第三章 第6話 『帰路の一幕 前編』
ユーガとソレイユは最低限歩くのに困らない程度に舗装された道を歩いている。
木々が生い茂る、自然にあふれた場所だ。
「肌寒いとはこういうことだな……」
夏季が異様に短いクロワールでは、ここ数日で急激に気温が下がってきている。
あと数日で冬季が来るだろうとソレイユが話していた。
そんな彼は、終始申し訳なさそうな顔をしている。
「まさか転移魔術まで剥奪されるとはな……本当にすまねぇ」
「いや、もともと俺は徒歩とかの移動の人間だから問題ないよ。転移魔法見た時はまじでびっくりしたわ」
ユーガ達は首都からユーガの店があるエトワールまでの帰路を辿っている。
エトワールから首都までは、ソレイユら近衛騎士団有職者の特権だという転移魔術で移動した。
あまりにも一瞬のことだったのでユーガは何が起こったか分からなかったが、クロワールの秘術なだけあり、相当便利なもののようだった。
そもそもソレイユ一人ならば『浮遊版』でもっと楽に移動できるだろうに、ユーガがいるせいで二人とも徒歩になっているのだ。むしろ、申し訳ないと思うべきはユーガの方だろう。
「それに、エトワールに帰りたいって言いだしたのも俺だしな」
パン屋『シリウス』のこともあるし、お客さんにも色々と報告しなくてはいけないこともある。
一度状況の整理のためにも落ち着ける場所に帰りたいのだ。
「だから、まじで大丈夫!」
「そうか?……だがな、仮に冬季の到来までにエトワールに着けなかったら……」
「なかったら?」
「たぶん凍死する」
「やだ、クロワール怖い!」
大陸の中央に位置し、ユーガの町があったミリュー王国では一年を通して大幅な気温の変化は少なかった。そのため、ユーガには冬季とやらがどれほど厳しいものなのかは分からない。
しかし、歴史的に冬季のせいで国が滅びかけたりしているし、ソレイユの反応的に舐めてはいけないやつだろう。
「そういう訳で、あんまり休んでる暇はねぇんだ。すまねぇな」
「俺も、キビキビ歩きますわ……」
ユーガは背筋を伸ばす。
そもそも徒歩での移動がほとんどだったユーガにとって歩くのは苦ではないが。
「あれ、そういえばミラはいつ合流するんだろうな」
「長くはかからないと思うぜ。ただ、タイラ家だからなぁ……まぁミラなら上手くやるだろう」
ユーガもソレイユも長距離移動は苦ではないが、ミラのようなお嬢様には苦痛なのではないだろうか。
彼女は今、タイラ家の責務とやらを果たしている最中だそうで後からの合流なのだ。そのため、ミラの反応を知る由もないが。
「でもみんなタイラ家で反応するよな」
ユーガはソレイユの様子に少し引っかかる。
思えば、ティアも同じような反応をしていたか。
ユーガの知らない何かがタイラ家にはあるのか。
ちょうどいい、今のうちに解決しておこうか。
「なぁ、タイラ家ってなんなん──」
「お、村があるぞ!あまりモタモタもしていられないけどよぉ、食料が心もとねぇ。たぶん寄ってった方がいいな、これは」
ソレイユが少し先にある集落を指さしてユーガの方を振り返ってくる。
「……そうだな。そうしよう」
ユーガは頭を振って疑問を後回しにする。
これからソレイユとの旅は長い。いくらでも話を聞く機会はあるはずだ。
ソレイユは「分かった」と言って、村の方に歩き出す。
「それに、こんだけあるしな。今や大金持ちだぜ……」
ユーガはソレイユの背中を追いかけながら、懐からジャラジャラと音のする袋を取り出した。
ユーガ達が旅立つ直前、首都の門の前で待ち構えていた騎士と話した。
彼はソレイユが騎士団を去ることを心惜しそうにしていたが、ソレイユの決断を邪魔しまいと、引き留める言葉は最低限に努めていたのが見て取れた。
ソレイユも、騎士団を去ることについては特に思うことがないように振舞っているが、個人との別れはやはりさみしいようだ。
しばし昔話に花を咲かせた後、その騎士は別れ際にたっぷりの資金をユーガ達に手渡してきた。
彼曰く、竜討伐の報酬、とのことだ。
騎士団を去る者に対する騎士団団長タレスの最後の情けだったのだろうか。
本当の所は分からないし、口止め料かもしれない。
「ま、そんなの俺には分からないか」
タレスの真意はともかく、今は潤沢な資金がある。
資金不足を理由にパン屋をたたまざるを得ないと考えていた頃とは大違いだ。
これだけの資金があれば、エトワールでパン屋を再開できるだろうし、道中の宿や食べ物にも困らない。
そうしてユーガ達は村や町を見つけては食料を調達しながらエトワールを目指しているのだ。
「そういえば、ソレイユみたいな有名人がこんな感じの村入ったら大騒ぎになるんじゃないか?」
早足でソレイユに追いついたユーガが尋ねる。
というのも、ユーガはエトワールの広場での一件を思い出したのだ。
その時はユーガが無配慮にソレイユの名前を叫んだことで、お忍びで来ていた彼を大衆の目にさらしてしまった。
後に聞いた話だが、ソレイユは任務ではなく単純な興味で身に来ていただけらしい。
そしてユーガのパンを食べて、その美味しさによる歓喜が溢れ出さないように耐えてたのだとか。
その裏話を聞き、彼の意外な一面を知って少し笑ったら怒られた。
ともかく、エトワールほどの規模の都市でもそのようなことが起こるのだ。
ましてや、このような小さい村にソレイユが来たとなれば大騒ぎになるかもしれない。
「そこまで俺は有名じゃないと思うぜ?もちろん、国中をくまなく守りに行ってるつもりだけどよぉ、クロワールも広いからなぁ。こんな小さめな村までは───」
「ソレイユ様?」
「えぇ?!本物?!」
「みんな────!!!本物の!!ソレイユ様だぞ───!!」
「ソレイユ様……?まさか、本物が……ウッ……!」
「おばあちゃぁぁぁぁぁぁん!」
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
村中が半狂乱になる。
遠くでおばあちゃんが倒れて娘が絶叫しているのすら目に入った。
「……………どこが有名じゃないだよ」
「あんまり、自覚したこと無かったぜ……」
ユーガが肘でソレイユをつつく。
彼は頬を掻いて申し訳なさそうにしている。
ソレイユが自分の知名度を知らない、ということは当然なのかもしれない。
なにせ、彼は名声などを求める人間ではない。あくまで、国のため、国民のために戦う男なのだ。
ユーガは初めて助けて貰った時のとこを思い出す。
誰だって、あんな風に助けて貰ったら崇拝してしまうだろう。
それだけ、あの瞬間、ソレイユの背中の後ろにいる安心感は大きかった。
「ソレイユ様。村長のマーズと申します。お目にかかれて大変光栄でございます。………それで、本日はどのようなご要件で………?」
まもなく、マーズと名乗った初老の、人の良さそうな男がこちらへ近づいてきた。
背丈は俺の腹のあたり程度なので小人族なのだろう。
「少し食料が心許ねぇ感じになってな。少し補給しに来たんだ」
ソレイユは肩にかけていた袋を開き、底が見え始めた中身を見せた。
「左様ですか………ではあの件を知って来て頂いた訳では無いのですね………」
「あの件?」
小声でマーズが言った言葉をユーガは聞き逃さなかった。
「あぁ、いえ、お忙しいソレイユ様のお手を煩わせる訳には……すぐに店へご案内いたしますので」
マーズは慌てて体の前で手を振り、歩き出そうとする。
「──俺の役目はこの国の人々を守ることなんだぜ?なんでも言ってくれや。力になりてぇ」
ソレイユはマーズの肩に手を置き、彼を制止する。
ユーガはそんな様子のソレイユを横目に誇らしくなる。
役目を追われたとしても、人々のために力を使おうとするソレイユ。
本当にこの男が仲間になってくれて良かった。
「ほんとうですか……………!ありがとうございます…………」
マーズは本当に嬉しそうに頭を下げてきた。
「ここで立ち話もなんです、私めの妻がささやかですが食事を準備しております。どうぞこちらへ」
そう言い、マーズはユーガ達を引き連れて歩き出したのだった。
‐◇◆◇‐
マーズによると、最近村近辺で不可解なことが起こっているというのだ。
端的に言えば、野生動物や家畜が、無惨に殺されているというもの。
しかもこれまでに数十体。
いや、正確には無惨、と言うのは彼が使った表現では無い。
綺麗に殺されているというのだ。もれなく、苦しんだ形跡もなく、急所を一撃で切り裂かれているのだという。
「幸いまだ人間の被害者は出ていませんが、村人はここの所みな恐怖に沈んでいます」
「そりゃそうだ………怖すぎるなそれ…………」
俺は村の名物だという汁物をすすりながら、思わず心からの感想が漏れる。
いつ動物が人間になるか分からない。村人たちの感情はもっともだ。
「綺麗に割かれたとしても別に嬉しくないしな……」
「おや、切られたことがあるような言い方ですなぁ」
「あ、あぁ、いやいや、冗談です、気にしないでください!」
ユーガは巨大な竜との戦闘中に何度か割かれた苦い思い出を思い出す。
それをきっかけにユーガの権限の話になると面倒なので、とりあえず誤魔化す。
「ソレイユ、そんな感じのことは今までクロワールであったのか?」
「そうだなぁ、そんな感じの報告は多くねぇような気がする。一つの可能性としては魔獣だろうな」
ソレイユはこれまでに様々な事件を解決してきたのだろう。
その情報網を駆使してもあまり心当たりがないということは、犯人は魔獣なのだろうか。
「実は、村周辺で魔獣を見たという報告も何件かされております。これまでは全くそんなことは無かったのに……。今では迂闊に周りの森に採集に入ることもできません……」
マーズは消え入りそうな声で呟く。
俯いたマーズは、最初に見た何倍も小さく見えた。
それを見てユーガはなるほどと頷く。恐怖という心理的問題から、食料問題にまで発展していたのだ。
マーズが深刻そうにしているのも分かる。これは緊急の問題だ。
「どうか、お力添えを…………」
深々と、ユーガ達に、いや、ソレイユに頭を下げるマーズ。
「もちろんだぜ。安心しろよ、村長。俺が来たんだからな!」
なんの迷いもなくそう言い、力強く胸を叩くソレイユ。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
何度も何度も、マーズはこちらに感謝を伝えてきた。
瞳には涙が浮かんでおり、見守るユーガももらい泣きしそうだ。
「ところで、この汁物美味しいですね!!何でできてるんですか?とくに、このぷにぷにしてる奴が美味しいです」
それを誤魔化すようにユーガは明るく振舞った。
それに実際この汁物はおいしい。芳醇な味に、このぷにぷにした球体がよく合う。
ソレイユもユーガに賛同し、
「本当だよな。俺はもう数え切れないぐらい食べた」
「あぁ、それですか。いやぁ、気に入って貰えたなら良かった!それはですね、月牛のタマターマですよ!」
「………………ん?」
「………………へ?」
マーズが眦の涙を拭きながら嬉しそうにそう説明してきた。
「タマターマって……………」
「あれ、ご存知ありませんでした?タマターマは後ろ足の間にぶら下がって…………」
「あ、もう十分です。ご馳走様でした」
「俺もだ。ありがとう村長」
「えぇ、まだまだありますよぉ!言ってくだされば新鮮なタマターマを今から………」
「「結構です!!!!!」」
世の中って知らなくてもいい事も沢山あるのだと、改めて実感した瞬間だった。




