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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第三章 『異端者達のお茶会』
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第三章 第10話 『襲撃』

「なんかすげー静かだなぁ」


話し相手が居ないというのはこんなにも寂しいことだったか。

なんだかんだで最近は誰かが傍にいたのでそんな感傷に浸る。


ユーガは現在、残り少しのエトワールまでの道のりを一人で歩いている。

つまり、ベガ、ソレイユと一時的に分かれたのだ。


というのも、エトワールまであと一歩というところで、ユーガ一行はとある村に滞在することになった。


しかしそこで起こった『タマターマ殺人事件』のせいで足止めを食らってしまい、冬季に到来すると言われている寒波が訪れるまで時間がない状況になってしまった。


寒波に対して対応策のあるソレイユとベガは村に残り事件の後処理をしている。

しかし、寒波に耐えられないであろうユーガはひとまずエトワールに向かっているのだ。


「しかしなぁ……あんな事件が起きるとは思ってなかったぜ」


ユーガは事件を回想するが中々に鮮烈な出来事だった。

事件発生から解決まで怒涛の展開だったわけだが、何とか解決できてよかった。


「まぁ、あとはあの二人が上手いことやるだろ。……喧嘩しないといいけど」


あの二人だけを残していくことの不安要素はそこだけだった。


超人的な実力を持つ二人は、最悪な出会い方だったのもあり、関係はあまりよろしくない。

おそらくベガの図太すぎる物言いがソレイユには気に食わないのだろう。


だが今後、共に冒険を続けていく仲間なのだ。

今回の共同作業で軋轢が無くなるとよいのだが。


「まぁ、期待半分で待ってるか」


このまま歩けば、あと数時間でエトワールに着くはずだ。

二人のために、エトワールの『シリウス』でパンを焼いておこう。


ユーガはここにいない二人に思いを巡らせながら歩みを進めるのだった。




  ‐◆◇◆‐




「お、見えてきた見えてきた」


その後特に問題なく道をたどっていったユーガは遂にエトワールにたどり着く。

ユーガの眼前には美しい都市が広がっている。


エトワールは山々と海に挟まれた場所にある、街全体に傾斜のついた都市だ。

そのため、山に立つユーガには美しい海も、街並みも、一望できる。


遠くに、ユーガの店も見えて──



「え……?なんだ、あれ?」



街の様子が、おかしい。

家々から黒い煙が立ち上っており、遠くの海をよく見れば海岸沿いの部分が赤黒く染まっている。


「ちょ、ちょっと、待ってくれ」


ユーガは慌てて山を下りていく。

何か、良くないことが起きていることを直感する。


そして、その直感がぼんやりと、「何か良くない」と示しているときは大抵取り返しのつかない、何かが起きている。


ユーガは木々をかき分けながら、傾斜で転ばないように速さを調節しながら、最大の速度で山を駆け下りる。




    ✼✼✼




「はぁ、はぁっ……はぁ……誰か、誰かいないか!」


山道からつながる都市への道を駆け抜け、ユーガは大通りに出た。


海に沿って伸びた、山間部と海のちょうど間にある大通りはいつもならば賑わっているが、ユーガの声に答える者は誰もいない。


大通り沿いには商店街が立ち並んでいるのだが、客の姿も店員の姿も見えない。

遠くに見える家々からは真っ黒な煙と共に何かが焼き焦げる嫌な臭いが漂ってきている。


「なん、なんだよ、これ」


ユーガは歩きながら海の方へ目を向ける。

やはり、海岸沿いに近い海は赤黒く染まっていて。山の上から見たものは見間違いではなかった。


歩き続け、ユーガがパン・デ・チョコラットを配っていた広場までたどり着いた。

いつもならこの広場も、大通りも人で溢れかえっているはずなのに、誰の姿も見えない。


「いやだ……そんな……そんなはずない」


最悪な記憶が頭をよぎり、目の前が明暗する。

ユーガはしゃがみ込み、頭を抱えた。


「いやだ……いやだ、いやだいやだいやだ!」


真っ黒な故郷での記憶と、エトワールが重なる。


あの日も、こんな感じだった。

異様に静かで、気味が悪かった。


知った顔が、知った顔でなくなること。

慣れ親しんだ場所が、地獄と化すこと。


頭に刻まれたそれを、嫌でも思い出してしまって。


「そうだ、まだ、あっちの方に」


ユーガは黒煙が上がっている住宅街の方に目を向ける。

もしかしたら、煙で助けを求めているのかもしれない。


市民の家が集まる住宅街に行けば、誰かいるかもしれない。


そうだ、まだ何も確定していない。

どこかに、助けを待っている人たちがいるはずだ。


誰も、死なせない。

ソレイユとユーガが必至で守ったこの都市の人々を。


「はっ……はっ……」


ユーガは地面を蹴って走り出した。

不気味なほどに静かな街に、ユーガの荒い息だけが響いている。


もはや慣れたはずの坂道は、どこかいつもよりも急な気がして、息がすぐに切れる。

しかし、モタモタはしていられない。


誰かが、いるはずなのだ。

ユーガ達を待っている誰かが。

そうでなければおかしい。


だって──



「へ………あ……?」




住宅街の通りには、血の絨毯が引かれていた。



その源は、あちこちに倒れている、否、()()()()()人の残骸だ。


「あ、ぁあ、あ」


その様子は様々で、手首から先だけのものや、腰から下だけのもの、頭部だけのものなど、その数は計り知れない。


「あ、あぁあぁ、ああああぁぁ」


駄目だ。崩壊する。耐えろ。

ここで、耐えなければ──


ふと、視線を彷徨わせていると知った顔が目に入る。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


そう、()()()()


「あ”っ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」



──ユーガの数歩先、ネブの頭が落ちていた。


「い、やだぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!」


ユーガは身をひるがえし、来た道を戻っていく。

坂道を下り、全速力で駆ける。


いつの間にか常連になっていて、いつもユーガのことを気にかけてくれていたネブ。

彼の言動にはいつも助けられてばかりで。


その恩返しを、これからしていこうと、そう思っていたのに。


「がっ、ぐっ、ぎぃっ!」


全速力で坂道を走っていたので、途中で足が追い付かなくなり、顔から思い切り転ぶ。

そのまま坂道を転げ落ちた。


勢いは中々収まらず、かなりの距離を転がった。


「いた、い……いたいよ……」


全身を強打し、顔もつぶれた。

その鈍い痛みにすべてが嫌になり、道の真ん中でうつぶせに寝たまま起き上がれない。


「いたい、よ……」


視界が歪み、目からこぼれるそれを止められない。

この程度の痛み、竜に割かれた時と比べればマシなはずだ。


でも、肉体の痛みには耐えられても、心の痛みには耐えるすべはない。


「いたいよぉ……ぐぅっ……いたい、いたいよぉ……」


年甲斐もなく、子供のように鼻水を垂らす。

鼻からあふれ出る血と混ざりあったそれは醜悪な色に染まっていた。




   ✼✼✼




しばらく全く動かず、寝そべっていた。


半不死の権限が発動し、体の痛みも顔の惨状も消え去っていた。


しかし、それでもなおユーガは一寸たりとも動いていない。


その間も、誰の声も、物音も聞こえなかった。

辺りを包むのは、不気味な静寂だけで。


ユーガは、何か聞こえてくれと願っていたのだ。誰か、自分に立ち上がる理由をくれと。


それがなければ、きっと自分はここから動けない。

他力本願なのは分かっている。それでも、一度崩壊した精神を立て直すにはきっかけが必要なのだ。


何か、誰か、ユーガにきっかけを──


「なん、だ……」


不意に、甲高い音が鼓膜を揺らす。


音のした方に目を向ければ、海鳥が鳴いている。

住宅街から駆け下りてきたので、大通りを挟んで逆側の海の辺りに来ていたのだ。


そんなことも気づかなかったのかと思えるぐらいには落ち着きは取り戻している。

ただ、今は立ち上がるのが限界なぐらいで。


半不死の権限は、発動するたびに少しだけユーガを落ち着かせてくれるのだ。

まるで思考が再生成されるように。


ゆっくりと立ち上がり、海岸沿いの方へ歩いてみる。

見れば、海鳥が群がっているのだ。


何があるのか確かめようとして──


「───っ、……まじ、かよ」


腐臭。それと共に、不快な音が鼓膜を揺らす。


正面、海岸沿い一面にに沢山の()()()()部が落ちている。

それを海鳥たちが食べているのだ。


ついばみ、肉を引きちぎり、飲みこむ。

海岸を覆いつくさんばかりの海鳥たちが人間だったものを白い骨へと変えていく。


住宅街で見たものと比べると、大きいもの、胴体や上半身などが多い気がする。

そのため、住宅街ではなくこちらに海鳥たちが集まっているのだろう。


海は、そんな人間だったものから流れ出る血や、それが体全体に付着した海鳥が水浴びをすることにより、赤黒く染まっているのだった。


「お、ぇえぇぇ……えぇぇえ」


こみ上げる吐き気を止められない。

先ほどよりも人間らしきものが鳥たちに蹂躙される様は見るに堪えない。


「く、そ……誰か……」


ユーガは腐臭の充満する海岸を離れる。

ここにいると気が狂いそうだ。


ゆっくりと坂道を上り、再びパン・デ・チョコラットを売った広場に戻ってきた。

その間ももちろん誰とも出会わなかった。


「前にも座ったっけな、ここ……」


ユーガは近くの長椅子に腰を下ろす。

そこで、久しぶりに思考を再開する。


この都市で、エトワールで何が起きてるんだ?


最後にこの都市にいたのは首都へと発つ前。

しかし、このような惨状の予兆など全くなかった。


むしろ『幻竜』が討伐され、平和が戻ったと都市中が歓喜の色に染まっていて。

そこにはネブもいて──


「そう、だ。店……」


ユーガは自分の店に行くのが直近の目的だったことを思い出す。

とりあえず、店の無事を確認して、そこでゆっくり情報を整理して、と考えながら立ち上がる。




「─────っ?!」




次の瞬間、ユーガの腰から下が吹き飛んだ。

否、吹き飛んだというよりかは、えぐり取られたような──


「あ、ひっ……あぁぁぁ、あ、あ」


痛みに脳が支配され、叫び声を出すこともままならない。

情けなく、かろうじて無事だった肺から漏れ出た空気を吐くだけ。


だくだくと、血が流れていき、体の熱が冷めていくのを感じる。


「あ……あぁ……」


これまでにない速度で血が失われる。

そのまま、意識は闇の向こうへと──


「あ”、ああ”ぁぁぁぁぁあっぁあぁぁ!あ”ぁぁぁぁああっぁあ!」


行くはずもなく、痛みと共に苦痛が脳を蹂躙する。


無論、えぐり取られた部分は痛い。

それこそ、その痛みの刺激で死んでもおかしくない程に。


しかし、この忌々しい権限の苦痛は痛みとはまた異なる。

自分を根本から変えられているような、痛み、苦しみ、かゆみ、熱さ、冷たさ、辛さ、すべてを混ぜたような。


なにがなんだか分からないが、ユーガはそれに耐え続けるしかない。


「はっ……はぁっ……はぁ……何が、起きたんだ……?」


状況を把握しようと、ふらつく足で立ち上がり辺りを見渡すが、誰もいない。


しかも、今回はかなり権限が終了するまでに時間がかかった。

おそらくいつもと違い、下半身が()()したからだろうか。


かなり精神的な摩耗が大きい。


「攻撃されたはずなんだ!どこかに、誰か──」


そう言いかけたところで、今度は右肩から反対側の脇腹にかけてが円の一部のように抉られる。


「ぶぁ」


生命維持に必要な肺や心臓などをごっそりと持っていかれ、声すら出せなくなる。

一瞬にして意識は闇の中へ落ちる。


しかし──


「ぎ、あぁぁぁああぁぁぁぁああぁ!」


ある程度必要なものが戻ってくれば声はまた出せるようになって。


「なん、何だ、これは!」


少しずつ目の焦点があってきたユーガは頭を振る。


先ほどは耳を澄ませ、辺りを見渡し、攻撃の前兆などを観察したが何も聞こえなかったし、誰も動かなかった。


なら、たまたま見えていなかった所からの攻撃かもしれない。


もう一度、よく周りを見て──


「──────」


─────────。


───────────。


─────────。─────────。


「は」


呆けた声を出して、ユーガは自分の顔を触る。

ちゃんと、ある。手のひらに、自分の頭が収まっている。


おそらく、今頭をやられた。


「やばい……やばいやばいやばいやばいやばい」


ユーガは走って近くにあった民家に走る。

そのまま急いで扉を閉めて、鍵もかった。


「はぁっ……はぁ……っ」


相手の動きは全く見えず、音も聞こえない。とりあえず身を隠す選択は間違っていないはずだ。

鍵は意味が無いだろうが、無いよりはマシだと思いたい。


「これは……想像以上にやばいかもしれない」


荒い息をつきながら、ユーガは『幻竜』との戦闘を思い出していた。

あの時は、最初の段階で思考を停止し状況に向き合うのを諦めていた。


最終的には運よく討伐に成功したわけだが、あの時は運だ。

しかし、あの時、最初から状況を分析していれば、もっと早い段階で決着をつけられただろう。


ユーガは、ここまでの戦いで、自分の権限の扱いに対する答えのようなものを見つけていた。


「身を挺して相手の情報を得るって言うめちゃくちゃ有能そうなものなんだけど……」


正直、今回は相手の様子が全くと言っていいほど分からない。

一方的にやられっぱなしだ。


「ひぃっ……!」


「え?」


か細い声が聞こえて声のした方を見ると、小さな女の子を抱いた母親らしき人物が机の下に隠れている。


机の下にいてよく見えないが、おそらく女の子が声を出してしまったのだろう。

女性が女の子の口をふさいでいる。


「だいじょ……」


「お願いします!この子の、この子の命だけは……!まだ、五歳なんです……!お願いします!」


ユーガが声をかけようとした矢先、女性の方が必至の形相で女の子をかばう。

女の子は目いっぱいに涙を溜め、それでも泣くまいと女性の服をつかんでいる。


「いや、俺は」


「お願いします……!」


女性はユーガが何を言っても聞いてくれない。

これ程までに怯えてしまうとは、エトワールで何が起こっているのだろうか。


しかし、この怯えよう。

この女性は何か知っているのかもしれない。


女性に、ユーガはゆっくりと話しかける。

いきなり机の下をのぞき込めばより恐怖を感じさせてしまうかもしれない。


今は立ったまま話すのがよいと考え、目が合わないままに話す。


「大丈夫です。俺はあなたたちの敵じゃない。何があったか教えてもらえますか?」


「敵じゃ……ない」


「そうです。あなた達を助けるためにも、何が起こっているか知りたいんです」


ゆっくりと、言い聞かせるようにユーガは話す。

少しでも、何か情報が欲しい。頼む。


「……たら終わる」


「え?」




「──見られたら、終わるんです」




絞り出すように女性がそう言った瞬間、ユーガは頬に熱を感じる。否、体全体にだ。


「──ッ!火が!」


ユーガが気づいた時には家は炎につつまれつつあった。

幸いまだ逃げ道はありそうだが、燃え広がる速度が尋常でない。


しかも、エトワールの家は基本レンガでできている。

それが燃えているという異常事態。この炎には何かある。


「早く逃げましょう!今ならまだ──」


逃げ道が炎に包まれる前に脱出することが必須なのだ。


そうして机の下をのぞき込んでユーガは絶句する。


「そん、な……」


「この体では私は無理です……この子を、お願いします」


女性の右足、太ももの半分から下がなくなっていた。

慌てていて気付かなかったが、玄関から机の下にかけて大量の血で血だまりができている。


「この子を……どうか」


女性はユーガの服の裾をつかみ、懇願する。


しかし、ユーガはどうすれば良いのか分からない。

頭が熱を帯び、周りの炎がそれを加速させる。


どちらも助けたい。

だが、女性は動けない。ユーガが運んだとしても、おそらく間に合わない。


では女の子に先に出ていかせて一か八か──


いや、だめだ。外では得体の知れない敵が攻撃をしかけてくる。

ユーガといれば、少なくともユーガという肉壁がある。


しかし、全部救いたい。

全員助けたい。だって、ユーガは『幻竜』も倒したし、村だって救ったし、できる、はずなのだ。


やらなくてはならないのだ。




「──お願いします」




「う、あ、ぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」


女性が、ユーガの裾を放し、頭を下げた。

ユーガは、考えるのをやめ、女の子の手を引いて家の外へと出る。


去り際に見えた女性の顔は、微笑んでいるように見えて──


「うぁっ……!」


直後、家が爆炎に飲まれる。

中からは、女性の断末魔が聞こえ──


「いや、聞こえない。聞こえないんだ、そんなものは」


ユーガは背中に熱を感じながら。女の子の手を引いて走り出す。

とにかく、今は遠くへ。


「聞こえない、聞こえないっ!」


耳にこびりつくその声は、ユーガの妄想なのか、それともあの女性は未だに苦しんでいるのか。


その答えを知ることができないユーガは、今はただ遠くへ逃げ続けることしかできないのだった。

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