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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第一章 『最悪な出会いと最悪な別れ』
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第一章 第1話 『パン屋の日常』

「ガっ…ぷァ」


熱い。熱い熱い熱い熱い。


息ができない。焼ける。


血が、喉からあふれてくる。


「だれ、か……誰がぁぁあぁあ!!」


小さな暗い部屋に悲痛な声が響き渡った。



***



「ふぅ…………よし、今日はどのぐらい売れるかな。」


両手を少し広げれば持てる程度の木の箱に、焼きたてのパンがぎっしりと詰まっている。

パン特有の香ばしい匂いが鼻へ届き、食べていないのにその味を舌が錯覚する。


僕はしっかりと箱を持ち上げ、部屋を出る。

—ふと、部屋を出たところで横から声をかけられた。


「ユーガ、町へ降りるの?ついでにおつかいを頼めるかしら。」


廊下の先から母親が小走りにやってきた。


「あぁ、いいよ、ついでだし。」


「良かった!今日の晩御飯の為の材料がなくて困ってたのよ。」


母親は文字通り胸を撫で下ろす。


「またパンだけの晩御飯なんて嫌でしょ?はい、これ。買って欲しいものが書いてあるから。」


急いで書いたのだろう、殴り書きのような字が紙切れに書いてあった。

以前あった三食パンのフルコースについては割愛する。パンは好きだが、あれは思い出したくもない。


「わかった、買ってくる。ほかには大丈夫?」


「うーんとね……、ううん、大丈夫よ。お願いね。」


「そうなの?……じゃあ、行ってきます!」


「気をつけてね!」


母親の声を後ろに聞きながら、ドアを開け外に出る。


高めの丘のような場所(どちらかと言うと山のようだが)に、一軒だけある家。周りは木々で囲まれ、家が立っている場所だけが開けている。ここからは街並みを一望することができた。


そこまで大きくない、円状に森で囲まれた町だ。上から見ると、赤い屋根が目立つ。


肺いっぱいに息を吸い込む。爽やかな緑の香りが頭を冴え渡らせた。

朝は苦手な方だが、早朝の空気は好きだ。


軽く足を伸ばし、体操をする。怪我をすると仕事が出来なくなってしまう。

準備体操は大事だ。


「……よしっと。さて、行くか!」


鳥の鳴き声を聞きながら、地面を蹴って走り出す。

パンは焼きたてが美味しい。

これは誰がなんと言おうと正しい。


少しでも早く、このパンを届けたい。


***


「まいど!!」


貨幣を受け取り、パンを手渡す。


「毎日毎日ユーガくんは偉いわねぇ。あの丘からパンを届けに来るなんて。」


そう言いながら、恰幅の良いおばさんが笑う。

この人はいつもパンを買ってくれるドム、という人だった。

隣には、今手渡したパンの袋を持つ、細身の夫がいた。


「どうしたんですか改まって。ドムさんが買ってくれるんだからちゃんと来なきゃですよ!!ほんとにいつもありがとうございます!」


ここは町の中心部あたりにある小さな広場。

地面は石畳によって舗装されている。


広場の中心には水が吹き出す噴水のようなモニュメントがあり、その周りには町の人によって植えられた色とりどりの花が咲いている。


その広場には小規模な人だかりができていて、そこで僕はパンを売っていた。


「ユーガは本当にしっかりものだなぁ、俺にもひとつくれ!」


「あっ、ベストさん、今日も来てくれたんですね!ありがとうございます!!」


豪快な笑みを浮かべているのは町一番の腕利きのベストという中年の男だ。


毛皮で作られた服を着ていて一見荒々しい雰囲気のある男だが、内面は非常に優しい。

この男も常連の1人だった。


「うん、やはりパンはフォミールさんとこのに限るな!!香りが全然違うぜ」


受け取ったパンに鼻を近づけ、幸せそうに目をつぶるベスト。

こういったことを言ってくれる人がいると働きがいがあるというものだ。


「うちの夫なんて、一度に3つも食べるのよ?本当に困っちゃうわよねぇ…」


顔に手を当てながら苦笑いを浮かべるドム。

そんな話も自分にとってはただの嬉しい話で。


「なに言ってるんだ、お前は5つも食べているじゃない…すみませんごめんなさい私が間違っておりました。」


ドムの夫がすごい勢いで後ずさった。

細身の体がより小さくなったように見えてしまう。

僕からは見えないドムさんの表情が気になる。


「なぁ、ユーガ。キャシーの好きな食べ物って聞けたか?」


仕事を続けていると、ベストが耳打ちしてくる。


「キャシーさん……、ああ、聞けましたよベストさん!」


「ばか、声がでけえよ!一旦営業モードは停止だ!停止!!ここからは、男の話だ。」


町一番の腕利きであり、町で一番分かりやすい男、ベスト。おそらく町のほとんどの人が知っているが、彼は青果店を営んでいるキャシーという女性に思いを寄せている。

おそらく知らないのは当事者の二人だけ。


しかし、なかなか自分からアプローチできず、僕づてにいろんな情報を得ているようだ。

今日もその一環だった。


「なんと……、バナバを塩でつけたものだと……?合うのか……?」


「分かりません……。ただ、いい感じの塩の量だと、バナバの独特の甘みがいい感じになるらしいです。漬け時間もいい感じに、とのことです。」


「雑だな急に!!まぁ……、やってみるか………。ありがとよ……。」


本当にわかりやすい男だ。気づいていないのだろうか。

自然と頬が緩んでしまう。


改めて、町の人たちは本当に人がいい。

思いやりに溢れている。


僕はこの町が好きだ。この町の人たちが好きだ。


「なぁ、いつもは木の実を潰したのを塗って食べてるんだが、なんか他に美味しい食べ方は無いのかい?」


ふと、そんなやり取りのさなか、硬貨を渡しながら長髪の青年が尋ねてくる。


「そうですねぇ……」


周りの視線が集まって来るのを感じる。おそらく他の人も気になっているのだろう。


ただ、急に言われても、いくつもあるし、調理工程を説明すれば良いのか、味を説明すれば良いのか……。さすがにパンのフルコース(ただただパンを切った形を変えて並べただけ)を教えるわけにもいかないし……。


頭をフル回転させる。何か、無いか………。

しばし考えて、一つの案を思いつく。


「では、明日町に来る時にパンを使った美味しい料理を持ってきますね!!」


これなら実際に味わってもらえるし、気に入った人に調理工程を説明すればいいから効率がいいだろう。


「あら、それは嬉しいわ!」


「じゃあ俺明日も来ようかな」


「楽しみだな~、朝ごはん抜いてくるわ!」


「期待してるぜ、ユーガ!」


集まっていた人々が口々に言う。どうやら正解だったようだ。よかった。


「あれ、、もう今日は売り切れみたいだな」


パンをつかもうとした手が空を掴み、視線を下げるともう既にパンの入っていた箱は空になっていた。

今日もちゃんと売り切れたようだ。こっちも一安心だ。


僕は荷物をまとめ始める。と言っても、ほとんどないのですぐに終わる。


「では皆さん、また明日!」


頭を下げて、広場から離れる。

明日の為のレシピを頭に描きながら。


***


「意外と遅くなっちゃったな」


日は既に傾き、あたりはオレンジ色に照らされていた。この時期は昼夜の寒暖差が激しく、肌寒くなってきたところだ。


おつかいは思っていたよりも時間がかかってしまった。帰り道がこんなに寒いのなら上着を着てこれば良かった。


丘の頂上に続く森の中を歩いていく。森の中と言ってもちゃんとした道があるので歩きにくさは無い。


しばらく歩くと、開けた場所が見えてくる。

木造の家とパンのお店が合体した我が家だ。


「ただいま!!」


洗濯物を干している母親に帰宅を告げる。

母は家に入ってすぐの居間で作業しているところだった。


「あら、ユーガ。今日もお疲れ様。おつかいも、ありがとうね。」


母親は振り返り僕を労ってくれた。


僕と同じ、若葉色の髪をした、茶色の瞳を持った人だ。細身だが、出で立ちから包容力が伺える。


腰まである長い美しい髪は、母の自慢だ。


「今日はユーガの好きなシチューにするわよ。これから作るからちょっと時間が掛かるわ。お部屋で休んでらっしゃい。」


母は優しく微笑んだ。


「うん、ありがとう。父さんは?」


「あの人ならまだ明日の仕込みをしてるわ。もう、仕事熱心で困るわ。」


本当に困っている訳ではなさそうな感じで母親が言う。本当に父のことが好きなのだろう。


ただ、あんまり子供の前では惚気ないでほしい。気まずい。


「わかった。ご飯出来たら呼んで!」


僕は2階へと上がる。

木造の階段は心地よい音を立てるから好きだ。


僕の部屋は階段を登って突き当たりまで行ったところにある。


2部屋の前を通り過ぎ、僕の部屋へ到着する。


あまり趣味は無い。

そのため、部屋には服、ベッドなど、最低限のものしか置いていない。


殺風景に見えるだろうが僕にはこれで十分なのだ。


僕はそのままベッドへ飛び込んだ。


ふかふかのベッド。おそらく母が整えてくれたのだろう。


ベッドの上で伸びをする。


「今日も疲れたなぁ……。」


寝ころんだまま天井を見つめると、なぜか色々と考えてしまう。


僕は、きっと死ぬまでこの仕事を続けるのだろう。

もちろん、この仕事は好きだ。広んな人と話せるし、やりがいもある。


ただ、なぜか不安なのだ。しっかりとした大人になれるのだろうか。


なんとなくで日々を過ごしていいのか。

分からない。


難しいことを考えていると、急に睡魔が襲ってきた。


僕には難しいことは向いていないなぁと思い、目をつむる。


今日のことを思い出しながら、そのまま深い眠りに落ちてしまった。



***



『おとうさん、僕もパン作ってみたい!』


『んん?ユー坊も作ってみたいか。そうだなぁ……じゃあ、こいつの重さを測ってくれ。』


『えー、また粉の重さはかるの?』


『他のことはユー坊にはまだ難しいからな。ほら、頼んだぞ。大事な仕事だ。』


『ちぇっ……。』


『そういいながらちゃんとやるもんな、お前は。えらいぞ。』


『………。今度は教えてもらうから。』


『わかったよ。そんな顔するなよ、ほら』


『あはっ、はははははは!何その顔!ははははは!』



***



「────っ。うん……??あれ、、寝すぎた……?」


窓から柔らかい光が差し込んでくる。

軽く寝るつもりが、どうやら朝になってしまったようだ。


「ふぁ……。母さん、起こしてくれてもいいのに。」


昨日のシチューはまだ残っているだろうか。

母のシチューは世界で一番おいしいと思う。

まぁ、この町のこと以外は全然知らないのだが。


さすがに二日連続同じ服はまずいので取りあえず着替える。

収納を開けると、だいたい同じようなこげ茶色の服が並んでいる。

その中から比較的明るい色の服を手に取る。


水浴びもしないとな…。食べ物を扱うので清潔感は大事だ。

だが先に朝ご飯を食べよう。空のおなかが悲鳴を上げている。


着替えを終え、部屋を出ようと、ドアノブを回して違和感を覚える。


「ん…………?」


妙にドアが重い。ドアの向こうに何かあるようだ。


「よい……っしょ!!!」


思い切ってドアを押す。鈍い音がして何かが床に当たる音がした。

壊れやすいものだったらどうしよう。


まぁ、その時は謝れば──。


「───。──────────────。──────は?」


ドアの裏をのぞき込んだまま、立ち尽くす。










そこには、血に染まった母が横たわっていた。

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