第三章 第7話 『帰路の一幕 後編』
ユーガとソレイユが村にたどり着いたその日の夜。
ユーガ達は村長のはからいで宿に無料で泊まらせてもらえることになった。
「ユーガ、明日から本格的にこの辺りの調査に踏み切るぜ。それでいいか?」
ソレイユが腰に手を当てながらユーガに問う。
「もちろん、やってやる!」
愚問だとばかりにユーガが即答する。
ユーガとソレイユは部屋の前で明日の計画を確認しているのだ。
被害の状況と、魔獣の目撃情報からしておそらく相手は魔獣。
相手が動いて被害が深刻になる前に元凶を叩く。
それがユーガ達が出した最適解。
……単純すぎる気もするが。
満足そうに頷くソレイユから視線を外し、ユーガは窓の外を眺める。
村長の家から宿まで歩くときに気づいたのだが、村は、不気味なほどに静かだ。
もちろん、ソレイユが来たことで一度は大騒ぎにはなったのだが、それ以降は静寂が下りている。
理由は明白。数々の異様な事件だ。
村人は皆、自分たちが標的にならないよう、息を殺して夜を明かしているのだ。
きっと恐怖で夜も寝られない村人も多いだろう。
ユーガ達には、早急な対応が求められる。
「よし、そんじゃ、明日に備えて寝るとすっか!早起きしろよ、ユーガ」
「あぁ、寝坊すんなよ……ってお前はそんなに寝ない奴だもんな」
無用な心配をしたユーガに声をかけてから、ソレイユが部屋に消えていった。
それを見届け、ユーガも自分の部屋に入る。
ユーガは上着を脱いで、長旅の疲れを癒すためにベッドに飛び込んだのだった。
‐◇◆◇‐
「ん………あの汁飲みすぎたか」
ユーガ夜中にもよおすのは割と珍しい。
名物の汁物恐るべし。
おそらく今は真夜中を回ったころだろう。
俺は部屋の扉を開け、廊下に出る。
月の光が窓から入ってきて、埃がキラキラとしている。
クロワールは夜が綺麗な国だと個人的に思う。
豊富な自然に洗練されて綺麗で、冷たく澄んだ空気にのおかげで月と星の光がよく見える。
自分の町にいた時に見ていた夜空とは全く違うと思うと、少しだけ胸に痛みを覚える。
が、そんな感傷に浸っている暇はない。
今はまず用を足さなくては。
「寒っ……えーっと、どっちだっけな………」
暖房の入っていない廊下に出ると、肌をなでる冷気に体を震わせる。
上着を着てくるべきだったと後悔しつつ、歩みを進めた。
夜になると全く別の場所に見えるから、日が沈む前にスイスイ歩けた場所でも目的地に着くのに苦労するのはユーガにとってよくある話だった。
いつものごとく、昼間に覚えた地図は全く役に立たない。
「お、あったあった」
しばらく彷徨い歩き、やっとの思いで目的地を見つけた。
「先客がいないことを願うぜ……ん?」
通り際に何気なく横目で窓を眺めた時だった。
少し遠くの広場の中央あたり、何かが、蠢いている。
ただ、暗くてよく見えない。
「なんだ……?」
月を一時的に覆っていた雲が流れ、黒い、何かに月の光が当たる。
「あれは……?………………ッ!!ソレイユ!!!起きろ!!!」
そう叫ぶと、ユーガは迷わず窓を開け飛び降りる。
真夜中に叫ぶなど常識外れだが、緊急時なので仕方ない。怒られたら後で謝ればいいだけの話。
とりあえず今は、ユーガの声が、ソレイユに届いていることを願う。
「うぉ、って!!!!」
二階は思ったより高さがあって焦ったが、生垣が緩衝材となりかすり傷で済んだ。
「とか言ってる場合じゃない!!」
ユーガは素早く上体を起こし、広場へ向かい走った。
ユーガが見たものが本当ならば、寸分も惜しい。
そして、近づくにつれユーガの考えが確信に変わる。
────魔獣。
村人の一人が魔獣に襲われているのだ。
魔獣は本来魔王が生み出すものであるが、魔王無き今、魔獣たちの残党は独自の生態系を作り生活している。
近年は人間に干渉することもほとんど無いと本で読んだはずだが───。
「そんなことはどうでもいい!」
向かう先では、犬歯が異様に伸び、全身は主に黒、目は赤くギラギラとした狼のような魔獣が女性の上に乗り、今にも喉を食いちぎらんとしている。
女性は気を失っているようだ。
抵抗のない獲物は易々と蹂躙されるだろう。
「間に合え!!!」
ユーガは全力で走り、ぐんぐん距離が縮まる。
そして、魔獣が女性の首に牙をかけんとし──
「どりゃぁ!!!」
ユーガは、勢いのままに、魔獣を蹴り飛ばした。
………のだが。
「いっ………………てぇぇぇぇぇ!!!」
魔獣はビクともしない。おそらく体重差がありすぎるのだろう。
普通に自傷してしまった。
しかし、注意をこちらに向けることには成功したようで。
「───ッ」
「…………そうだ、こっちだ。来いよ!」
女性の体から降り、魔獣は低いうなり声を上げながらジリジリと距離を縮めてくる。
後ろ足で立てばユーガと同じかそれ以上の体長を持つ魔獣。
その凶悪な体の作りに思わず足が震えだす。
魔獣は、本能的に人間に恐怖感を与えるように創られているとティアに教わった。
この魔獣も例に漏れない。
ユーガは手で太ももをつかみ、震えを押さえようとする。
「そうだ、来いよ。俺が、相手だ!」
声が震えている。
やはり、ユーガにはこう言うのは向いていない。
ユーガは英雄でも、何でもないのだから。
「そうだよ、それは絶対正しい。だから──」
そして、魔獣がユーガに飛びかからんと大きく跳躍し──
「ソレイユ!たのんだぁぁぁぁ!」
「──了解」
瞬間、見たこともない速さで何かが上から降ってきた。
爆音と共に衝撃で砂埃が舞い、視界がふさがれる。
「げほげほっ……ソレイユ!やっぱ来てくれたか!」
「叫び声を聞いて様子を見に来たらこれだもんなぁ。ほんと、ユーガは引きが良いのか悪いのか」
砂煙が晴れると、盾を地面に突き刺し、立て膝の状態でいるソレイユが見えた。
彼のいる位置に目を向ければ、魔獣の頭を盾で完全に潰している。
「おお、『鬼盾』、怖………防御だけじゃなくて本当に攻撃力もえげつないのな」
「鬼族は盾だけで戦ってたらしいからなぁ。そりゃ、攻撃力も相当って事だ」
『鬼盾』を拳で叩くソレイユ。
ユーガは鬼族の話を詳しく聞いたことは無いが、今後勉強すべき課題なのは間違いない。
「それにしても、これで問題解決って感じかな。元凶だった魔獣は倒したんだし。あの竜と違って流石に頭をつぶせば大丈夫だろ」
嫌な思い出がユーガの頭をよぎるが、あそこまで厄介な敵は中々いないだろう。
「……………そうでも無ぇみたいだぜ」
「へ?」
後ろを見ているソレイユにそう言われユーガが振り返ると、森の暗闇に無数の赤い目が浮かんでいる。
──魔獣の群れ。
いったいこれだけの数がいて、どこに身を隠していると言うのだろうか。
「十体、……二十体、……めんどくせぇ!」
ユーガは速攻で数えるのを放棄。
とにかく沢山だ。
「じゃあ、こいつらをぶっちめなきゃか」
「そうだ。こいつはちょっぴし骨が折れそうだがなぁ」
流石にこの数なのだ。
ソレイユは首を回している。
「一人でいけるか?」
「もちろん。一緒に戦ってくれてもいいぜ?」
「俺は武闘派じゃないの!」
ソレイユの誘いを迷うことなく却下。
犬死に……はしないのだろうが、犬半死は沢山しそうだし。
「それもそうか。……じゃあ、さっそく始めるか」
そう言った瞬間、ソレイユの空気ががらりと変わった。
素人のユーガにも分かるぐらいはっきりと。
「─────ッ!」
もちろん、野生で生き抜いてきた魔獣たちはより敏感にそれを認識し、警戒する。
「来いよ。──『歩く要塞』を崩せるかな?」
そう言うや否や、魔獣がソレイユに飛び掛かり、ソレイユと『鬼盾』の、流れるような戦闘が始まったのだった。




