第二章 第15話 『鬼盾』
鬼盾マイオス─────。
その起源は詳細には不明とされており、唯一分かっているのは鬼族の最高傑作と言うことである。
無論、その強みはどのような攻撃も通さないとされるその防御力である。
隕石を止めた、魔王の破滅の一撃を止めた、など数々の逸話はあるが、実物の実力が、全てを裏打ちしているのだ。
しかしながら、その使い方によっては、御するための代物、というだけでは無い。
『鬼盾』マイオスは、所有者以外には一寸すらも動かせない。
ある者はマイオスを山の重さと喩え、あるものはこの大陸そのものだと言った。
すなわち、通常、持ち上げることは勿論、引きずって動かすことすら不可能なのだ。
しかし、そんな超重量の盾は、所有者にとってみればほとんど重さを感じない、紙切れの様なものだという。
それゆえ、マイオスの使い手は、易々とそれを振り回す。
その速度と重量が合わされば、計り知れない破壊力が生まれることは想像に難くないだろう。
そして、もう一つのマイオスの異質さ───それは、所有者の意思に従い、数、形状を変えられるところにある。
その自由度は所有者に依存する。
歴代の所有者曰く、数を増やすことは、形状を変化させることと比べて遥かに困難、との事だ。
そのため、これまでに『鬼盾』を増やすことが出来た者は少ない。
しかし、歴代継承者の中には、十数個まで『鬼盾』を増やすことが出来た者もいたという。
無論、そのような所有者は極めて稀有であるため、大抵の継承者は、増やすのではなく、形を変えることが精一杯であった。
いずれにせよ、最強格の武器を二つ以上持つ者と敵対した時の事など、考えたくもないだろう。
***
己の、魂の一部の消失を感じる。
その元凶たる男は、目下、こちらを睨んでいる。
「─────ッ!!!」
生来、このような感情を抱いたことはない。
否、抱いた事が無いのではなく、恐らく、理解出来た試しが一度たりとも無いのだろう。
それゆえ、このような感情に出会う度、己はいつもその正体を掴もうとする。
しかしながら、一向に成功の兆しは無い。
これは、憤りとも、高揚とも、哀愁とも異なる。
──己は、主に従う事で、様々な経験を積んできた。
数々の敵と相対し、時には友と、そう呼べる者にも出会ってきた。
そんな己をして、未だに胸の内に蟠る異物。
「────────ッ!!」
己の本能は、直ぐにここから離れることを主張している。が、同時に奴を蹂躙しろと、命を奪えと、そうも言っているのだ。
二つの盾を持つ男から視線を移せば、もう既に殆どが灰となった本を持つ白髪の男が目に入る。
男は気の抜けた表情で地面に崩れ落ちている。
見るからに戦意はもう無い。
己は思案する。
最早、主の望みは完璧には叶わない。
己の存在する意味を自ら創り出さなければならない。
されば─────
「─────ッ!!」
大きく羽ばたき、『己』と共に、己が白髪の男に向かい、急降下する。
ぐんぐんと近づく男を瞳に写し、己は、これまで幾度も思った感情を再び抱く。
何と容易いことか。
最上位に君臨する我々にとって、殆どの戦いは一方的な虐殺である。
単純な速度も、力も、他を圧倒する竜族は、数回、場合によっては一度のみの行動で勝負が決まる。
現に己も、たった一度を除き、闘いで敗北したことは無い。
しかしながら、勝敗、戦いの結末が分かっているのにも関わらず、相手の様子は千差万別であった。
彼らは、時に己に懇願し、時に果敢に立ち向かい、時に諦観を示した。
『頼む…………この子達だけは…………許してくれ』
『こんなっ、所でぇぇぇ!!!』
『……負けるかよ!ここで、俺が……やるんだ!』
『もう、辞めたよ………はは……ほら、やれよ』
それでもなお、全員の瞳に宿った感情は全て似たものであった。
皆最期の瞬間の様相が異なるのに、瞳の色が同じなのだ。これは大変興味深かった。
しかし残念であるのは、己がそのどれもを理解できないところだった。
そして、それらを理解することで、己の胸でジクジクと痛む何かがきっと解けると信じてきた。
「───────ッ!!」
此度の男は最早、そのような様相を呈する様子もない。
既に、戦いから離脱しているかのように佇んでいるのだ。全身が弛緩し、惚けている。
最早、戦いという土俵に、この男は立っていない。
それはつまり、此度も己は答えを得られないということだ。
しかし今の己にとって、そんなことはどうでもいい。
胸の内のわだかまりにも目を瞑ろう。
この男の首をかっ切り、腹を切り裂き腸を出し、両の腕、両の足を断ち切り、己の息吹で焼かん。
全身全霊で、この男の命を絶やす。
己の頭に浮かぶ言葉は、呪いであり、祝福であった。
『お前は、お前のしたい様に生きていいんだよ』
己は、一言の為に、ここにいる、在るのだ。
男がどう足掻こうと、諦めようと、己は、己が生きる意味を、己自身で創るのだ。
「──────ッ!!」
一瞬にして白髪の男との距離が無くなり、『己』は爪を振り上げ────
「どうした?急に俺じゃなくてユーガ狙いやがって。───判断を間違えたな」
眼前、『己』の首から上が爆散し、己の魂が再び欠ける。
そして、『己』だったものを足場にし、男がこちらに飛び上がってくる。
「──────ッ!!──────ッ!!」
己は、急降下していたのを取りやめ、急上昇に切り替える。
この男に近づかれては、ならぬ。
全力で羽ばたき、高度を上げる。この男が上がってこられないほどに。
今一度、主の力を借り、あの者達を葬りさらなければならない。
そのためには、少し時間が欲しい。今は、とにかく遠くへ。
「───────ッ!!」
しかしながら、男は矢のような速さで己に迫り来る。
全くもって、距離が開かない。
寧ろ、縮まって来ている。
ここで、終わる訳にはいかない。
己は、大地を焼き焦がす息吹を男に放つ。
数々の命を消し去ってきたこの力。
大抵の生物はこの息吹一つで屠れる。
男は光と熱の中に飲み込まれ────
「おるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
盾を構えた男は、破壊の一撃を潜り抜け、己に迫る。
彼我の距離は、もう無い。
己の顔面の正面、男は両の腕の盾を振りかぶり、己に振り下ろす。
「───────────」
男の一撃が己の頭部を爆ぜさせる直前、己はあることに気が付き、竜ながら微笑を浮かべる。
竜の瞳には、盾の男は写っていない。
その瞳が見ているものは別の男の姿。
───成程、これは、『恐れ』であったのだ。
これが、幻竜カルロス・ウィズンの最後であった。




