第二章 第11話 『駄々っ子』
うずくまったまま、俺はなるべく体を小さくするように努めた。
耳鳴りがして、何も聞こえない。
見えるのは地面だけ。
今俺は、信じられないほどに惨めな格好をしているだろう。
失禁し、涙と鼻水を垂れ流し、赤子のように泣いている。
しかし今、そんなものはどうでもいい。
ただ、もうこれ以上、痛い目、苦しい目に合わないように──
「がっ…………ごっ……ぷ」
不意に、胸の辺りが焼けるように熱くなる。
見れば、俺の胸には大きな風穴が空いていて、そこからとめどなく血が流れている。
ボタボタと血が地面に赤黒い染みを作り、息もできない。
痛い。苦しい。痛い。苦しい。痛い。苦しい。痛い。苦しい。痛い。苦しい
「ひっ…………がっ、あが、ああぁあああ!!ああぁあ!!!!」
再度の権限の発動。
胸の辺りの全てが蠕動する。
死という喪失感と苦しみ、そしてそんな世界の理を丸ごとひっくり返し、無理やり命を繋ぎ止める権限の繰り返しに頭がおかしくなる。
すうっと苦しみが抜けた後に残るのは、多少の疲労感だけで。
「もう、いや、だ………嫌なんだ………」
俺は相も変わらず、ひたすらにうずくまり続ける。
「こんなの、嫌だ…………いやだ……………いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだぁ」
嫌々と、頭を振る。
額が地面と擦れて皮が剥ける。
「……………………?」
全てを投げ出そうとした時、回復してきた耳が轟音を捉える。
「ソレ、イユ………さん?」
「が、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
顔を上げると、少し離れたところにソレイユが立っているのが見えた。
彼は血走った目で盾を振り回し、咆哮、というのに相応しい叫び声を上げている。
「があぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
彼は、ひたすらに叫び続ける。
「がっあぁぁああっ、ぁぁぁああああ!!」
『鬼盾』を自由自在に操り、俺にはほとんど見えない程の速度で盾が踊る。
「っが、ああぁぁあぁぁぁぁああ!!!」
「…………ソレイユ、さん?」
──────ソレイユは、一人で、暴れているのだ。
俺は、彼がしていることに目を見張る。
限界だった俺にしても、彼のしていることはあまりにも異質で。
彼は息も絶え絶えに、人ならざる力をふんだんに使い、暴れているのだ。
あたかも、一人で踊っているような、盾を振り回しながら、狂った踊りを踊っているような。
「な、にを………………あ」
だが、俺が理解するまでには長くはかからなかった。
………ああ、彼にとってすら、もう、無理だったのだ、と。
彼の精神はもう、限界なのだと。俺と同じく。
親しい人を失い、自身も死の淵におかれ。
そんな状況で普通の精神状態を保つ方が無理なのだ。
部隊は壊滅、作戦も失敗。
この状況のどこに希望があるというのか。
そうだ、無理なのだ。彼をして、無理なのだ。
それなら、もういっそこのまま───
「────ッか」
そんな甘い考えは喉元の灼熱にかき消される。
また、息が。いきができない。
おぼれる。あかい。ちで。おぼれる。
くるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしい
「─────ッは、はぁっ、はぁっ………」
感覚を取り戻し始めた鼓膜を、固いもの同士がぶつかり合う低い轟音が揺らす。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
俺は再びうずくまり、耳を塞ぐ。
何も見たくない。聞きたくない。やりたくもない。
痛いのも嫌だ。でも、なにかするのも、嫌だ。
ずっとこうして自分だけ守って、この時間が過ぎ去るのを待っていたい。
そうだ、ソレイユに、任せておけばいい。
そうだ、そのはずだ。だって彼は───
「っ!がぎゃあがぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」
脳が激痛に支配される。
俺は腹部に衝撃を受け、数回転した後に仰向けになった。
「ひっ………はっ…………ぐぅっ………」
情けない声が口からこぼれる。
俺の目は、腹からこぼれた腸を捉えた。
腸は俺が転がってきたと思われる道筋に汚らしく散らばっている。
先程は縦に裂かれた訳だが、次は腹に一閃、横に切られたのだ。
体が懸命に命を繋ごうとする不規則な呼吸で、体が細かく震える。
このまま死ねれば楽なのだろうか。
俺は知ることは出来ない。
権能が俺を死なせない。
ひたすらに、地獄の時間が過ぎていく。




