第三章 第8話 『招かれざる刺客』
「本当に、ありがとうございます………!何とお礼を言ったらいいか………!」
村長のマーズが頭を下げる。
村のためなら頭を下げることに抵抗感が無さそうなあたり、いつも村を思って動いているのだろう。
「気にすんなよ!これが俺の役目だからな!」
ソレイユは胸を拳で叩き、堂々とそう言った。
魔獣騒動から一夜が明け、ユーガたちは旅の道具一式を持って広場に居た。
広場には村人たちが集まっており、ユーガとソレイユに対面している形だ。
少し離れたところには、うず高く積まれた魔獣の残骸がある。
あれらを片付けるのは大変そうだが、ソレイユのツテでなんとか処理はできるのだそうで、心配いらないらしい。
「ですが、まさか娘まで助けていただくとは……娘がこうして生きているのもソレイユ様のおかげです」
そう言ったマーズの隣で、昨晩魔獣にやられかけていた女性が頭を下げる。
話によると、女性はマーズの為の薬の原料となる植物を、森に取りに行こうとしていたらしい。
最近は危険だと言われ、森に入ることを禁じられていたために、誰にも見つからない深夜に外出したそうだ。しかしそこで魔獣に襲われたと。
自分を思って命を危険にさらした娘に対して、マーズは複雑な表情を浮かべている。
ユーガとしては父親思いで良い娘だと思うのだが。
すると、ソレイユは彼らの関心の対象となっていなかったユーガを手で示す。
「そもそもユーガが居なかったら俺も娘さんとこに間に合わないところだったんだぜ。感謝すんだったらユーガにしてくれや」
「あなたが……」
マーズはユーガの方に近づいていき、
「──ありがとうございました……ユーガ様」
と恭しく一礼した。
「いや、僕は別に……」
ユーガとしては勝手に足を怪我しただけなので、そこまで感謝される筋合いはないように思えてしまう。
どう言った反応を取ればいいか分からないユーガを、ソレイユ目を細めて眺めている。
それから彼は表情を引き締め、
「今後、何か不審なことがあれば国に直ぐに報告するようにな。今回は俺が対応できたから良かったけどよ、あと少し遅れてたらやばかったかもしれねぇ。そんだけの数がいた」
「胸に刻んでおきます」
マーズは胸に手を当てて頷く。
魔獣はあらかたソレイユが討伐したので、しばらくは大丈夫なはずだ。
あれだけ一方的に仲間を殺されては、残党がいたとしても村に近づいても来ないだろう。
「じゃあ、俺たちは行くぞ。あんまりゆっくりもしてられねぇからな」
「あ、そっか。冬季が来ちゃうんだもんな」
マーズの反応に頷いたソレイユを見て、ユーガはそもそも何故自分たちが急いでいたかを思い出す。
冬季が来る前にエトワールにたどり着かなければならない。おそらくここで足止めを食らったせいで本当にギリギリ間に合うかどうかになるだろう。
ユーガ達は村の入口に向かう。
それを追うように、村人たちが集まってきて。
「村長、皆!世話になった!また来るぜ!」
そう言い、手を振るソレイユに習ってユーガも手を振る。
村人たちも手を振り返してくる。
その顔には、もはや恐れはなくて。それを見て、ユーガはやって良かったと、心の底から思った。
これがユーガ一行とこの村との、しばしの別れとなった。
***
「いやぁ、めちゃめちゃ食材とかもらっちゃったな!」
ユーガは手元の食料袋をのぞき込む。
そこにはエトワールにたどり着くまでには十分すぎるほどの食料が入っていた。
最初は断ったのだが、村人たちがどうしても感謝を表したいと言って大量に食材を持たせてくれたのだ。
「………村長のタマターマの押し凄かったな……上手く断れて良かったぜ」
その中の食材のひとつとして、タマターマをどうしても持って行って食べて欲しいとマーズに押されていたのだが、ユーガは何とか断ったのだ。
味は悪くないのだが、気持ちよく食べられるかどうかとはまた別の話で。
「………………」
「ソレイユ?なんで黙ってんの?」
隣を気まずそうに歩くソレイユに、ユーガは嫌な予感を抱く。
「……俺も不本意だ」
「ほ、本気かよ……」
ソレイユは、丈の長い上着の内側を見せてきた。
そこには、ぎっしりのタマターマがぶら下がっていた。
おそらく、二人で食べきるには相当時間がかかるほどに。
「………断るってことも勉強しような。義理堅いのは分かるんだけど」
「分かってんだよ、そんなことは。ただ、残念そうな顔が見たくねぇだけで」
「だから断ることを学べって言ってんの!」
腕を組んで頷くユーガに変わらぬ調子のソレイユ。
今後もこう言ったことがありそうで不安しかない。
「まぁ、全部頑張って食べろよ」
ユーガはソレイユの肩をポンポンと叩いた。
「気づかれないようにユーガの食べ物の中に仕込むか……」
「え?なんて?」
「なんでもねぇよ!」
なんか背筋に悪寒が走ったが、気のせいだったか。
この後、ソレイユが食べているところを全く見ないのにも関わらず、勝手に減っていくタマターマ。
その理由を知る由もないユーガはのんきに歩いていくのだった。
-◇◆◇-
パチパチと、弾けるような軽い音だけが辺りを包んでいる。
ユーガ達を中心にした光源は、周囲を見渡すには心もとない。
実際、少し開けたここから木々の方へ歩いていけば直ぐに見えなくなるだろう。
「お、もうだいぶ少なくなったな。追加の薪拾ってくるぜ」
ソレイユが彼の隣に積まれている薪に対してそう述べ、立ち上がる。
「了解。俺はここで火見とくわ」
ユーガは手を挙げ、ソレイユが闇に消えて行くのを見送る。
ユーガ達は日が暮れるまで歩き続け、今日は野宿することとなっていた。
この時期のクロワールは冷え込むので夜通し歩くのは少し厳しい。
やれない事はないのだが、夜ら視界も悪い。
無理して進む必要も無い。
それ故、ユーガたちは暖を取りながら夜明けを待つと決めたのだ。
「それにしても、静かだなぁ」
風のない夜。なんだか、久しぶりに一人で静かな場所にいる気がする。
見上げれば、街明かりから遠いこともあり、クロワールの美しい星空を見ることが出来た。
「父さんと、母さんと一緒に見たっけな」
このような星空の下にいると、故郷でのことを思い出してしまう。
ユーガは一度、家族で店のあった山の上で地面に寝転がり、星空を眺めたことがあった。
「あの時はいっつも早く寝ちゃう父さんが一緒に居てくれたんだよな」
もちろん、グロワールほど綺麗な星空ではなかったが、幼かったユーガにとっては大切な思い出で。
今でも、握った二人の手の温もりを覚えている。
──しかし、暖かい記憶と共に訪れるのはいつも、家族や親しい人々の最後の姿で。
いつものように部屋を出ると、無惨にいたぶられた母が扉に寄りかかっていて──
「ダメだ、今はダメだ、俺。今考えたら」
ユーガは頭振って暗い考えを追い出す。
このまま考えていたら自分でも何をしてしまうか分からない。
とにかく今はどんな思いがあろうと、生きていくしかない。それに、今は仲間がいる。
ソレイユや、変な形で仲間になってしまったがミラも。あとついでにデネボラも。
「生きる意味、か」
ふと、ソレイユの言ってくれた言葉を反芻する。
これまで、ユーガの世界は小さな町と家族だけだった。
それがある日唐突に崩壊して、広い世界に放り出されたのだ。
それ以来、世界のことを知ろうと努力はしてきたのだが、ユーガの胸の中のどす黒い思いを消化するだけのものには出会えていない。
故に、未だユーガの頭の中心にあるのは勇者を殺すこと。その軸からはブレていない。
しかし未来の話についても考える必要があると、今なら分かる。
全てが終わったあとは、ユーガは自分自身の人生を生きなければならないのだ。
勇者を殺すための人生ではなく。
「もしかして、ソレイユはあえて巻き込まれたってことか?」
先日の村での一件。
先を急ぐユーガ達にとって、ただ時間を浪費するだけの出来事。
もちろんソレイユの人間性を考えれば困った村を放っておけなかったのかもしれない。
ただ、もしそれだけではないとしたら。
マーズに感謝されて慌てるユーガを見ていたソレイユを思い出す。
彼は、ユーガに生きる意味を、生きている実感を得る機会を与えようとしてくれていたのだろうか。
「……よく考えたら、俺って結構すごいことしてね?」
ユーガは、ソレイユと成してきたことを振り返る。
『幻竜』の討伐に貢献、魔獣騒動を解決した。
それだけで、数え切れないほど多くの人を救っているはずで。
──ユーガの力を使えば、すべての人を救える気がしてくる。
ユーガの権限。忌々しいそれのおかげでユーガが死ぬことはほとんど無いだろう。
「そうか、俺のやるべき事は」
ユーガは身を挺して人々を救うべきではないのか。
すべてを丸っと救う、それがユーガの生きる意味なのか。そして、それができる自分は、やらなくてはならないのではないか。
「ん…………?」
ふと、火が不自然に揺れた気がした。
風のない夜だ。見間違いかもしれない。
しかしよく見ると、火の勢いが弱まっているように見える。
「あぶねぇあぶねぇ。点火用の魔石もったいないし、ちゃんと見とかないとな」
思考に耽りすぎて火の番がおろそかになっていたことを反省。
そもそも考えることは得意ではなかったのだ。
無理して今、答えを探す必要ないのかもしれない。
「えーっと、薪は確かこっちの方に……」
そうして立ち上がり、残りの薪をくべようとして──
頬を、風が撫でていった。
「────ユーガっ!!!!!」
轟音ともに、衝撃波でユーガは吹き飛ばされる。
「ごっ、ぐぇっ?!」
何回転かした後、ユーガは慌てて体を起こす。
頬が切れたようで、血がつうっと頬を垂れていった。
「何が……………っ!」
顔を上げれば、焚き火の火に照らされ、二人の男の姿が闇に浮かび上がっているのが見える。
茶色がかった長髪をまとめ後ろで結び、ボロボロの旅衣を纏った男。草履、だったか、を履いている。
身長は俺よりかなり高い。頭二つ分ほど大きいだろうか。
形の良い鼻と、丸みを帯びた輪郭。
はっきりとした目元と合わされば、かなり整った見た目であるはずなのだが──
「正気じゃ、無さそうだな」
男は血走った目を見開き、口からはよだれが垂れ流されている。
そして、最も目を引くのは───その手に、刀が握られている点だ。
炎を反射し、橙色に光り輝くそれは、所々付着している血のせいで鈍い光を発している。
刀は振り下ろされ、ソレイユが盾でそれを受け止めている。
「……まじか」
状況を眺めていたユーガが驚きの声を漏らす。
ソレイユの表情が今までに見た事がないほどに緊迫しているのだ。
彼は歯を食いしばり、苦しげな表情を浮かべている。
──その様子を見て、この男はかなりの手練なのだろうと、素人のユーガにも理解する。
クロワールという大国の元副団長に冷や汗をかかせるなど、並の者では無い。
ソレイユと男は、お互い睨み合ったまま少しも動かず、薪の燃えるパチパチといった音だけが辺りに響いているのだった。




