第三章 第9話 『呪いの剣士』
この男は──
ソレイユは最年少で近衛騎士団副団長となった。それ自体は大変名誉なことであり、ソレイユにとっても誇らしいことではあった。
しかし、戦闘経験自体は『序列隊』隊長の中では最も少ない。
年齢と経験というものは切っても切れない関係にあるのだ。
単純な戦闘経験で言えば、騎士団団長や『序列隊』三番隊隊長らの方が上だろう。
そうは言っても、戦闘経験の少なさと実力が直結していない、させていない、というのがソレイユの自慢だ。
しかも、その腕っぷしを認められ、数々の任務をにあたる事ができたソレイユは。これまでにも数々の強者を相手にしてきた。
──そんなソレイユは、これまでにこの男ほどに強い人間と命を賭して戦ったことがなかった。
強い相手は人外含め沢山居た。
訓練を含めれば、戦った団長はソレイユよりも相当に強かった。が、あれはあくまで練習なのだ。
この男は、本当の命の奪い合いで相対する相手としては、これまでとは別格。
少しの油断で死に至るということが肌で分かる。
男と武器をかち合わせたまま、呼吸するのにも注意を払う時間が流れていく。
「───ッ!」
瞬間、ほんの少しだけ男の刀から伝わる力が弱まる。
ソレイユはそれが男の次の動きの予備動作だと直感し、自身も攻勢に出た。
刀相手に距離を取るのは危険と判断、ソレイユは盾で体を覆い隠し、地面を踏み砕いて距離を詰める。
それに合わせ、男は流れるような足さばきで足を引き、後退する。
そして、二歩ほど下がったところから地面を蹴り、その反動で盾を蹴り飛ばした。
「ぐっ…………!!!」
蹴りの威力の余波で背後の木々が倒れていく。
ソレイユは地面を削りながら、なんとか踏ん張る。
男の蹴りの威力は『幻竜』に匹敵するものだった。
しかし、竜と違い威力を分散させることなく一点に放たれた蹴りは、受け止める側にとっては想像を絶する力で。
「───ッ!やべぇ!」
と、気づいた時にはもう遅かった。正面、数歩離れた場所で男が刀を構えている。
完全に刀優位の間合いなのだ。
男が一歩踏み出した瞬間、男の刀が消える。
否、早すぎて見えないのだ。
首元に怖気を感じ、盾をもたげる。
甲高い音が鼓膜を揺らす。
「見え、ねぇ!」
全く、剣筋が見えない。
竜の攻撃も見切れるソレイユが見えないとなると、誰が見えると言うのか。
男は一歩ずつ距離をつめ、ソレイユは一歩ずつ後退する。
次は腹部、足首、腕、再び首元───。
確実に急所、特に戦闘中に必須の部位を攻めてくる。
ソレイユは斬撃をなんとかいなしていく。
火花が次々と散り、まるで小さな花火が催されているようなのだ。
「おらぁっ!」
「───────」
男が力強く踏み込み、頭を狙って振られた一撃───を、なんとか防ぐ。
盾を頭上に掲げ、間一髪で必死の一撃が止まった。
得物どうしが当たった瞬間、周りの地面が抉れかえる。
ギリギリと、金物同士が擦れる音。
再び、睨み合いになる。
──しかし厄介なのは、この男の体捌きだ。
刀の速度が異次元なのはもちろん、独特な体捌きによって、前の動きから次の斬撃の予測が全くできない。この流れるような体捌きは今までに見たことがないのだ。
しかも、これだけの戦いをしておいて、男の呼吸は全く乱れていない。
男は全く消耗していないように見えるのだ。
それに対してソレイユは、精神を削りながらなんとか耐えている状況。
身体的にはまだ余裕があるが、気持ちで負けそうになっている。
「こんなことは、初めてだぜ……」
『幻竜』という生物種最高位と戦った時も、全く捕捉できない攻撃に対して何かあるはずだと諦めずに戦った。これまでもそうだ。ソレイユが心持で負けたことなど無かった。
だが今は、少し気を抜けば膝から崩れ落ちてしまいそうな程に精神が摩耗している。
「────ッあぶね」
フッと、予期せず盾にかかる力が抜け、ソレイユが体勢を崩す。
その直後、再び斬撃の嵐が始まる。
崩れた体勢を何とか立て直し、すぐに男に向かい合ったソレイユは何とか攻勢に出られないかと思案する。
このままでは一方的にやられてばかりだ。
しかしこの猛攻では防ぐので手一杯。相手の体力が尽きるまで待つしかないのか。
なんとか、何とかできないか─────。
「何だ?」
と、唐突に男が後ろに飛びのく。
そして、柄を握ったまま鞘に戻し、腰を低くしている。
見たことのない構え。
何が来るのか、見当もつかない。
ひとまず、様子をうかがって──
直後、男の姿が消える。突風がソレイユの頬を撫でていき、
「────あ」
ソレイユの肩に、焼けるような激痛。
切られたのだ、と直感する。
なんとか『鬼盾』で被害を押さえることはできたが、これで左肩がおじゃんだ。
「ぐっ……くっそ、止まらねぇ」
かなり深めの傷を負ったようで、左肩からはボタボタと血が流れ、止まらない。
地面を赤黒い液体が染めていた。
ソレイユは背後に男の気配がして振り返る。
男は消える直前と同じ体勢でこちらに背を向けている。
おそらく、男はソレイユの傍を通り過ぎるようにして切っていったのだろう。
瞬間的に刀を抜き、その勢いのままにソレイユに斬撃を浴びせたのだ。
男は振り返り、ソレイユに追撃をしようと踏み込んで──
がくん、と倒れかけ、踏み出した足で何とか持ちこたえた。
男がより目を見開いて自らの胴体を見れば、右わき腹辺りを中心として、体が落ち窪んでいた。
「あの瞬間に攻撃してたのはお前だけじゃねぇんだわ。元副団長なめんなよ」
結果として左肩に被弾してしまったが、相手を負傷させられたなら御の字だ。
少し驚いた様子の男だったが、すぐさまソレイユの方を見やり、刀を抜く。
そして、ソレイユとの距離を詰めにかかる。
ソレイユも、これが最後の一合になると直感して──
「──────ッ?!ユーガ?!」
「………がぷ、う、ぎ」
目の前に、血の花が咲いた。
不意に、ユーガが飛び込んできて、斬撃の嵐に蹂躙されている。
彼はあらゆる部位を切り刻まれ、一瞬にして見る影もなくなる。
しかし、それと同時に男の動きが鈍る。
その隙を、ソレイユは見逃さない。
「お、おおおおおおぉぉ!!」
『鬼盾』が男の頭部に直撃する、
魔獣の頭を吹き飛ばす一撃に、男は大きく吹き飛ぶ。
男はなすすべなく、森の方の茂みの中に消えていった。
「はぁっ……はぁっ……」
超次元の格闘が過ぎ去った後の森には、ソレイユの荒い息の音だけが聞こえている。
否、よく耳を済ませれば生命の灯が消えかけている、非常にか細い息遣いも聞こえてきて。
「ユーガ!」
男が消えた方を警戒していたソレイユはユーガに駆け寄った。
そもそも『鬼盾』の一撃を食らわせたのだ。もう心配はいらないだろう。
それよりも、今は肉塊になってしまったユーガのことを心配するべきなのだ。
「が……………かっ……がっ…………」
「くそっ……ユーガ、すまねぇ……」
見るに堪えない状態のユーガ。
彼のうめき声は、早く殺してくれと言わんばかりで。
しかし、突然彼の体が輝き始め、権限が行使される。
「がっ…………ぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
喉が回復したのだろう、ユーガが叫び始めた。
産声にしては濁り切ったそれを、しかし赤子のように世界にこだまさせる。
ソレイユは、何も出来ずに、ただそれを眺める。
自分には、今のユーガに何もしてやれない。
「ふぅっ……はぁっ………やっと、終わったか……」
しばらくして、ようやくユーガの目の焦点があってくる。
彼は地面に寝転んだまま空を眺めている。
「……なんで、あんなことを」
そんなユーガに、分かり切った質問をせずにはいられない。
「まぁ、気にすんなよ。石につまずいて飛び込んじゃっただけだから」
ソレイユは何も言えない。
分かっているのだ。なぜ彼があんなことをしたのか。
正直、ユーガの介入がなければどちらが勝っていたかは分からないのだ。
あの男の実力ならば、今地面に伏しているのはソレイユの方だったかもしれない。
「けどよ……そうだったとしてもよ……」
ソレイユは、ユーガを守ると、そう約束したのだ。
何となく、分かっていたのだ。彼は、自分を賭して誰かを助けるようになってしまうと。
権限の話を聞いた時に最初に思い当たった可能性がそれだ。
自分の命を、なんとも思わなくなってしまうのではないか。
彼は今回のように、自分の命を投げうてば他人を救えると思ってしまう。
そして、強迫観念のように自分はそれを為すべきだと思ってしまうのではないか。
特に、まだ世界を知って間もない彼なら、そんな風に判断を誤ることもあるかもしれない。
だからこそ、ユーガが自分のことも大切に思えるように、自分の人生を生きてもらえるように彼を守ると
、そう約束したのだ。
そして直ぐに、この体たらくだ。
「情けねぇ……ユーガ、本当にすまねぇ」
ソレイユはユーガに頭を下げる。
それを見たユーガは、
「いやいやいや、そもそもソレイユなしで俺だけだったら確実に終わってたから!お前が居てくれてよかったよ」
そう笑いかけるユーガの目は、以前よりはマシになったかもしれないが、未だに生に対して無頓着な者の色な気がして。
「─────ッ!」
ガサッと、背後の茂みから音がしてソレイユは再び盾を構える。
ユーガを背後に庇った形で、茂みを睨みつける。
ありえない。
あの、破壊の一撃だぞ?
竜ですら、一撃で葬り去ったあの攻撃を受けて生きているなど──
「いやぁ…………勘弁してくださいな………ちょっとした手違いってやつなんですわ」
ゆっくりと茂みから現れたのは、先程の戦っていたボロボロの男だった。
表情は先ほどとうって変わって穏やかだ。
しかし、それは気を緩める判断材料にはならない。
ひとまず会話ができるようになったのなら、聞きたいことは沢山ある。
「あっしはベガ、言うもんでさ。もうあんたらを襲うことはひとまず無いから落ち着いてくんないかい?」
ベガ、と名乗った男は両手を上げて笑みを浮かべている。
その柔和な顔には先ほどの狂犬のような面影はない。
「信用できると思うか?」
「できるとも」
ソレイユは全く警戒を解かずにそう問う。
分かり切っているのだ。以前にあたった任務では、こちらの気のゆるみに付け込んでくる輩がいた。
同じ轍は踏まないと、ソレイユが男を睨みつけていると、ベガは刀を深深と地面に突き刺した。
そして、数歩刀から離れ、地面に正座した。その腕で腕を頭の後ろに回す。
「見ての通り、あっしはこの刀以外何も持ってないんだわ。なんなら所持品検査とやらをしてみてもいいんですぜ?」
こちらを見上げてくるベガ。
ソレイユはベガの刀を抜き、ユーガに持たせる。
そして自分はベガに近づいていき、他に武器を持っていないか調べる。
「……本当に何も持ってねぇんだな。……食料すらも」
「そうなんでさぁ、もうあっし、おなかペコペコでして……あなたさん達がよけりゃあ、同じ晩飯を囲むってのはどうでさぁ?」
「俺たち殺そうとしておいて図々しすぎだろ!」
「あちゃあ、ばれちまいやしたか」
ユーガの糾弾に悪びれもなく頭を掻くベガ。
そんな様子に、ソレイユは一向に警戒を解かない。
「あなたさん、そんな怖い目はやめてくだせぇな。あっしもさっきのは不本意なんでさぁ」
ベガは怖い怖いと懇願するような表情でこちらを見てくる。
それを無視したソレイユは縄を取り出し、効果があるかは分からないながらも男の両手両足を縛る。
この男ならば細い縄は意に介さないかもしれないが、無いよりはマシだろう。
「チクチクしやすねぇ……こういう縄は刺さって痛てぇので嫌いでさぁ」
「お前まじで図太すぎるだろ……」
状況が見えていないのか見えていてこれなのか分からない男にユーガがあきれ返る。
そこで、一応男の捕縛が完了したソレイユが、
「説明してもらおうか、先程のはなんだったのかを」
「なげぇ話になりますわ。その前に何か焼き始めるのはどうでやしょう。月牛の肉とかそのあたり………話しやすよ」
ソレイユに睨まれ、ベガは観念したように口を開いた。
「まぁ簡単に言っちゃあ『呪い』なんですわ、あっしにかけられた」
‐◇◆◇‐
ベガはぽつりぽつりと話し始めた。
彼なりのユーモアも挟んだ話は彼が言っていた通り長い話で。
彼が話し終わるころには空が明るくなり始めていた。
幼い時に両親を亡くした彼は、祖父と暮らしていたという。
祖父は独自の剣術の使い手で、ベガは幼いながらに教えを請い、鍛錬に励んでいた。
ある日、祖父のはからいで剣の訓練場に入ることとなったベガは、祖父と学んだ剣術に磨きをかけていた。将来はクロワールの近衛騎士団で活躍することが夢だったのだという。
そんな彼の未来に陰りが生じたのは、突然のことだった。
魔王の下についた魔人の一人が、ベガに呪いをかけたのだ。
それは、『死神の呪い』────
この呪いは、生きるものを殺し続けなければならない、というものらしい。
「行為者に明確な意図、そして実感あることってのが条件ってもんなんでさぁ。あっしの場合は相手を切り伏せることが必要なんですわ」
ベガによると、呪いは不完全な形にかけられたという。
そのため断続的に表れるらしく、一時的な解呪の為には相手を切り殺さなければならないと。
呪いが発動してから少し経つと、正気を失い、近くにいる生けるものを切り殺してしまうのだとか。
ベガの言っていることが本当ならば、最初にベガと会った状態がまさに呪いが発現していた状況なのだろう。
「まぁかけられた当初は呪いの影響が強くてしばらく解呪できなかったんですがねぇ」
「……それで、訓練場を」
「そうでさぁ。あっしが正気に戻った頃にはもう血の海ですわ」
ベガがこうして放浪している理由の一つは、訓練場から追い出され、行き先を失ったことにある。
呪いを受けたベガは、訓練場にいた人々を皆殺しにしてしまったという。
ユーガには、それがどれほどの傷を彼に残したのか分からない。
しかし、ベガは淡々と話し続ける。
「運よく訓練場から逃げおおせて、しばらくは指名手配されてたんですがねぇ……もう数十年逃げてやすから、お国も諦めなすったようで」
当然、大量殺人を犯した人間を野放しにしておくほどクロワールも甘くはないはずだ。
しかし、数十年たっても足取りをつかめないとなると、目まぐるしく変化する世界情勢にも対応しなければならない状況下で、ベガのことを放棄するのもやむないのかもしれない。
特に、長い月日が経っていれば、そもそも殺人犯自体が死んでいてもおかしくない。
「だから、ソレイユもベガのこと知らなかったってことなんだな。納得納得」
と最年少で騎士団に入団したソレイユの方を見た。
が、彼は真剣な面持ちで目を閉じてベガの話を聞いている。邪魔はしないでおこう。
「それを抑えるために、というか人に危害を加えないために森に籠ってたんですがねぇ。まさかこの辺りまで人が来るなんて想定外でさぁ」
「今回は、俺が切り伏せられた判定ってことなんだろうな。それで一旦解呪されたと」
「そうでさぁ」
ユーガは完全にミンチにされてたわけだし、まぁ流石にそれで許して欲しい。
人としての尊厳が完全にぐちゃぐちゃにされた瞬間だったが、それはユーガが自分で消化すればいい話。
ただ、問題なのが───。
「勇者に、ベガに呪いをかけた魔人が討伐されたと」
「そうなんでさぁ。そんで、あっしの呪いを解く方法は消えたってわけでさぁ」
呪いというのは、かけた者にしか解けない、とティアから聞いたことがある。
そして、かけた者死んでも呪いは残ると。
その邪悪さが呪いと呼ばれる所以だと。
通常、魔術はマソを用い、使い終わればまた世界に還っていく。
そのため、術者が死ねば基本的に魔術も同様に消滅する。
しかし、呪いは特殊だそうで、よく理解できなかったがログとの兼ね合いで世の中に残り続けるという。
「だから、あっしに呪いをかけた魔人を探し出して、解呪させてから殺すつもりだったんですがねぇ」
ベガが、自虐的に笑う。
勇者は、おそらく人々を救うために魔人を討伐したのだろう。
しかし、ベガはその救う対象から漏れてしまった。
──ユーガは心の中でほくそ笑む。
何が、勇者だ。
全員、漏れなく救えない英雄などあってはいけないだろう。
やはり、ユーガの力は勇者を勝るのかもしれない。
何故なら、ユーガは誰も手のひらから零さないつもりなのだから──
「勇者が、憎くねぇのか?」
ずっと黙っていたソレイユが尋ねる。
それを聞いたベガは、明らみ始めた空を見上げて、
「殺しやすよ、あっしの手で」
急速に当たりが冷え込んだ。朝方の冷たい空気とは別に、体の内部から凍り付くような感覚。
声の調子も、表情もそのままなのに、ベガの内側が少し露呈した気がして背筋が凍る。
自分がその言葉の対象ではないことは分かっているのだが、のどからヒュッと息が漏れた。
しかし、ユーガにとって、ベガに出会えたことは好機でもあって。
「じゃあ、目的は一緒だな。ベガ、一緒に来ないか?」
「ユーガ?!」
そう声をかけたユーガに、ソレイユが驚愕の声を漏らす。
まぁ、自分でもちょっと軽い調子で誘いすぎたとは思うのだが。
「何言ってんだユーガ。こいつは危険すぎる。現に、数えきれないぐらい人を殺してんだぞ。一緒に旅なんかしたらそれこそ次は」
「そこは大丈夫でさぁ。いつもは動物とか、人間以外を切ってるんですわ。それで解呪ができるもんで、問題ないんでさぁ」
「あ!もしかして、あの村の周辺の動物たちってお前がやってたのか!」
思い当たる節があるのか、ベガが気まずそうな顔をする。
ユーガは先日の村の騒動を思い出す。
てっきり動物たちは魔獣にやられたものだとばかり思っていたが、ベガが仕立て人だったか。
よく考えれば、マーズは動物たちは綺麗に殺されていたと言っていた。
魔獣たちにそんな風に相手の命を奪うことなどできないだろう。
「信用できねぇ。こいつは俺が近衛騎士団に突き出す」
「ソレイユ……」
一貫してベガへの態度を変えないソレイユ。
それだけに、ベガとの戦闘が彼に爪痕を残したのだろう。
「まぁ、それならあっしは抵抗しないでさぁ……もう、疲れちまった」
再び空を仰ぐベガ。
空はもうかなり明るくなっており、もうそろそろユーガ達も出発できそうだ。
「頼むよソレイユ。ベガは俺と同じ目標も掲げてるし、絶対戦力にもなる。一緒に来てもらった方がいい」
「けどよ、次またこいつが暴れ出しても止められる自身はねぇぜ。……今回はほぼこいつの勝ちみたいなもんだし」
ソレイユは俯き、ユーガは余計なことをしてしまったかもしれないと反省する。
正直、早すぎてどのような戦闘が行われていたかは分かっていない。
しかし、一向に決まらない勝負にソレイユの摩耗を感じ、ユーガが飛び込んでしまったのだ。
結果的にユーガが切られたことでベガの暴走が止まった訳だが、ソレイユはしっかりと決着をつけたかったのかもしれない。
「ん?あなたさん、なんか勘違いしてるんじゃないですかい?」
「……どういう意味だ?」
不思議そうな顔をするベガに、怪訝な表情でソレイユが尋ねる。
ユーガも、ベガが何を言いたいのか分からない。
「あっしの剣技は、あなたさんには届かなかった。実際、あなたさんは今五体満足じゃねぇですかい」
ベガはソレイユの体を顎で指す。
「剣と盾の勝負。守り切った、あなたさんの勝ちですぜ?」
「─────」
ニタリと笑ったベガにそう言われ、ソレイユが短く息を詰める。
「あっしが暴走したとしても、あっしがあなたさん達を切り捨てられることはなさそうでさぁ。白髪のあなたさんは変な技を持ってそうなのもありやすしねぇ」
半不死の権限を見られたことにユーガは頬を掻く。
本当に、ティアに怒られそうだ。
「…………」
「ソレイユ、良いか?」
「……俺は反対だからな」
沈黙を貫くソレイユにユーガは確認を取る。
しかし、先ほどよりも強い反対を受けなかったため、彼なりの了承と受け取る。
「ちょっと待ってろよ……ほら」
ユーガはベガの拘束を解き、刀を手渡す。
「いやぁ、流石に不用心すぎやしませんかねぇ。縄を解くだけならまだしも、刀まで渡しちまうとは」
「重いんだよ、それ。まぁあとは俺は切られても大丈夫……とは言わないけど死なないからさ」
「妙なお方だ」
ベガはくぐもった笑い声を漏らす。
さすがに得物を渡したときは心臓がはねたが、敵意が無さそうで安心した。
「ところで、あなたさんも勇者を殺すおつもりで?」
腰に刀を差しながら、ベガがユーガにそう問う。
「ああ。──俺は故郷をやられた」
「─────」
「十分だろ?」
「無論もちろん」
言うことなしと、ベガは頷いている。
細かいところまで聞いてこないあたり、彼の人間性がにじみ出ていた。
「──では、このベガ、ご一緒させていただきやす。何卒、よろしくお願いいたしやす」
「あぁ、よろしく、ベガ!」
「……………」
そうして、奇妙な流れで仲間を一人増やして、ユーガ達はエトワールへの道を進むのだった。
「勇者を手にかけるのはあっしですがね。……あなたさんではなく」
しかし、ぼそりと言ったベガのつぶやきを、ユーガ達が知ることはなかった。




