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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第三章 『異端者達のお茶会』
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第三章 第5話 『月光下の救済』

「……これが、俺が経験した、勇者による故郷の壊滅と、世界の禁忌を二つ破ることになった経緯だ」


長い話を終え、流石に疲れたユーガはソレイユが入れてくれた紅茶で口の中を潤す。

やはり彼の入れる紅茶はおいしい。


ただ、口の中の渇きは単に話し続けたからだけではないだろう。


ソレイユが、ユーガの話したことを信じてくれるかどうか。

それは語っている最中もずっと懸念していたことだったのだ。


場合によっては、勇者が悪事を働くわけがないと、俺の話を一笑に付すかもしれない。

そして、世界の禁忌についてもどのように追及されるか分からない。もしかすると近衛騎士団に突き出されるかもしれない。


その場合は、ユーガはどうすればよいのだろうか──


「一つだけ、聞かせてくれや」


ユーガが話し始めてからずっと沈黙を続けていたソレイユが口を開く。

それを聞いてユーガも背筋を伸ばした。


「勇者を倒して、ユーガはその後どうするんだ?」


「──────」


「良くあることだぜ。恨みで動き続けた奴は、目標が達成された瞬間に燃え尽きて死んだようになる。実際に死ぬやつもいる。あんまり言いたかねぇが、近衛騎士団にもそんなやつはいた」


ソレイユは遠い記憶をたどるように目を細める。


「あの時俺は何もしてやれなかった……。いや、むしろ逆だ。あいつの目標を、目標だけを叶えるのを全力で手伝ってたんだ」


彼の目に誰が映っているのか、ユーガには分からない。

しかし、ソレイユの顔には確かな後悔の色が滲んでいて。


「俺もあいつも、未来のことなんか考えてる余裕はなかった。それは本当のことだ。その時を生きるのに精いっぱいだった」


ソレイユは長いため息をつき、


「ただ、あの時の俺があいつに本当の意味で手を差し伸べられていたら……」


そこまで言って言葉を切ってうつむいた。

ユーガはどんな言葉をかければいいのか分からない。きっと、かける必要もないのだろう。


しかし、彼がなぜそんな話をしたのか、ユーガはまだ理解できていなくて。

ソレイユにとって深い傷を残したであろうそれを、なぜユーガに伝えたのか。


「だからもう一度聞くぜ、ユーガ。勇者を倒して、その後どうするつもりだ?」


ソレイユの琥珀色の力強い目に射抜かれる。

誤魔化すことはできない。ユーガは逃げ場を失ったのだ。


「俺……は」


ユーガは答えなど頭にないまま静寂を恐れて口を開いたが、その続きは出てこない。


正直、勇者を倒した後のことなど全く考えていなかった。

ただ故郷は崩壊しているし、人も殺してしまった。確実に、元の暮らしには戻れない。


だったら、勇者を討伐した後のユーガの手には何が残る?

何がしたい?


血に濡れた手でパンを作り続け、一生を終えるのか?


世界の英雄を殺めたこの身を、世界は許してくれるのだろうか?


ユーガはソレイユが語った、かつての騎士の気持ちがようやっと分かった気がする。


絶望の中、ユーガを生かしているのは、どす黒い怨嗟のみなのだと。

それが消えた瞬間、ユーガは、世界の敵となるユーガは生きることに耐えられないだろう。


それならいっそ、すべてが終わった後に命を絶って──



「だからよ、ユーガ。俺と、俺たちと、これからの生きる意味を作っていこうぜ」



「え……?」


一瞬、ソレイユが発した言葉の意味を呑み込めない。それほどに、ユーガにとっては想定外で。


「今すぐに、ってのはむずいけどよ、ユーガが生きたいと思えるように、それだけの価値がこの世界にはあるんだって分かるまで、俺が手を貸すぜ」


ユーガを真っすぐに見据えるソレイユの目に迷いはない。

正面から、ユーガに向き合ってくれてる。


「だから、そんな目はやめてこうぜ。徐々にでいいけどよ」


「あ………」


ソレイユの瞳にユーガの顔が映っている。

そこにあった自分の目は、光を失い、屍のようだった。


ずっと、こんな感じだったのか。


これまで全く気付かなかった。それだけ、目的を達する以外に興味がなかったのだろう。


「俺はお前の見方だ。ユーガ。お前のことは、俺が守るぜ。──俺は盾だから」


立ち上がり、ソレイユはこちらに拳を差し出してくる。

そしてじっと、ユーガを待っている。


捕虜となった先で、冷徹な男と出会い、怨嗟に火をつけた。


ティアと出会い、燃えるような怨嗟を吐き出す方法を知った。


どれも、ユーガを突き動かす原動力とはなった。

実際、それらがなければユーガは崩壊した町で震えながら小さくなっていたかもしれない。


しかし、その先。ソレイユはそれを見ている。

そしてユーガの話を全て信じると、見方をすると、ユーガのことを全肯定すると言ってくれている。



「あぁ、ほんと、俺は人に助けられてばっかりだな」



ユーガはゆっくりと立ち上がり、



「ありがとう、ソレイユ。これからよろしく頼むわ」



「あぁ、こちらこそだよ。最高のパン屋さんよ!」



ソレイユの拳と自分の拳をぶつけたのだった。


こうして、ユーガにとって初めての救済が訪れたのだった。




  ✼✼✼




「そう言えば、俺()()ってさっき言ってたか?それってどういう──」


「妾たちのことに決まっておろう」


「え?」


ユーガはソレイユの発言に引っかかりを覚えたが、その疑問の答えの方からやってきたようだ。


部屋の扉が勢いよく開け放たれ、その先に燃えるような女が立っていた。


「お前、今の話聞いてたの?」


「もちろんじゃ。ここを誰の屋敷と心得る」


「それもそうか……」


立ち聞きしていたのを全く悪びれる様子のないミラに、抗議しても無駄だと諦める。


「って、まさか、お前!」


「やっと気づいたか。感謝するがいい。──妾も貴様の旅路について行ってやろう。至福じゃろう?」


「至福て……」


ミラが得意げな表情で、喜べと強要してくる。


「ついて来てもらえるなら嬉しいんだけど、そもそもお前戦えるの?」


「ふん、不敬なもの言いよのう。少なくとも貴様よりは戦力になろう」


「何も言い返せねぇぜ……!」


何度か彼女にぶっ飛ばされた記憶のあるユーガは反論の言葉が見つからない。

実際ミラの方が強いのは確かだ。


「でも何で急に俺についてくるって話になってんだ?お前、見るからに良いとこのお嬢様だろ?急に旅立つ!とか言って大丈夫なの?」


「たわけ。良い訳がなかろう」


「ダメなのかよ!」


あった当初からミラに調子を崩されてばかりのユーガだが、むしろ心地よい気もしてきた。


「いや、心地よいって、なんか変態みたいから駄目だ」


「何をぶつぶつと……まぁよい。妾はこの都市で残る責務を果たしてから貴様に合流しよう。貴様は一度エトワールに戻るのじゃな?」


「なんでそこまで知って……ソレイユか」


「すまねぇな、女の子と話す時は思わずしゃべりすぎちまう。余裕がないもんでよ」


おそらく、今夜部屋で集まる件についてもソレイユがミラに伝えたのだろう。


ミラも事前にユーガに同行するつもりだということをソレイユに伝えていたのだろう。だからソレイユは「俺()()」という表現を使ったのだ。ようやく納得がいった。


彼女は律儀にユーガとソレイユの話が一段落するまで待ってくれていたようだが。


「ソレイユは悪くないのじゃ!大体の悪いことは全部このたわけのせいじゃ」


「聞捨てならねぇなぁ!」


ユーガはものすごい頻度で罵声を浴びせてくるミラを糾弾するが完全無視。


「でも、お前が同行して、お前に何かいいことあるのか?」


「そも、妾は美味なるものを追い求めるのが性質であってな」


「ほう?」


「お嬢様は『美食姫』呼ばれることもございます」


「うぉ、びっくりした!」


いつの間にかミラの隣に控えていたデネボラが声を発してユーガは飛びのく。普通に怖い。


「そういうわけで、しばらく貴様の焼くパンとやらを見定めてやろうという話じゃ」


「単純に俺のパン食べたいだけだろ……」


「なんじゃ?」


「いえいえいえ……何でもございません」


ミラの剣幕に押され、ものすごい勢いで後ずさりしながらユーガが小さくなる。


「そういえば、俺の話聞いてたんなら、俺の話を信じてくれてるってことなのか?」


ユーガは一番の関門に思い当たり、そうミラに問う。


そもそも重要で危険度の高い情報のため、わざわざ夜遅くにソレイユの部屋に話に来ていたのだ。


これでミラがユーガの話を疑ったり、裏切りなどを考えていたりすれば──



「何をどうでもいい話をしておるのじゃ。妾は美味なるものが食べられればそれでよいのじゃ」


「は?」


ユーガが絶句。ソレイユも口を開けて固まっている。

ユーガは勝手に、パンが食べたいというのはただの建前で、もっとしっかりとした理由があると思っていた。


しかし、まさか──


「妾は貴様の話の真偽も、貴様の葛藤などもどうでもいい。──妾に、美味なるものをささげよ。それだけじゃ。さすれば、貴様に協力してやろう」


そう、誰も想像もしなかった答えを返して、『美食姫』は尊大に腕を組んでいるのだった。




  ‐◆◇◆‐




窓の外、外壁に張り付き、誰にも気づかれぬようにうごめく。

ユーガ達の話を盗み聞きしていたのはミラだけではない。


一連の内容を記録した彼は素早く撤退する。


屋根の上に上り、家々に飛び乗っていこうと──


「盗聴とは、いい趣味だな」


後ろから声がした。

子供の声。もう大方子供は寝ている時間帯であるし、そもそも屋根の上にいるのはおかしい。


彼が訝しみながら振り向くと──


「本当に、虫唾が走るよ。お前らには」


「─────」


光がほとばしり、彼は跡形もなく蒸発していた。

それこそ、彼自身も気づかないほどの速度で。


「やっぱりか。全く」


白いワンピースを着た少女──ティアは、その焼け跡に落ちていた黒い結晶を拾い上げた。

ティアの、人外の一撃にも無傷のそれを拾い上げ、彼女はその容姿に合わない舌打ちをした。


彼女の表情は、どこか悲しげで。

その理由を知るものはこの世界に片手で数えられる程もいないのだが。



「本当にやるつもりなのかい。……私も今回は手加減をしないよ」



月明かりの下、少女が指でそれを砕いた。

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