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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第二章 『クロワール奉星国』
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第二章 第8話 『一週間後の出来事』


「これでよしっと………」


俺はきれいになった店内を見回す。

ここはしばらく使わないことになるだろう。

しっかりと掃除をしておいた。


そして俺は、荷物を詰めたカバンを持って店外へと出る。


パン無料配布計画から一週間ほどが経った。


俺はもう所持金もほとんどない為、ティアのもとへ帰ることにした。

もう一度、仲間集めの計画を立て直すのだ。


まぶしい日差しに目を細める。


今日は非常に天気がいい。

海に空の青い色が映り、海と空の境目が分からなくなりそうだ。


俺はそんな景色を眺めながら、坂を下っていく。


なけなしの金を使ってティアに手土産でも買っていこうか。


ティアにもう帰ってきたのか、とか文句を言われそうだが……。


まぁ俺は最善を尽くしたつもりだ。

オリジナルのパンも作れたし。


さて、どうやって帰ろうか───




「きゃああぁぁぁぁぁぁ!!」



俺が坂を下りて大通りに差し掛かると、唐突に悲鳴が聞こえてくる。


「なんだ?!─────っまじか!!!」


少し離れた大通りの道に、大きな何かがうごめいている。


青い、光沢のある鱗。


地形を根こそぎ変えていく爪。


ギラギラとした黄色の眼。


あの竜だ。間違いなく。


以前俺が対峙した竜が、街並みを蹂躙している。

土煙を上げながら、家屋が崩壊していく。


家が吹き飛ぶ様は不謹慎だが圧巻だ。


海から連なる町一帯が、直線状に崩壊している。


どうやら竜は、海岸から家などを無視してある方向に直進しているようだ。


竜が向かっている方向は───図書館?


山のふもとあたりにある図書館は、この都市の人々の憩いの場だ。


なぜ、図書館なんだ?

人がいっぱいいるからなのか?


分からないが、状況はますます悪化している。

街並みが崩壊していく。


だが、さすがクロワール。閲星教の教え通り、人々は魔術の鍛錬を怠っていない。

竜に果敢に攻撃を仕掛ける人、戦えない人を守る人など数人が竜を囲んでいる。


しかし、竜の、文字通り人外の力には長くはもたないだろう。

町の人もそれを知っているのだろう、だんだんと人々が離脱していく。


それに、竜の鱗は魔術をはじいているようだ。


人々の火、氷、風などの魔術がことごとく受け流される。

これでは焼け石に水だ。


俺はどうすれば───

いや、俺の力ではどうすることもできない。


頼む、ソレイユ。

早く来てくれ。


そんなことを考えていると、目の前の状況が動いたのに気付くのが遅れる。


竜が、こちらを見ている。

黄色い、にらんだ相手を氷漬けにするような目で。


最初に対面した時もそうだ。

奴は羽ばたき、まっすぐにこちらに向かってくる。


竜が音を置き去りにする。


そして───





「は………………え?」


死を覚悟した瞬間、俺はまだ自分が生きていることに気が付く。

竜は、一瞬にして俺の横を通過していったのだ。


横を通った竜は、素早く空へと上がっていく。


見れば、竜の口には俺のバッグがぶら下がっている。


あの巨体で、あんなに小さなバッグだけをとれるなんて器用なもんだ。


だが、よく目を凝らすと、バッグと一緒に竜が何か咥えている。


ん………?なんだ、あれ…………………うで……………?






「───ぎ、あぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁぁっぁあぁ!!!!」


────俺の右腕が、竜に咥えられ、風になびいてブラブラしていた。


遅れてきた激痛に、俺はその場に倒れこむ。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


焼けるような痛みが脳を蹂躙する。





「ぎがっ………!!あ"ぁぁぁぁがぁぁぁぁぁあぁ!!!」


そして、脳をかき回されるような、体をぐちゃぐちゃにされるような感覚が俺を襲う。


俺の叫び声の合間に、ぐちゅぐちゅとおそらく筋肉や骨がつながっていく音が耳を打つ。


目が回り、その場でのたうち回る。


激痛と苦痛が最大限に共存した感覚はしばらく続いた。


「はっ………はっ…………」


気が付くと、俺は空を仰いで寝ころんでいた。

固い石畳を背中に感じる。


どこまでも広い、青い空。

そして目がくらむような日光。


右手でまぶしい太陽を遮る。

……きれいに、元通り俺の手だ。


圧倒的な疲労感が俺にのしかかってくる。

俺は大きなため息をつく。



───半不死の権限。



もう二度と味わいたくなかったその感覚を、しっかりと実感した。


ただ、この権限がなければ俺は間違いなく死んでいただろう。


俺は立ち上がれないまま、顔だけを動かして周囲を見渡す。

俺の周りは血の海だった。おそらくは俺の血。


ティアに言われたのだが、俺の権限は禁術に近いもののため、発動するところは人に見られてはいけないらしい。


幸い、竜が暴れまわった影響で、周りに人はいないようだ。


「ふっ………ふぅ………ふぅ…………………」


短く息を吐きながら呼吸を整える。


確認を終え、いくらか安心した俺の意識は深い闇の中へと吸い込まれていった。




  ◇◆◇




「なんでだ!都市での被害は日に日にでかくなってんだよ!」


『ならん。お前も隣国ウルティスとの関係が悪化していることを知っているだろう』


ソレイユは幾度目だろうかわからない交渉をこの国唯一の上司に持ち掛けていた。


場所はいつもの部屋だが、今日の一件の影響で外が騒がしい。

おそらく人々が復旧作業にいそしんでいるのだろう。


水の中でこちらを見つめてくる荘厳な男は、まったく表情を変えない。


ソレイユ自身にもある程度権力はある。

しかし、それを無理やり行使しないのは、この男が言っていることが正しいからなのだ。


『───あの竜は、ウルティスの国宝の一つ。あの竜を殺せば何が起きるか分かるな?』


ソレイユは唇を噛む。

血がにじむほどに。


『今私がウルティスに直接出向いて、竜の処遇について交渉する準備をしているところだ。……ただ相手が相手だ。相応の準備が伴う。しばし待て』


「だけどよ………」


『お前は、被害を最小限にするために派遣された。違うか?』


ソレイユは何も言えない。

ただ、相手の正論に耳を傾けるしか。


『お前は自分の任務を果たせ。───いいか、ソレイユ。あの竜には傷一つつけるな。絶対に戦うんじゃない。さもなくば、大戦争が起こる。いいな』


「────御意」


男の顔が水面から消える。

桶の水は、何事もなかったかのように透き通っている。


ソレイユは何度目かわからないため息をつく。

分かっているのだ。


説得するべきは上司ではない。

自分自身なのだ。


彼を説得しているようで、自分が動くための理由を探しているのだ。





「…………いくら俺でも、『幻竜』相手に完封は無理だぜ………早く、どうにかしないと」

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