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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第二章 『クロワール奉星国』
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第二章 第9話 『我儘』


目を開くと、知らない景色。


暗い色の木製の、汚れひとつない天井。


ゆっくりと働き出した頭が、ここが清潔な場所なのだと理解する。


柔らかい枕の感触を感じつつ、俺は周囲を確認する。


俺の寝ているベッドの周りにはぐるっとカーテンが引かれており、外が見えない。


暗い色のカーテンは、どこか閉塞感を感じさせた。


「んっ………………はぁっ」


俺は起き上がり、大きく伸びをした。


なんだかしばらく体を動かしていなかったかのように体が重い。なんだか歩きたい気分だった。


俺はベッドの下に靴が置かれているのを見つけ、それを履いてベッドから降りる。


「………誰もいない」


カーテンから顔を出して部屋を見回す。

かなり広い部屋には、俺のベッドと、申し訳程度の装飾品と家具のみが置かれていた。


不思議なくらいに、人の気配は全くない。


「ここもか……」


この部屋にいても埒が明かなさそうなので、俺は廊下に出てみた。


しっかりと手入れされている廊下が、かなり奥の方まで続いている。俺がいた部屋が広かったのにも納得だ。


俺はそんな廊下を進んでいくが、ここも不気味なぐらいに人の気配がない。


「…………ん?」


ふと、廊下を歩いていると違和感を覚え、下へ続く階段の前に差し掛かったところで足を止めた。


なんだ、何が引っかかってる?


赤いカーペット、木製の廊下……………


「あ、そうか、窓がないのか」


「起きたのか!!!!!!」


結論にたどり着くやいなや、横から大声が聞こえてくる。


見ると、ソレイユが荘厳な衣装に身を包んで、階段の踊り場に立っている。


「もう起きないかと……心配したぞ」


彼は心底安心したようで、雄々しい眉が下がっている。


どのぐらい眠ったままだったのだろう。ソレイユの驚き方からしてかなりの期間昏倒していたようだ。


「あの──……ここってどこですかね?」


俺は先程から思っていた疑問を口にする。


「ここは国が管理してる隔離部屋だ。あんちゃんが他の人の目に触れるとまずいからな」


「僕が人の目に触れるとまずい……?」


ソレイユはそう言うと、これ以上言うことは何も無いと言った感じで微笑んでいる。


なるほど、隔離部屋か。見られたくないものを隠しておく場所なら、窓がないのにも納得だ。


しかし、俺がここにいる理由にピンと来なくて首を傾げる。


俺が他人の目に触れるとまずい……?まさか、俺の権限が見られていたのだろうか……?


不思議そうにしている俺の様子を見かねて、ソレイユは大きくため息を吐く。


「…………あんちゃんは被害を被ったからな。知る権利はあらぁな。ついてこい。紅茶を入れよう」


そう言って、ソレイユは階段を降りていった。



◇◆◇



魔人国ウルティス。

それがクロワールと接している国の名前だ。


古くより争いの絶えなかった両国は、三百年ほど前の大戦争をきっかけに休戦条約を結んでいた。


長い戦争を終え、条約が結ばれてからは、両国は互いに干渉せず、平和を享受していたのだそう。


と、ここまでは、ティアのところの本で読んだ。


しかし最近、その雲行きが怪しいのだと、ソレイユは語った。


原因は不明だが、ウルティス国内の情勢が悪化しており、所謂、革命、が起こったのだそうだ。


それにより、従来の政治体制が崩壊し、クロワールとウルティスは、これまでのような関係を保てるのか分からないのだという。


そして、現在エトワールに住み着いている竜は、ウルティスの国宝、『幻竜』と呼ばれる生き物らしい。


そういった背景により、クロワールの討伐隊も迂闊に動けず、都市での被害が拡大していく一方だとか。


「ざっくりと言えば、そういう事だ」


「今のところ、被害者は?」


俺はソレイユの入れてくれた紅茶のカップを口から話しながらそう問う。


ソレイユが入れてくれた紅茶はとても美味しい。

鼻に抜ける香りが心地よいのだ。


流石は身分の高い人の嗜み、と言ったところか。


ソレイユは、「そうだなぁ……」と言い窓の方に顔を向ける。


俺たちがいるのは同じ建物の中の応接間らしき場所だ。来訪者に怪しまれないためか、この部屋にだけは窓がある。


窓の外には、平穏な日々を送る人々の姿がある。


「怪我人はいるが、死者はいねぇ。……だから余計に、血の海に倒れていたあんちゃんを見つけた時は大焦りだ」


俺が他の所に意識を飛ばしていると、ソレイユは洗練された動作でカップを口に運びながらそう答える。


「なるほど、俺があのまま死んでいたら都市の人々の不安が爆発していたってことか……」


俺はソレイユに聞こえないぐらいの声で独りごつ。


被害を被った人がいる、という事実が露呈した場合、もはや竜を討伐することは避けられない。


対外関係ももちろん重要だが、国というのは国民から成るのだ。国民の信用を失うことは国に取っては避けたいものなのだろう。


「けど、今のままだとまずいんじゃないですかね?流石にそろそろ本当に死人がでますよ」


「分かってるさ。現在騎士団長、聖議会が対応を討議中だってよ」


「討議中……そう言えば他の戦力はどこにいるんです?もっと他の戦力があるはずです」


これだけの魔法国家なのだ。国が有している戦力が団長と副団長だけなはずがない。


確か、クロワールは世界最高峰の魔法部隊をいくつか保有していたはずだ。


「序列隊のことか?」


「そうそう、それです!少なくとも、その人たちを派遣してもらえれば被害は抑えられると……」


「……他の部隊は既に他の任務にあたってんだ。この都市に割ける余力は無え」


ソレイユは俯きながらそう言った。


「じゃあ、僕らには何ができるって言うんですか?!」


「……対応を、待つことだ」


身を乗り出した俺を、ソレイユが手で静止する。


「対応って………市民に被害が出る前になんとかできるんですか?」


「それは………」


今回は俺だから良かった。

しかし、他の市民が犠牲になるのも時間の問題だろう。


「俺達も、できる限りの事をするつもりだ。なるべく早く、だ」


「じゃあ待っている間に新しく被害者が出たら、また隠蔽するってことですか?」


「───────」


「相手は人類の常識外の生き物です。これから何が起きるかなんて、分かるはずない」


計二回、たった二回の接触で分かってしまった。あれは、普通の人間がどうこうできる相手じゃない。


そして、救援も望めない、国としては動けない、そして竜は待ってくれない。


そこから浮かび上がるのは、一つだけだ。


「────竜の討伐」


「馬鹿言え……それはできねぇんだよ」


一番シンプルで、今、一番遠いところにある解決法。


俺はソレイユの方に身を乗り出し、ソレイユの目を真っ直ぐに見つめる。


「それしか、ないんですよ」


「………無理だな。国の存亡に関わる」


ソレイユは俺から顔を背けた。


「じゃあこの都市の人々はどうなってもいいってことなんですか?」


俺の頭には親切にしてくれた人々の顔が浮かんでいる。


完全なるよそ者の俺にも、温かかく接してくれた人達。


そんな人たちを見捨てておくなんて、絶対に出来ない。


「そうならない為に俺が居る。ここの人々は俺が──」


「俺は、竜のせいで死にかけましたよ。………それでも一人も取りこぼさず、全員の元に間に合うと約束できますか?」


俺は低くそう返し、ソレイユが押し黙る。

俺はとても卑怯だと自覚している。でも、必要なことなのだ。


そもそも無理があるのだ。竜を殺さずに、誰も殺されずに、耐え続けるなど。


「国を救うために市民を見殺しにするってことですか?」


「大きな物を救うためには、多少のとりこぼしは、仕方ない」


「人の命が、多少の取りこぼしなんですか?」


俺は、卑怯なまま、続ける。


「分かってる!分かってんだ……」


俺は、彼の立場も、背負っているものも何一つ理解出来ていないだろう。


彼は俺が思っている以上に大きな物を背負っているのだろう。


だから、俺は、あくまで俺のしたいことを、やりたいことを押し付ける。それがきっと、彼のやりたいことと同じだと信じて。


彼も、分かっているのではないか。

彼が、本当にすべきことを。


「全部、救うんじゃないんですか」


「…………」


「あなたは、国の盾なんじゃないんですか」


「…………………」


「国の盾は、『歩く要塞』は、救うことを諦めるんですか?」


ソレイユが唇を噛み締める。血が口の端からつうっと垂れた。


沈黙が流れていく。

呼吸の音がやけにうるさい。


俺はソレイユから目を離さない。

自分でも、なぜこんなにもこの都市に固執しているのかは分からない。


いや、きっと、自分の町と重ねているのかもしれない。


別に特段風土や街並みが似てるなんてことは無い。

都市を愛せるほど長く滞在した訳じゃない。


ただ、一つの理由なのだろう。


───もう、あんな悲惨なものは見たくない。


もう、これ以上、大切な人ものを失いたくない。

大切なものを失う人を見たくない。


悲しむ顔、苦しむ顔、死んだ人たちを見たくない。


仮に無駄だったとしても、俺だけでも───


唐突に、ソレイユが勢いよく立ち上がり、空を仰いだ。


椅子が大きな音を立てて倒れる。


「明日、竜の巣へと攻め入る!奴からこの都市を守んぞ!!!」


と、ソレイユは自分に叱咤激励するようにそう叫んだ。彼の目には、覚悟の色が見て取れた。


「やっと腹決まったわ!ありがとうな、あんちゃん」


ソレイユは俺に向き直り、頭を下げた。


「いやいやいやいや!全然!気にしないでください!!!」


こんなに立場が上の人から頭を下げられるなど恐れ多い。俺は無理な要求を言い続けただけだ。


多分俺が居なくとも、彼は自分で最善の答えにたどり着いただろう。


そしてその流れで、俺は一つ提案する。


「あの、俺も連れて行って貰えないですか?」


「あんちゃんも?」


ソレイユは予想外だと言った感じで目を見開いている。


悩みの種が解けたのか、ソレイユは最初会った時のような明るさを取り戻しているが、そこに水を指してしまっただろうか。


「戦闘経験は?」


「皆無です」


ソレイユは文字通りずっこけた。


「じゃあ連れて行けるわけが無いだろ。危険すぎる。流石に戦闘中にあんちゃんを守り切れる自信はないぜ」


「良いんです、自分の身は自分で守ります。……それに、俺にも理由があるんです」


竜に腕を食いちぎられた際に一緒に持っていかれた本───あれはティアが言っていた、()()()()()なのだ。


彼女はあの本の存在を知られたくないらしいが、無理を言って俺が持ってきたのだ。


だからこそ、俺自身で回収しなければ。


「………本当に、命の保証は出来ないからな」


「はい、覚悟の上です」


ソレイユと俺はしばらく睨み合い、彼はやれやれと言った感じで俺の同行を許可したのだった。

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