくまで、そう時間はかからなかった。
皆が最初に触れるのは揃ってこの炎のことだった。
エトワール襲撃の始まりは、この凶炎。
その日もエトワールでは、人々は広場で談笑し、住宅街では子供達が走り回り、商店街は賑々しい雰囲気で、いつも通りの日常が送られていた。
人々は魔術の鍛錬を欠かさず、大魔導士に感謝し、人とのつながりを慈しみ、その人生を最後まで全うするはずだった。
そう、今朝までは。
何の前触れもなく、降り注ぐ炎により、広場、住宅街、商店街、全てが炎に包まれた。
エトワールの人々は、なす術なくこの凶悪な炎に焼かれたのだ。
皆、この炎に恐怖し、精神を磨耗させている。
避難所で話を聞いていると、涙を流すもの、もはや言葉を発せず、震えることしかできないものもいた。
ユーガは、そんな人たちにかける正解の言葉を持たなかった。
ただ、全員、救います、と。ただそれだけ言って、覚悟を固めたのだった。
***
そして、悪趣味なこの攻撃の悪質さは、その突然性、被害範囲だけではない。
ユーガは跡形もなくなった家の方を振り返り、世界からの消失を認識する。
「骨も残らない、か。みんなが言ってたことは本当みたいですね」
「……おぞましい、としか言いようがないでっす」
身内の安否すら、確かめることができない──凶炎に焼かれれば、亡骸が、残らないのだから。
誰も、その顔を、生きている顔を見ないことには相手の現状を知ることができない。
愛したものの最後も、永久の友情を誓った友の姿も、一生、見ることができないのだ。
それは一層、都市に暮らす人々の精神を蝕むのだ。
しかし、もちろん人々もやられ放題ではない。
苦しむ仲間を救うため、都市を守ため、閲星教の教えに従い鍛錬を積んだ人々は、その魔術の力を遺憾無く発揮したのである。
そう、閲星教の教えの真骨頂は、兵役に行っているわけではない民でも、ある程度は魔術を扱え、対抗する手段を持っているということだ。
──しかし、常外の存在は、いつでも鍛錬、修練を嘲笑う。
降り注いだ炎は、耐火の魔術がかけられている家々が易々と燃やし、『序列隊』の研ぎ澄まされた魔術でも消すことができなかったという。
もちろん『序列隊』の補欠部隊の者達だったから、という見方もできるが、本隊が異常なだけであり、補欠部隊も十分すぎるほどに精鋭だ。それこそ、隊を組めば低位の竜も討てる程に。
「だからこそ、やべぇって話だよな、この炎。多分、俺と同じか?」
本来燃えるはずのないものが燃え、そして水をかけたり、風魔術でも消えない。
そんなものは、権限のような理外の力などで引き起こされることが多い。敵の事情を考えるに、権限という線が濃厚か。
「逃げているとも、恐れているとも、分かっているとも!」
そして、この覆ったものがこの世から消えるまで燃やし尽くす、炎の仕立て人がドッジということだ。
コルと共に少し離れたところにある民家の屋根に逃れたユーガは改めて相手を見据える。
ユーガより少し小さいだろうか、中肉中背。しかし、眉の上に切り揃えられた短髪が幼い印象を持たせる。
仕立ての良い服を身に纏っており、その姿は貴族を彷彿とさせる。
見た目については特筆すべきはその程度だろう。──その、黄色く見るものを怯えさせる眼と紫の髪色を除けば。
「魔族か、実際に戦うのは初めてでっすね……それよりも、気になるのは彼の肩書き」
「そうですね……聞かなくても分かっていだけど」
「改めて、敵の厄介さを認識することになってしまったでっすね」
そう、彼は強い。それこそ、このレベルに太刀打ちできるのはソレイユとかその辺りのレベルだ。
ユーガは、相手の実力を余すことなく推しはかることが出来る。もちろん、ティアのような規格外には通用しなかった訳だが、常外で無ければ評価を外さない。
そして、相手の名乗った肩書きがそれを裏付けていた。
──『閻魔軍』という隣国ウルティスの誇る最高戦力の、しかも『胴』だ。
故に、ユーガは焦っていた。
「ユーガ、この少年は流石に私たちの手に余るでっす」
「そうですね……スピカさんの身体強化があったとしても到底勝てる相手じゃないです」
そもそも、2人にかけられたスピカによる身体能力向上の魔術──これが無ければ最初の一撃で2人とも焼き死んでいただろう。
スピカの魔術──身体能力強化の魔術とは聞いていたが、これがかなり汎用性が高かった。その効果もユーガが本で学んできた一般的な身体強化の魔術とは一線を画すものだった。
まるで、自分が複数人で一つの動きをしているかのような力、速度を出すことができる。
元々が貧弱なユーガではなく、これがソレイやベガに適用されれば敵無しなのではないだろうか。
そんな優れた魔術を褒めても、「そんなに大したものじゃないわよぉ…どれだけ頑張っても、届かなかったんだから」と遠くを見るような目をしていたスピカに、ユーガは深入りはしなかったわけだが。
「無論、こやつも敵。倒さなければならないことには変わらないでっすが、どうも、私の魔術とは相性が悪いでっす……ユーガくん、君もでしょう?」
「────」
「事情があって君の能力について明かせないのは承知しているでっす。ただ、私は教師。相手がどんな問題にぶち当たっっているか、なんて手に取るようにわかるものでっす」
得意げなコルにユーガは瞠目し、
「……やっぱ、コルさんには敵わないな」
「当然でっす。自分でも、これほどの適職はないと思っているのでっす」
思えば、出会った時からコルに助けてもらってばかりだった。
ユーガの知らない魔術の側面について教えてもらった。
心身ともに傷ついた人々から話を聞き出すのに難儀していたところを助けてくれた。
そして今も、こちらの事情に深入りはせず、それなのにユーガのことを気にかけてくれている。
「ありがとうございます、コルさん」
「大したことは何も。私も、君を信頼しているでっすよ!」
そう、どうしようと、思考停止している暇はないのだ。
ユーガは、多くの期待を背負っている。
「とりあえず、最初の目的──教会を目指します」
「承知した!今は少なくとも炎のおかげで目眩しになっているようでっすね。感謝するべきかは置いておいて」
遠方からの攻撃が来ないことからして、教会の敵はこちらに手出しできない状態らしい。
そのことは行幸であるが、目の前の壁の分厚さは変わらない。
「──来ます」
しばらくこちらの様子を伺っていたドッジが跳躍、こちらへの距離がぐんぐん縮まる。
彼はスピカの魔術で強化されたユーガ達と同等──もしくはそれ以上の身体能力らしい。
「作戦『3番』で行きます!」
「承知!」
ユーガが叫んだ直後、コルは手のひらを空に掲げ、雲を発生させた。
その雲から降ったのは雨──ではなく、黄色の花びらだった。
「──?まぁ、関係ないとも!」
ドッジは一瞬、その様子に気を取られたようであったが、間も無くこちらへと意識を切り替えた。
「くっそ、あんまり時間は稼げねぇか……!」
「そこまで私の魔術が気を引けるとは思ってなかったでっすが…こうも簡単に看破されると少し傷つきまっすね!」
一瞬で最適解を引かれ、ユーガは歯噛みする。
2人は足場にしていた家屋が火だるまになる直前、大きく飛び退いた。
六軒ほど離れた家へと着地した2人のもとへ、休む暇もなくドッジが飛び込んでくる。
「あぶね……!こっちは裏技使ってるってのにそれに余裕で追いつかれるのかよ!」
「息つく暇も──」
コルがそう言いかけ、次の瞬間にはユーガ達のいた周辺の家が焼き払われる。
ドッジが横方向に棍棒を振り、その軌道上にあった家が全て燃えた。
「大丈夫ですか、コルさん!」
「ええ、なんとか。……かなり、危ないところでっしたが」
コルは上着を脱ぎ捨て、理知的な顔つきとは裏腹に鍛え上げられた上半身が顕になっている。
すぐ隣を見れば、先程まで着ていた仕立ての良い服は燃えカスになりつつあるところだった。
荒い息をつきながらも、ユーガはとりあえず胸を撫で下ろした。
ユーガとコルは一旦、大きくドッジから距離を取っていた。
それも、身体能力強化魔術のほぼ全ての効能を一挙に使って。
「魔術効能の一点凝縮。そうしないと今頃死んでいた頃でっす」
「これで強化魔術の効果はほぼ期待出来なくなったと……教会から少し離れてしまったわけですし、苦肉の策ですね」
ユーガ達は教会に向かう方面とは別の方角に跳躍していた。
屋根をいくつも飛び越えた先の通りに身を潜めている。
「とりあえずは、ここで体勢を立て直したいですね」
「そうでっすね、ここは凌がなくては始まらないのでっす。どうやって教会に近づくべきか……」
考え込むコルを見て、ユーガも現状に改めて目を向ける。
コルは自分の魔術と相性が悪いと言っていたが、それはユーガも同じ。
相手を焼き尽くすまで終わらないであろう炎、それは半永久的に回復し続けられるというユーガの権限にしてみれば天敵になりうる。
焼かれた時点で永久機関の完成。そして、『詰み』だろう。
しかも、これは想定外の敵。
ユーガの頭にあったのは教会に籠城している人物なのだ。
「長身の男以外にも来てました、ってのがこのレベルのやつなのが笑えねぇな……ドッジを突破できればあとはコルさんと協力して──」
「分かっているとも、憐れんでいるとも、寄り添っているとも!」
その瞬間、一際大きな爆炎が数軒の家々を巻き込み、ユーガたちは飲み込まれた。
なす術なく、ユーガ達は爆炎の中に飲み込まれたのだった。
***
確実に手応えがあった。
最大火力に近い、一撃。
今頃彼らはその体を構成するマソやログを糧にした炎で焼き尽くされているだろう。
「あぁ、なんと、呆気ない……こんなにも、ワタシは怒っているというのに」
世界が悲鳴をあげながら燃えていく音を聞きながら、ドッジは独りごつ。
瞼を閉じれば、懐かしい風景がドッジを包み込む。
もちろん、戦の中で瞼を閉じるなどということは愚者の選択に他ならない。
しかし、ドッジには強者の、真の強者の自信と余裕があるのだ。
だからこそ、その余韻に、今は浸るべきで。
「──カルロス」
数少ないドッジの友人の名前が口から溢れる。
この炎は、彼の怒りだ。そう、自分は、代弁者なのだ。
だからこそ、
「ありがとうございます、レオさん」
炎の中からその姿を現した敵に、ドッジは少し驚かされた。
なぜ、という問いの解答はすぐに用意されていた。
先ほどまで追い詰めていた2人の後ろには、消耗し切った様子の別の人物が現れていた。
おそらく、この不可解な現象はこのレオ、と呼ばれた人物の仕業なのだろう。
「に、二度は防げねぇ。早くいけ!!」
「はい!!」
走り出す二人。その足は最初のような俊敏性はなくて。
「その程度なら、瞬きの間に追いつけるとも!」
逃さないと、踏み込んだドッジは違和感に眉を顰めた。
自分が発したわけではない炎の感触。空気を焦がす、炎。
その源は背後にあって。
「よぉ……俺っちの魔術の相手してくれや。普段はもてあましちまってよ」
「ほぉ、なんとも鮮烈な登場だとも」
振り返ると、決して上等とは言えない衣に身を包んだ男が立っていた。
「はは、ありがとよ!敵を讃えるたあ、余裕があるこって」
「自信はあるとも!……ただそれ以上に、そちらの『炎』が気になってしまう」
そうドッジが言うと、黄色い歯を見せて男が嗤った。
そして──
「俺っちはギウス。泣きべそかいたってもう遅いからな?───覚悟しやがれ」
空気が、焦げるにおいがした。




