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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第三章 『異端者達のお茶会』
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第三章 第1話 『首都』

「それで、どう落とし所をつけるつもりだ」


目の前の、岩のような男が荘厳に告げる。


同じ問いは幾度も繰り返され、議論が進んでいないことは明らかだった。


広い部屋に、男が三人。

そのうちの一人であるユーガは、扉の前で話の行く末を見守っている。


数歩進んだ所には、近衛騎士団の制服に身を包んだソレイユが立っており、男と対面しているのだ。


「だから、都市被害が出る前に討伐することは必須だったんだよ!あそこでやらなきゃ、何人死んでたか………」


「何のために希少な魔道具をお前に渡し、直接私と話せるようにしたと思っている」


「それは……伝達漏れがないように」


「そうだな?では何故、私の指示に従わなかった!待機していろと、伝えたであろう!」


「竜の被害はどんどん深刻になってたんだ!俺の判断は間違ってねぇ!」


ソレイユは机の方に近づいていき、男が肘をついている机に勢いよく手を叩きつける。


そんなソレイユの様子にも、男は怯んだ様子もなく、


「これでもか?」


「なんだこれ………あ」


男はくたびれた紙を一枚取りだし、それを見たソレイユが絶句する。


「あと数日で、魔人国から使者が来るはずだったのだ。私が全力で盟約を結んでいる間に、お前は、全てを台無しにしたのだ!」


「─────」


「お前の行動で、優秀な騎士たちも失った。そして竜を殺された今、魔人国とも連絡がつかない」


ソレイユは何か言おうとするが、開いた口からは言葉が出ることは無い。


「──それで、どう落とし所をつけるつもりだ?」


同じ問の再来。


この男は他の議論に興味などなく、始めからこの問いの答えだけをソレイユに求めているのが分かった。


男は黙り、ソレイユの返答を待つ。


答える者、問う者が口を開かないため、必然的に部屋に沈黙が下りる。


男は椅子に座り、机越しに対面しているのだがそう思えないほどに圧迫感がある。


「だけど………俺は…………」


ようやっとソレイユが口を開き、何か言おうとするが、男がため息をつき、


「出ていけ。もうこの国にお前は必要ない、ソレイユ」


「団長……!俺は……俺は……!」


ソレイユが身を乗り出そうとしたが、男の手がそれを制止した。





「出ていけ。……お前の為に騎士たちを呼びたくは無い。お前の職務は、終了だ」





-◆◇◆-




執務室を後にしたユーガとソレイユは、渡り廊下で足を止めた。


ユーガは責任を感じずにはいられない。

だって、ほとんど自分のせいでソレイユと団長が決別したようなものではないか。


あと数日待てば、ソレイユが竜に対処しなくとも、魔人国の使者たちが解決してくれたかもしれないのだ。


それなのに、俺はソレイユに無理を言って竜の討伐に踏み切ったのだ。


「ソレイユさん……すみません、俺もこんなことになるとは………」


こちらに背を向けたまま、ソレイユは振り返らない。

表情が見えないので、彼が今どんな顔をしているのか分からない。


悲しみに染まっているのだろうか。あるいは、ユーガに対する怒りを燃やしているのだろうか。


「…………った」


「え?」


「やったぞ───!はははは!」


突然、ソレイユが両手を上に掲げ、歓喜を顔に浮かべている。


「えぇ?!何で喜んでるんですか!俺のせいで立場が……」


ユーガは理解が追いつかず、目を白黒させる。


「おいおいユーガ。もう畏まるのはやめろよ。俺も晴れて無職なんだ」


ソレイユがユーガと肩を組む。

鍛え上げられた筋肉が服越しにも分かる。


唐突な物理的な、そして心理的な距離感の変化にユーガは戸惑いを隠せない。


「ですが…………」


「お前、無職の同い年ぐらいのやつに敬語使うのか?そもそも閲星教の教えに従うなら、年齢による立場の区別なんてねぇのによぉ」


「それは分かるんですが、国の重役だった方にそんな………」


「いいからよ、もう、うんざりなんだよ……重圧に苦しむのはよぉ」


輝くような笑みの中に、一瞬影が差すのを見てしまったユーガは、一瞬息を飲む。


「─────っ、わかりま………わかった」


結局、ユーガは彼の要求通り、対等な立場に落ち着くことに決めた。


「よしよし。ま、いずれはこうなると思ってたんだ。お前のせいじゃねぇから心配すんな!」


ソレイユは満足そうに頷き、組んでいた肩を解いて歩みを続ける。


「………何でなんだ?」


ユーガは、口の中だけでそうこぼす。


今回のソレイユの処遇について、彼としては納得しているようである。

しかしながら、ユーガとしては彼の反応が腑に落ちない。


彼なりに、抱えていた思いがあったのかもしれない。

だとすれば、これ以上突っ込むのは野暮なのだろうか。


ただ、執務室でのソレイユの様子を見るに、副団長を追われて嬉しいだけのはずがない。


ユーガは悶々とした心持ちで渡り廊下の窓から外を眺める。

遠くで、小さく、豆粒のような人々がアリのように動いている。


ユーガとソレイユは現在、クロワールの首都に滞在している。


エトワール同様、首都にはさまざまな種族が暮らしている。

さすが多様性の国、クロワールと言ったところだろう。


しかしエトワールで慣れたとは言え、ユーガにとっては多様性に富む都市は面白い一方、落ち着かない。


クロワールの首都は世界三大都市の一つに数えられており、経済規模、人口など、様々な点において他の都市とは一線を画す。


中でも、現在ユーガ達がいる建物は首都の中心部にそびえ立ち、首都の象徴たる場所である。


この巨大な建物は通称『奉星城』と呼ばれ、クロワールの人々から愛されている。


『奉星城』は、周囲よりも高くなった崖のような場所にあり、ユーガは窓越しに首都の街を見下ろす形だ。


「綺麗な建物だよなぁ………」


城に教会の要素を取り込んだような見た目、円状に展開されたこの建物は、曲線と直線のコントラストが美しい。


中でも目を引くのは、中心部にいくつも集まった高い塔である。最も高い塔を中心に、数十棟の高い塔が密集し、一つの塊を成している。


すべて屋根の部分は鋭く、尖った形をしており、その頂点部分には星があしらわれている。


また、城全体が特別な素材で出来ているといい、淡く緑色に輝いている。

この輝きが、この城を現実のものとは思えないほどに美しく感じさせるのだ。


「そういえば、昔は城として使われてたのを教会としても使い出したんだっけな」


ユーガは城に入る前にソレイユが話していたことを思い出す。


この建物は、教会と政治の中心地という二つの役割を担っている。


王座が空席の今、実質的な権力は、執務室で話した男──近衛騎士団団長、タレス・アル・フルファンが握っており、聖議会と呼ばれる賢人たちの集まりと協議しつつ政策を決めているそうだ。


『閲星教』が深く根差すこの国では、閲星教と、政治とは切っても切り離せない関係にある。


実際に、タレスの執務室も、聖議会の会場も、実質的な『閲星教』の中心教会、『奉星城』の中にあるのだ。


ユーガたちは、タレスに呼び出され、はるばるエトワールからこの首都に足を運んだ訳であるのだが、


「やべ、色々考えてたらソレイユに置いてかれる。行かなきゃ───」


もうすでに背中の見えなくなった無職ソレイユを追いかけようとし───



「妾の、愛しい御方────!」



「おぶっ?!」


突然の顔面への容赦ない圧力に呼吸困難。

弾力のあるやわらかい何かにがっつりと鼻と口をふさがれ、押し倒される。


いくら柔らかいものでも生命維持に必要な場所を塞がれると凶器になる。


もがいてはいるのだが、頭をしっかりと掴まれているせいで中々逃げることができない。


そうして、意識が飛びかける寸前、一瞬ユーガにかかる力が緩んだ隙に、


「ぶはっ!その凶器をよけろ!!」


死に物狂いで圧力の原因を押しのけた。


「はぁっ………はぁっ……なんだってんだ」


何とか脱出し、ユーガは頭を振って荒い息を着いた。


すると、


「まぁ、なんと凛々しい御方……やはりあの噂は本当のようじゃ……」


「え……?」


俺の上に乗り、うっとりとした面持ちでこちらを眺めてくる美女。ユーガの頬に手を当て、恍惚とした表情を浮かべている。


息がかかるほどの距離で造形が整い過ぎた存在に見つめられ、息が詰まる。


そんな中、ユーガは凶器の正体に目をやる。


長く伸ばした燃えるような赤い髪、琥珀色の大きな瞳、赤を基調としたドレスは、その豊満な胸を惜しげも無く強調している。


今しがた、この暴力的な胸に殺されかけたのか……と一人で納得する。


しかし、彼女が発した言葉の中には、未だによく分からないものがあって。


「あの……噂ってなんのこと……?」


ユーガが問うと、女はユーガの上から降り、立ち上がった。


「うん?当の本人が自覚がないとは、謙虚なものよのう」


「と言うと?」


「──『幻竜』の討伐」


「あ…………」


「民を脅かす存在を少しでも早く取り除いたのじゃろ?それは、結果がどうであれ賞賛に値するのじゃ」


今なお、心に残り続ける疑問をこの女は一蹴する。


正しかったのか、当人であるユーガですら分かっていないものを、真正面から肯定したのだ。


それにユーガは唖然として───



「それに、数々の逸話も聞いておるぞ」


「あれ?逸話?」


「『リゲル事変』を解決し、魔王軍との戦いでも大きな貢献をし」


「あれれ?俺そんなことしたっけ?」


「更に、高潔で、国のために我が身を顧みず働いていると!」


「あれれれ?」


「──妾は貴方を迎えに来たのじゃ!ソレイユ!」


「あれれれれ?」


「妾と共に往くのじゃ。──愛の旅路へ」



女はそう言い切り、手を取れと、手をこちらに差し出している。

その顔は、自信に満ち溢れており、自分が拒絶されるなどとは微塵も思っていない様子だ。


しばしの思案の末、ユーガは服を払いながら立ち上がり、気まずそうな顔を浮かべ、




「いや、俺ソレイユじゃないんだけど」




と頬を搔きながら苦笑した。



沈黙が下りる。


女は、こちらに手を差し出したままの体勢で固まっている。


表情は依然として自身たっぷりの時と変わらないが、「お──い、お───い」と声をかけても反応しない。ユーガが移動しても、ユーガが元居た場所を見たまま動かない。


「おーい、ユーガ遅ぇぞ、何やってんだ」


「あ、ソレイユさ………ソレイユ」


「おうとも、俺がソレイユだ!」


ユーガが敬称を付けなかったことで満足そうなソレイユ。


廊下の先から、ユーガのためにわざわざ戻ってきてくれたのだろう。


こちらの様子は全く気にせず、ズカズカとこちらに近づいてくる。


「俺イチオシの飯屋があるからよ、そこ行こうぜぇ!昼時は混むから今のうちに……ありゃ」


と、そこまで言ったところでソレイユが隣の女の存在に気づく。


むしろそこまで言うまで気づかなかったのかよ……。


と俺が呆れていると、


「お嬢様。こちらの金色の髪の方がソレイユ殿とお見受けします」


「は、え?!いつの間に?!」


唐突に、執事の服に身を包んだ壮年の男が女の隣に現れた。白髪(しらが)がほとんどを占め、伸ばした髪を後ろでまとめている。


意識の合間を縫うように現れた男にユーガは驚きを隠せない。見れば、ソレイユも目を丸くしている。


「お伝えするのが遅くなり申し訳ございません。何分私めの到着が遅れました故」


「では、この者はなんじゃ?」


女は特に男に驚いた様子もなく、毅然としている。

いつのまにやら正気を取り戻したようで、ユーガを扇子で指している。


「ソレイユ殿に同行した、身元不明の白髪(はくはつ)の男との事です。門番の噂話に聞きました故」


女は、「そうか」と短く言い、


「ふん」


「ごっ?!」


唐突にユーガの顎の先を拳で殴った。

細い腕からは想像もできないほどの威力にユーガは目を回す。


派手に吹っ飛び、転がる。

点々と、ユーガの血が青い絨毯に黒い染みをつける。


「何、すんだよ………」


「妾に気安く触れたからじゃろう。汚らわしい」


「いや、お前から抱きついてきたんだろ……」


そんなものは知らぬ、と言わんばかりに顔を背ける女。


残念ながら、顎が砕かれた恨み節も彼女には届かなさそうだ。


「お嬢様。この者は先程お嬢様の胸元を見ておりました。お嬢様のお姿は魅力的故」


「斬首に処せ」


「御意に」


「いや重すぎんだろ!?」


言いがかりがすぎる。

ユーガはただ、何が自分を窒息死させかけたのか確かめようとしただけであるのだ。……そのはずだ。


すると、瞬きの間に執事服の男がユーガの目の前に迫り──


「させる訳ねぇだろぉよ」


ソレイユがユーガと男の間に入り込み、男の手刀を盾で弾いた。


金属同士がぶつかる音がして、壮年の男が目を細める。


そして、そのままお互い何もせずに距離をとった。


「いや、ギィィィン!って、手刀で出る音じゃないだろ……」


「大丈夫かよ、ユーガ」


「あ、あぁ………って……………ぐぅ……」


ソレイユの手を取り立ち上がろうとした瞬間、半不死の権限が発動する。


ユーガは体勢を崩して倒れ、うずくまる。


顎のみなので負担は少ないが、それでもなお苦痛が全身を蹂躙する。


「ぐっ………ぅぅ…………」


ユーガはできるだけ声を抑えるが、この女たちにこんな所を見られては───


「ミラ・タイラだな?噂は聞いてるぜぇ」


「まぁ!ソレイユも妾の事を知っていると?嬉しいこと限りないのじゃ!」


と、ソレイユがミラ、と呼ばれる女とユーガの間に入り、ユーガを隠すように動いてくれた。


正直、ユーガの力の存在を公にするのはまずい。


ソレイユにはまだしっかりと説明できていないが、彼はそれが分かっていて守ってくれたのだろう。


「ふふふ、ソレイユが、妾のことを……」


ソレイユに知ってもらっていたことがよっぽど嬉しかったのか、ミラは悶えるように喜んでいる。


「何の用だぁ?ここは『奉星城』。人を殺す場所でも遊ぶ場所でもねぇぞ」


「無論、妾とて、戯れに来た訳では無いのじゃ」


警戒を解かないソレイユの警告をさらりと流し、ミラは一拍置いて、





「───ソレイユ、妾を(めと)るのじゃ」


「は?」


そう、堂々と端的な求婚をしたミラに、ユーガもソレイユも唖然とするしかないのであった。

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