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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第二章 『クロワール奉星国』
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第二章 第10話 『討伐大成功』

「ここが…………」


俺は妙な足裏の感覚に眉をひそめる。

足元の素材の見た目は岩のようなのだが、弾力がある。


見たところ、この島はこのよく分からない石のようなもので出来ているのだろう。


俺は、もう既に見えなくなった都市の方に視線を向ける。


見た先には俺たちが乗ってきた船が浮いている。

もう、後戻りはできない。


緊張を隠せないままに、俺はポケットの中を探る。


俺が唯一持っていた武器になりそうなもの──小型のナイフだ。


正直こんなものが使い物になるかは分からない。

まぁ、ないよりはマシだと言ったところだろう。





そして、今一度俺は地面を踏みしめる。





竜の巣────ここが幻竜の住まう場所だ。





-◆◇◆-





ソレイユの決断後、事は思いのほか早く動き出した。


彼は色々とやることがあるらしく、慌ただしく部屋を出ていった。


決意を固めたソレイユと別れた後、俺は一度店に帰り、俺なりの準備、まぁ主に心の準備な訳だが、それを整えた。


「おお、ユーガ、どこ行ってたんだよ」


「あ、ネブさん」


俺が坂を登ると、店の前にはネブが立っていた。


「ちょっと色々ありまして………」


「お、女か?いやー、俺も若い頃はもう、それはそれは………」


「違いますよ!勝手に僕の人間像をねじ曲げるのはやめてください!」


俺が糾弾すると、ネブは「悪い悪い」と笑い、


「まぁ、若いうちは色々あらぁな。今のうちにやりたいことは全部やっとけよ?」


「いや、ネブさんもそんな歳いってないでしょ」


「違いねぇ」


いつもと変わらない調子のネブのおかげで、いくらか緊張が和らいだ。


もはや、俺にとってはただの常連さん以上の人になっている。


「そういや、しばらく店空けてたっぽいな。怪しいヤツが入ってないかどうか、ちょくちょく見に来てたんだよ」


「ネブさん…………」


俺は、なんと言ったらいいのか分からない。

本当に、この人には助けられてばかりだ。


「ま、お前も色々あるんだろうけど、背負いすぎないぐらいで頑張れよ。───大魔道士様は、いつでも俺たちの味方だからよ」


「ありがとうございます、ネブさん。本当に、何から何まで」


「いいんだよ、水くせぇな。ま、また美味いパンでも焼いて、今度はちょっと割引してくれや!」


快活に笑いながら、ネブは坂を下って行った。



-◆◇◆-



早朝、俺たちは船にて都市の港を発ち、竜の巣へと向かった。


「兄ちゃん、昨日はちゃんと寝れたかいな」


魔石とやらで動いているという船の上、俺の前に座っていた体格の良い男が話しかけてきた。


船はあまり大きくなく、木製で、最低限俺たちが乗れるスペースが確保されているぐらいだった。


「あー、実はちょっと前までしばらく寝てたこともあって、昨晩は本を読んで過ごしてました。あんまり眠くなくて……」


「そうなぁ、気持ちはわかるで。俺も巨人族に頭ぶん殴られて、しばらくぶりに起きた後は不眠不休で一週間働いたわ!」


「いや、それは頭がおかしくなったんじゃ……」


「ははは!言ってくれるなぁ!」


男は気持ちの良いぐらいに大声で笑う。


「そう言えば兄ちゃん、ほんとに戦ったことないんやってなぁ。副団長から聞いたで」


「あ………はい、すみません」


「いやいやいや、すまんな、責めてるわけとちがうんだわ。単純に、確認、や」


「確認?」


「副団長になんて言われたかは知らんけど、副団長も俺らも、何かあったらしっかり兄ちゃんを守るでな」


「──────」


「あー、やっぱりその反応。副団長、自分の身は自分で守れとか言うたんやろ」


俺はその通り過ぎて、固まってしまう。


「大丈夫やで、兄ちゃん。副団長は全部、丸っと救うつもりやから」


男は、もうすでに遠くに小さくなった都市の方を見据えながら笑う。


「そんなら、俺の嫁さんとの中も取り持ってほしぃわぁ、副団長」


「ははは、またその話か!また小遣い減らされたのかよぉ!」


細身の男が船の先頭にいるソレイユに水を向ける。

それを聞いて体格の良い男が爆笑する。


「深刻なんだわぁ……そろそろ、お前たちとも飲みに行けなくなるかもしんないしなぁ…」


「まじなんか………副団長、何とかできん?」


船の先頭に座っわていたソレイユが振り向き、


「……実は俺も怖えんだわあの人。口論で勝てる未来が見えねぇ」


「じゃあお前の嫁さん実質団長以上じゃんなぁ!」


一同が揃って豪快に笑う。

そんな中、俺は少し不思議に思ってソレイユに尋ねる。


「なんで、こんなに危険な任務なのに、皆さんこんなに楽しそうなんですか?」


「そらぁな、これが最後の会話になるかもしれねぇからよ」


「────」


「話せるうちに、話しとかねぇとな。ま、最後にしない、ってのが俺の仕事なんだがよ。それに、こうやって話してると緊張もほぐれるだろ?」


「………意外とちゃんと理由があるんですね」


「おいおい!俺たちはただの馬鹿な集団じゃねぇぜ!」


体格のいい男が抗議してくる。


「序列隊二番隊、その補欠で組まれてるんだからなぁ!」


「補欠じゃねえか!」


思わず敬語を忘れてツッコミを入れてしまう。


「ま、補欠と言っても、そもそも二番隊は俺、つまり副団長を頭に置いた、国で二番目に優秀な部隊なんだぜ。その補欠なんだ、皆単純な戦力で言えば上から数えた方が早い」


「何せ、二番隊は『リゲル事変』を解決した部隊だからなぁ」


細身の男が誇らしげに教えてくれる。


「リゲル事変…?」


「クロワールで起きた大きな事件のひとつだわな。今は時間ねぇから話せねぇが、いずれは教えてやるよ」


俺が聞き馴染みのない単語に困惑していると、ソレイユが補足してくれた。


「……副団長、話し始めたら最低限五時間は止まらないから気をつけろよぉ」


「何話してるんだ?俺がお前の給料を減らしていくっていう話か?」


「そりゃねぇぜ副団長………ただでさえ嫁さんからの支給が厳しいって言うのに………」


細身の男が肩を落とすと、ソレイユが「冗談だぞ」と苦笑した。


そして、ソレイユが表情を引き締めて続けた。


「間もなく、竜の巣へ到着する」


全員の視線が、船の進行方向へと向く。


見れば、目的地はもうすぐそこまで迫っていた。




「総員、竜を討ち、都市に平和を取り戻すぞ!」




「「「おぉぉ─────!!!」」」




全員の覚悟がまとまった瞬間だった。




-◆◇◆-




船で島に向かっている時に見えたのは、扁平な島だった。


そこまで大きい訳では無いのだが、美しい海と空の景色の中に浮かぶ灰色の島はどこか不気味だった。


まるで完璧な絵の真ん中にくっきりと現れた穴のような───


「ソレイユさ────」


俺は不気味な島の記憶を消そうと、こちらに背中を向けているソレイユに話しかけようとして、やめた。


彼、いや他の者達の緊張、そして集中している様子をようやっと感じたからだ。


島の上には、俺含め十人が降り立った。


これまでに幻竜と戦ったとされる記録は無く、情報がないため、少数精鋭、というソレイユの判断だ。


俺たちは、ゆっくりと霧の中を進んでいる。

ソレイユを先頭に、円を描くように並んだ俺たちは神経を研ぎ澄ませる。


歴戦の騎士たちが気を張っているのだ。

そう易々とやられる状況でも、人選でもないだろう。


そうは言っても、気は抜けない。

悪い視界の中、五感をフル活用させる。



「────待て」



そう長く歩かないうちに、ソレイユが歩みを止めた。


俺は、進行を止めた理由を確かめようと、目を凝らす。


うっすらとかかる霧の向こう、それは横たわっている。


霧に包まれ紫色っぽくなった青い鱗。巨大な体躯。振られればひとたまりもないであろう鋭い爪。


竜は、その巨大な体躯を丸くして眠っているようだった。


本能の警鐘が鳴り始める。

一目見ただけで、人外のものと離れるようにと、体が警告を出している。


俺は震える足を思い切りつねり、自分を叱咤する。

ここでぶるって止まっていては、来た意味が無い。


ソレイユに引き続き、俺たちはゆっくりと、幻竜に近づいていく。


竜は早朝から昼間にかけては寝ているという習性がある。そのため、ソレイユは早朝の奇襲という作戦を選んだ。


犠牲を最小に、そして未知への対応も最小に。

騎士道がどうとかは今は関係ない。奇襲は、最も効果的な攻撃手段だ。


ゆっくりと。




一歩。




騎士たちは対竜専用の武器を取り出し、意識を目の前の竜に注ぐ。




一歩。




俺も、呼吸すらも鬱陶しく思いながら、目的の物を探す。




一歩。



そして────



「お、おおぉぉぉぁぁ!!!」



騎士たちの勇ましい声と共に、剣が竜の首、胴体、翼へと振り下ろされる。


「──────ッ!!」


竜は、紫色の体液を吹き出しながら、暴れる、否、暴れようとした。


しかしながら、騎士たちの武器は深々と竜を突き刺しており、彼らは竜が暴れることを許さない。


竜は、尋常ならざる騎士たちの力の前に、身動ぎひとつ取れない。




「終わりだ。───すまねぇな」




ソレイユはその盾を振り上げると、竜の頭蓋へと叩きつけた。


瞬間、轟音が鳴り響き、地面が揺れる。


『鬼盾』が竜の脳天を穿ち、竜が断末魔を発するまもなく、頭部を粉砕した。


やがて、身悶えしていた竜の動きが完全に止まる。


「や、やった………のか」


「俺は頭潰されて生きてる生き物を見たことがねぇわ」


顔に飛び散った竜の血を拭きながらソレイユがこちらに歩いてくる。


他の騎士たちも武器を竜の体から抜き、仲間たちに声をかけている。


「意外と呆気ないものなんですね」


「まぁ、奇襲だからな。何も準備していない相手を倒すのは簡単だわな」


ソレイユは、奇襲というやり方に思うところがあるようで、表情は芳しくない。


俺としては作戦が成功したのだから喜んで置けばいいと思うのだが、騎士というのは難しいものだ。


「そういえば、あんちゃんの探し物は見つかったのかい?」


ソレイユが俺が同行した目的に話を変える。


「それが………今のところ無さそうなんですよね……」


「そうか……とりあえずは、手分けして探すか。この巣の近くにあるかもしれねぇしな。俺達も協力すんぞ」


「…ありがとうございます」


一番最悪なのは、俺の腕と一緒に竜が食べてしまった、という可能性だが、それは無いと願いたい。


俺は騎士たちに労いの言葉をかけようとソレイユの後を追い────










「──────ッ!!伏せろ!!!!!」





ソレイユが叫んだと思った瞬間、世界が割れる。



ん?世界が、割れる?




いや、割れているのだ。2つに。





ゆっくりと、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて、ずれて────





「ぐっ………………ぎゃああああああああ!!!!!」


と、俺の権限は遠のく意識を許してはくれない。


耐え難い苦痛。全身が軋み、幾度味わっても慣れないであろう苦しみにもがく。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ひたすらにのたうち回る。

その過程で、ズレていた世界が再びひとつになっていく。


そして────


「はぁっ…………はぁっ………………」


俺は仰向けの状態でようやく落ち着く。

苦痛がすうっと引いていく。


全身にまとわりつく疲労感が消えないまま、俺は状態を起こす。


だが、耳がキーンとして何も聞こえない。


「なにが…………っ!」


俺は、辺りを確認しようとして────


「ぎ、ぁ、か」


まただ。また世界が、割れて。


ずれてずれて、ずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれてずれずれて


「ぐぅぅぅうっ……ぐっ、ぎがぁぁぁぁああああ!!!」


何だ。何が起きてるんだ。


筋肉が、骨が軋み、脳が掻き回される。

俺は、普通の人間ならば味わいえない苦痛に悶える。


しばらくすると、再び苦痛が引いて────


「かっ………ぷ」


こえが、でない。いきも、できない。

くちから、ちがでてる。ちで、おぼれる。おぼれる、おぼれる。

くるしい、くるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしい


「はっ、あっ、あ、あぁ、あああああああぁぁぁぁあぁあああ!!!!!!!」


喉が焼ける。声はまた出るようになった。

だけど、何も分かっていない。


俺は、身を守るようにしてうずくまった。


何で。何でなんだ。


再び活動を開始した頭が状況を理解する。


半不死の権限。それがこんなに短い期間で何度も発動しているのだ。


ただ、こうしてうずくまっているだけでは何も分からない、変わらない。


俺は覚悟を決め、状況を確認しようとして顔を上げる。


見えたのは、相変わらず霧に覆われた島。そして俺のものと思われる血溜まり。


そして、視界の端に何かを取らえる。




「ひっ……………!」




不意に視界に入ったそれは、縦に割られた人間だった、ものだ。


明らかに、もう息は無い。


身につけられた、見るからに頑丈そうな防具ごと綺麗に割かれていた。


「この、人、たち」


先程まで普通に話していた、騎士たち。


如何にソレイユが素晴らしいか力説していた男。

嫁に尻にひかれていると苦笑しながらも幸せそうだった男。

国に忠誠を誓った、真っ直ぐな目をした男。


全員、流れ出す血だけがゴポゴポと音を立てる()()になっている。


「ぉ、ぇぇえっ………」


俺は混み上がる吐き気に耐えられず、船の上で食べたもの全てを吐き出す。


「はぁっ………あぁっ…………」


なんでだ。なんでなんだ。

こんなにも、簡単に。


俺は自分の町の情景がフラッシュバックするのを止められない。


えぐり取られた命の数々。

無惨な死に様。


もう、嫌だ。嫌だ。逃げたい。

俺はそのままうずくまり、嗚咽を漏らす。


またか。俺は、結局なにもできずに、人が死んでくのを見ているしかないのか。



「ティア…………」



俺の悲壮な呟きが、口の中だけで溶けて消えた。

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