第二章 第13話 『幻竜カルロス・ウィズン』
己の与名は、カルロス・ウィズン、という。
己はあらゆる生物種の頂点に君臨し、全ての生を授かった物は例外なく、己の力の前にひれ伏すしか無い。
今後、己以上の存在に会うことはほとんど無いだろう。
それは、世界の規定、運命とも言える。
そんな己が従うのは、たった一人、たった一つの存在のみ。
あの方に出会わなければ、己の誇り高き、尊い命はあの時終焉を迎えていただろう。
さればこそ、己の使命は果たさなければならない。
最早、服従の刻印などは関係がない。
己の本能に従い、主の最初で最後の願いを遂行するのだ。
それが、己の、竜の、生きる意味なのだから。
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幻術───。
それを初めて用いたのは知の精霊と言われている。
魔術とも、権限とも、呪いとも異なる、相手の魂に直接干渉する術。
長い間、各国が研究を続けてきたが、その仕組みは未だに不明である。
クロワールの最高魔術研究施設の所長曰く、幻術は、人間の数百年先を行っている、と。
先に述べた通り、記録上幻術を初めて用いたのは知の精霊とされており、それは今から八百年ほど前に遡る。
人間と精霊が敵対し始めた時代、『ミリューの惨劇』と呼ばれる大量殺戮が行われた。
知の聖霊は幻術を用い、多くの命を奪った。それが、人類が初めて相対した幻術だった。
非常に多くの人々が犠牲となり、一時は国の存続が危ぶまれた程だそうだ。
その異様な様子から、ミリュー王国はそれを歴史の闇に葬り去った。
そのため、当時の詳しい情報は現代にまで残っていない。
しかし、詳しくは無いが、その惨劇について記述されたものがティアの書庫にあった。
その書物によると、幻術の効果は様々で、味方を敵に見せる、自らを不可視にする、仮想の敵を作り上げる、などだ。
ほとんどの人間はそれが幻の世界であると認識する前に命を奪われたという。
仮に気づけたとしても、幻術を解く方法は自害のみ───、つまり、幻術をかけられた時点で死から逃れるすべは無いのだ。
その手法は古の時代に失われたとされ、現代でそれを扱えるのは知の精霊のみとされているが───
「そのまさかだったとはな。竜が幻術使うとか正気の発想じゃねぇわ」
「助かったぞ、ユーガ。あのままでは俺も危ないところだった」
正面の警戒を続けるソレイユが、振り返らずに礼を述べる。
「いやー、正直賭けでしたよ。本で読んだ幻術と同じで自害しないと解けない、とかだったら為す術なしだったし」
理由は分からないが、多少条件が緩かったらしく、「自害」ではなく「自傷」で済んだらしい。
まぁ、命のやり取りのさなか、まさか自らに攻撃しようとする者など居ないだろうから、十分悪質なのだが。
「ひとまず、ティアに感謝だな」
「ん?なんで大魔道士様の名前を?」
「あー!いや、なんでもないです!なんとなく、安心して大魔道士様のお名前を………」
「まぁ、気持ちは分かんだが、敬称は忘れるなよ」
「すみません、ついうっかり………それよりも」
なんとかティアと俺との関係が露呈することを防ぎ、俺は今直面している問題に取り掛かる。
幻術の問題は解決したかに思えたが───
「竜が三体って………」
俺たちの目の前では、巨躯を並べた三体の竜がこちらを睨んでいる。
こちらを警戒しているのか、直ぐに攻撃はしてこない。
恐らく、幻術を破られたのは初めてなのだろう。
「いや、変だぞ。魔人国が所有する『幻竜』も、逃げ出したものも、一体のはずだがな」
「またよく分からない術でも使ってるのか……?」
まだ幻術の中、なんてのはやめて欲しい。
どれぐらい高度なのかは分からないが、二重で幻術を使うことも可能なのだろうか。
不安になった俺は、うつ伏せの体勢のまま、左手で頬を殴ろうとし──
「ぎ、ぁああああああああ!!!!」
唐突に権限が発動し、耐え難い苦痛が身体中を駆け巡る。
右腕右足を内部からぐちゃぐちゃにされているような。筋肉の筋一本一本が蠕動する。
頭の中も掻き回され、目が回り、吐き気が込み上げてくる。
「はっ…………ふぅっ…………腕と足だけだった、から、まだ軽かったな……………」
しばらくして、苦痛の時間が過ぎ去った事を確認した俺は、ゆっくりと立ち上がった。
戻ってきた右手を握って開き、感覚を確認する。
問題無いようだ。憎らしいほどに半不死の権限は完璧なのだ。今のところ不具合は無い。
「って、あれ……………?」
しかし、次に視界に映ったのは再び霧の中の島。
「また元通りってことか………仕方ないな」
俺は気が進まないながらも、もう一度拳を握りこみ、復活した右手で頬を殴る。
「………なんでだよ」
殴ってはみたが、未だに涙目に映るのは霧のみ。竜の姿も、ソレイユの姿もない。
「本気で自分を傷つけなきゃってことかよ………権限が発動するのも怖いんだが……」
恐らく、軽く小突くなど、生易しい自傷行為では効果がないのだろう。
正直、気が進まなかったので最初ほどは力を入れられなかったのだろう。
そもそも、自分を本気で殴るなど、正気の人間がそう易々と出来るものでは無い。
やるなら、覚悟を持って、本気でやらなくては。
「いっ………………てぇ」
今度は本気で自分の頬を殴った。
未だに権限が発動する基準が分かっていない。
自傷したことで再び権限が発動する、という事は避けたい。永遠の繰り返しにもなりかねない。
「お……上手くいったっぽいな」
すると、視界を覆っていた霧が晴れ、幻術からの解放を確認する。
雲ひとつない青空が眩しい。
「訳わかんねぇけど、権限が発動したらもっかい自傷かよ………きついな」
「ユーガ………その、力は…………」
「あ、やっちまった」
ソレイユが目を丸くしてこちらを見ている。それを確認して、俺は自らの失態に気づく、
半不死の権限は、一応回復魔術の亜種みたいなもの。
つまり、禁術なのだ。
ティアからも、原則権限が他人に見られることは避けるようにと釘を刺されている。
それをソレイユに見られたのはかなりまずい気がするが───
「ぅおっと」
悠然とこちらを見ていた竜の一体が、唐突に爪を振るい、ソレイユを切り裂かんとした。
その速度は俺の目には追えないものであったが、ソレイユはそれを易々と防ぐ。
「この話はまた後でちゃんとするぞ!今はまずはあいつらをぶっ倒す!」
「分かりました!」
直後、ソレイユを驚異と見なした三体の竜が、彼の命を狩り尽くさんと、動き出す。
命を蹂躙する、音速の尾がソレイユに放たれた。
「見えていればなんてことないぜ!」
彼はそれを軽々と盾で弾き飛ばし、ソレイユは地面を砕きながら空中へと飛ぶ。
そして、竜を見下ろしながら、ソレイユは独りごつ。
「ユーガ、ここからは俺の仕事だぜ。任せとけよ」
そして、顔に笑みを浮かべたまま、名乗る。
「クロワールの盾、ソレイユ・アル・マイオス」
「─────ッ!!!」
それに呼応するように三体の竜が咆哮を上げる。
「──これ以上、この国には指一本たりとも触らせねぇぜ!!」




