第二章 第14話 『双つ』
幻術とは関係なく、世界が歪んでいるのを感じる。
それも当たり前だろう。
───目の前には、世界の最上位種が三体も並んでいるのだから。
「さぁ、どうくるよ」
空中に飛び上がったソレイユは、竜達を睨み、次の動きを警戒する。
直後、一体が地面を砕き、音を置き去りにしてソレイユの方へ飛び上がった。
ぐんぐんと二者の間の距離が無くなる。
「来たな、でっけぇトカゲ野郎が」
地面に向かって落下している最中のソレイユは、盾を上昇中の竜の方へと向ける。
竜は尋常でなく速く、三体もいる。
地表で戦えば、やつらはソレイユを取り囲み、また空中から蹂躙してきただろう。
しかし、自ら空中に飛び上がれば、奴らの攻め入る術も限られる。
ソレイユがあえて不利な空中に飛び出したのも、この竜の行動を誘うためでもあったのだ。
竜は大きく振りかぶり、その鋭利な爪を速度を乗せてソレイユへと叩きつける。
瞬間、轟音が鳴り響き、空間が爆ぜる。
「─────ッ?!」
「まぁ、硬さの勝負となっちゃあ、そうなるわな!」
『鬼盾』と衝突した竜の爪が砕け散り、キラキラとした爪の破片が中を舞う。
竜がその様子に驚愕し、一瞬、攻撃を再開するのが遅れる。
ソレイユはその一瞬の隙を逃さず盾を竜の頭に叩きつけようとし───
「ぐぅっ………………!」
横方向から予期せぬ一撃をくらい、ソレイユが苦鳴を漏らす。
攻撃に転じようとしていたため、盾の防御が間に合わずもろに脇腹にくらう。
「がっ、ごっ、がぁっ、ごっ!」
派手に吹っ飛び、地面にたたきつけられ、数回地面の上を跳ねる。
かなりの一撃だったせいで、かなりの距離を飛ばされた。
ソレイユは盾を地面に刺し、なんとか勢いを殺す。
「くっそ…………なんだってんだ?」
なんとか体勢を立て直し、空中を睨む。
そこには、長い尾を振り切った姿の二体目の竜が佇んでいた。
竜族の尾は、鞭のようにしなり、圧倒的破壊力と速度を誇る。
世界最強の竜の一体、『陰竜』に比べれば『幻竜』の尾はそこまで長くない方なのだが、それでも尚、常人が喰らえば絶命は免れない。
「っと、油断する間もねぇ」
そういうのと同時に盾を地面から抜き、体の横で構え、破滅の一撃を防ぐ。
辺りの大気が焼き焦げる香りがし、流石のソレイユも冷や汗をかく。
竜の息吹────すべてを焼き尽くす圧倒的破壊の力。その昔、ある竜は一撃で大都市を消し飛ばしたという。
竜の口から放たれるそれは、基本的にどのような防御もものともせず、『竜の息吹は守らず逃げろ』、が鉄則である。
しかし、そのような決まり文句も、竜が本気で息吹を発した時点で逃げられる訳もなく、一か八かやってみろ、という慣用表現でしかないのだが。
「まぁ、俺にしてみれば他の攻撃とあんまり変わらねぇんだが………煩わしいな」
そんな破壊の一撃を御したソレイユが元凶の方を見れば、三体目の竜が地面に四肢を固定し、口をこちらに向けて開けた状態でいる。
圧倒的連携。
多くの人が勘違いしているのだが、実は、異なる竜が三体集まったところで大した驚異では無い。
竜は、一体一体が最強格なのだが、お互いの攻撃で負傷したり、攻撃同士が打ち消しあってしまうなど、集まれば強みを生かせないことがほとんどなのだ。
しかし、この三体はその場合とは全く異なる。
「──────ッッ!!!」
「なんだ、切り札が簡単に防がれるのがそんなに不満か?」
竜の息吹を発した竜が、地面を砕きながら猛然とソレイユへ迫り、爪を振るう。
巨大な竜の体重を乗せた斬撃の速度と重さは計り知れない。
竜は、常人ならば一振り分喰らえば絶命は免れない必死の斬撃の雨を、ソレイユへと浴びせる。
「ぐ…………こんなもんを見えてない状態で捌いてたってのか、俺。最高じゃねえか」
「─────ッ!」
一撃を受ける度にソレイユの足が地面にくい込み、地面が砕ける。
鳴り響く轟音の中、すべてを防ぎ切るソレイユに竜が憤った。
次の瞬間、暴力の嵐の中、ソレイユは斬撃を受け止めるのではなく、爪の軌道を変える。
それは、盾を超速の斬撃の軌道に沿わせ、流れを変えると言う、異次元の技なのだが、
「おらぁっ!!!」
当の本人は気にする様子もなく、大きく体勢を崩した竜の胸元に『鬼盾』を叩きつけ───
「…………まじかよ」
盾が直撃する直前、もう一体の竜がソレイユに相対していた竜を尾で弾き飛ばし、ソレイユの射程圏外へと逃がした。
竜同士だからこそできる荒業を目にし、ソレイユは唖然とする。
「ぐっ…………まじで、厄介だなこれ」
吹っ飛ばされた竜に気を取られていると、鞭のような尾がソレイユの頭部へと迫り、それを盾で弾く。
厄介なのは、まともに喰らえば即終了の爪、凄まじい速さと広い攻撃範囲を併せ持つ尾だ。
何より、一体一体が近衛騎士団が出動する程の強さを誇る竜が、協力し合っているのだ。
「連携が取れる竜がこんなに厄介だとはな………」
正面、尾を弾かれた竜が、地面を蹴る。
矢のような速度で一挙にソレイユとの距離を詰めにかかる。
「うぉっ………………こいつら、どんどん速くなってやがる!」
竜が脳天に向かって大気を切り裂く一撃を放ち、ソレイユが盾を上に構えてそれを受け止める。
竜はもう一方の手でソレイユを横から刈り取ろうとし、
「どるぁ!!!」
神業。人はそういった評価を下すであろう。
通常、一方の攻撃を頭上で全力で抑えた状態で、別の方向から攻撃されるなど、絶望的でしかない。
しかし、ソレイユは頭上の攻撃を流し、横方向の攻撃にぶつける。
「─────ッ!?」
竜は思いがけず爪同士が衝突し、砕け散るのを見て驚愕している。
「初めてやったが、できるもんだなぁ、こう言うの!さぁ、今度こそおしまいだぜぇ!」
そしてソレイユは、一瞬停止、つまり戦いの最中では絶命を意味する行動を取ってしまった竜に向かって───
「あっぶ、ね!」
直後、真上から死が降り注ぐ。
ソレイユは間一髪地面を蹴り、一気に後ろへ飛ぶ。
光が目を焼き、空気が焦げる。
「流石に盾無しであれ食らうのはまずいな」
ソレイユは、自身を焼き損ねた竜の息吹が地面に大穴を空けたのを見届け───
「がっ?!」
飛んで行った先に先回りしていた竜の尾がソレイユを捉え、地面に叩きつける。
島が割れ、ソレイユは身動き出来ないほどの深さに埋まる。
「くっ、そ……………っ!やべぇ!」
ここから出るには数秒欲しい。
しかし、相手は世界の最上位。絶好の機会を待ってくれる訳がない。
地中から空を見上げれば、三体の竜がこちらを見下ろし、口を開けている。
つまり─────
「ぐっ………………!」
空気の焦げる匂いがして、三体の竜の口から、圧倒的破壊の息吹が放たれ───
「『護れ』」
ソレイユが目を瞑り、死を覚悟した瞬間、しかし、それは訪れなかった。
「は………………?」
慌てて周囲を確認すると、焼き焦げた島が目に入る。
岩ですら、溶け、跡形もなく消えているのだ。
しかし、なぜだか分からないが、ソレイユの周りだけは無傷なのだ。
「間に、あったか……………」
「ユーガ!」
声のした方に目をやると、白髪の青年がその場にへたりこんでいた。
そして、彼の周りの土地もまた無傷で。
よく見れば、彼は進行形で燃え、灰になりつつある本を手にしている。
「よくわかんねぇが、助かったぞ、ユーガ!」
「全然ですよ、ソレイユさん」
方法は分からないが、彼がソレイユを救ってくれたことは間違いないだろう。
本当に、彼には助けられてばかりだ。
それならば─────
「もう、出し惜しみはしねぇよ」
「──────ッ!!!」
いつの間にか竜達は空中に上がっていた。
見れば、全員の爪が生え変わり、全快、と言った所だった。
「回復速度も異次元かよ………こりゃ苦労する訳だ」
「───────ッ!!!」
その内の一体がソレイユに向かって下降してくる。
ぐんぐんと、速度を増し、お互いの距離が無くなる。
ソレイユは盾を構え、足を開き、防御の体勢を取る。
直後、轟音が鳴り響き、両者がぶつかり合う。
右腕の盾で一撃を防いだソレイユの足が地面を砕く。
力と力のぶつかり合い。
お互い一歩も引かない。
すると、竜が口を開け、盾の上からソレイユを焼き付くさんとする。
爪の方に力を込めたままなので、右腕の盾を使用中のソレイユにはどうすることも出来ない。
そのまま、世界の頂点たる力で人間一人を蹂躙し────
「──────ッ?!───ッ。────ッ。───────」
瞬間、竜の頭部が爆ぜ、竜が沈む。
「さて、だ。これを使うのは魔王軍と戦った時以来だぜ」
竜の亡骸を除け、左腕の盾に着いた血をふるい落とす。
「さぁ、決着と行こうか」
『歩く要塞』ソレイユ・アル・マイオス、その真骨頂『双盾』の顕現であった。




