第二章 第6話 『至高の食事』
───よし、買いたいものは買えた。
あとは店に戻って試すだけだな。
俺はいっぱいになった袋を抱えて大通りを歩いていた。
大通りは、今日もたくさんの人が行きかっている。
人々の喧騒が耳を叩く。
……どうやら大通り沿いの店は繁盛しているようだ。
俺の店もあれぐらい客が来てくれればなぁ……。
まだまだ都市の新入りということもあり、俺の店の客足は芳しくなかった。
幸い、エトワールには目立ったパン屋が無いようで、競合相手はいないようであるが。
ん、まてよ。パン屋自体の人気が無いから潰れまくっただけなんじゃ………。
「いやいやいやいやいやいや」
俺はかぶりを振って、都合の悪い考えを頭の外へ。
今までどうだったかなんて関係ない。
エトワールをパンが大人気の都市に、俺が変えてやる。
うん、それぐらいの意気でいこう。
「………そこの、白髪の若いの」
「…………………………………………あ、俺か」
大通りを歩いていると、足元の方から声が聞こえてきた。
通りの端の方を歩いていた俺にギリギリ聞こえるくらいの声だった。
声のした方を見ると、大通りの端の方に、ぼろぼろの服を着た男が座り込んでいる。
ただ、呼ばれたのにすぐには反応できなかった。
もちろん、聞こえていなかった訳では無い。
拘束されていた時期に、俺の見た目には、大きな変化が訪れていたのである。
───すべての髪が、真っ白になっていたのだ。
自分で言うのもなんだが、もともと顔は悪くない方だった思う。
町一番の美少年、という訳ではなかったが、整っているとは何度か言われたことがある。
そんな自分の顔を久しぶりに鏡で見たときは驚いた。
髪は白くなり、顔つきも少し大人びたというか、悪い言い方をすれば、険しくなった気がする。
体も、少したくましくなったようだ。
……いまだに鏡に映る自分をすぐに自分と認識できない。
しばらく慣れるまで時間がかかるだろう。
髪は元々短かったが、今は少し伸ばし、耳に少しかかるぐらいまでにしている。
そっちの方が白髪に合うとティアに言われたからだ。
「──あいにく俺はよそもんでな。精霊なんかは信奉してないんだが……。この有様だ。何か食えるもんを分けてくれないか」
改めて男をよく見る。
年齢は四、五十代といったところだろうか。
通った鼻筋にはっきりとした目。
伸びっぱなしの髪がぼさぼさ、ひげも伸びっぱなしということもあり、顔の全体像が掴みにくいが、おそらくかなり整っている。
上下に丈の短いものを着ており、どちらも暗い色でくすんでいる。ところどころ穴も開いているようだ。
それに、すごい臭いだ。
おそらく何週間、いや、何カ月も湯浴みをしていないのだろう。
「なぁ、聞こえてんのか?………頼むよ」
男はすがると言うより、あくまで分けてくれれば儲けもん、といった態度でこちらを見ている。
…………まぁ、俺もよそ者だし、よそ者のよしみで分けてやろうか。
ちょうど朝焼いた分のパンを昼飯にしようとカバンに入れたはずだ。
俺はカバンの中を漁り、パンを取り出した。
「ほら、これ食べなよ。………嘘でもいいからこの都市では精霊を信奉してるって言っといた方がいいと思う」
「……………まぁ、考えておく」
俺の忠告も耳に入っていないのだろう男は、俺の手渡したパンを1口食べる。
「────────ッ」
「えぇぇぇ?!なんで泣いてんの?!!おっさん?!!」
目の前で、唐突に男が涙を流し始めた。
表情を変えずに口を動かしながら、一筋の涙が男の頬を伝って行く。
「おっさんって言うな!俺は、ボルチモってんだ!」
男───ボルチモが激昂する。
涙を慌てて拭きながら男が立ち上がった。
ただ、すぐに再びパンを口に運び始め、俺とボルチモの間に沈黙が降りる。
俺は何も言わずにボルチモが咀嚼しているのを見守る。
泣きながらパンを食べる浮浪者を街ゆく人々が不思議そうに見ている。
「………………かった」
全てのパンを口に入れ、咀嚼を終えた男がボソボソ何か言っている。
「え?なんて?」
「うまかった!!!!!今まで食べた食事で1番!!」
食べ終わった男がこれまた急に叫び出す。
街の人の視線が痛い。
男は空を睨みつけるようにして直立している。
「そう言って貰えるのはありがたいんだけど、1番シンプルなパンだぜ?粉と水だけの」
正直、まだ設備も整っていないし、材料も理想のものは手に入っていない。
有り合わせで出来る最高を作ったつもりだが、まさかここまでの反応をされるとは。
「…………若いの、名はなんだ」
「俺の?……ユーガだ。」
「ふん、ユーガか。……まぁまぁ美味かったぞ、このパン」
「いや、今から繕うのは無理があるだろ……」
男は急に落ち着いた素振りを見せ始めたが、先程までの行動を取り繕える訳が無い。
「うるさい!!………………いつか、借りは返す」
男は、俺に背を向けると、俺のパン屋がある方と逆の方向へと歩いていく。
その背中は、どこか寂しそうであった。
なんだったんだ………?
まぁ、いいか、とりあえず試作だな。
一悶着終えた俺は、店への帰路に戻った。